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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―ガイゼン編―
14/39

第14話「NEVER FADES AWAY」

暴走族の集団暴走しゅうだんぼうそう、格闘家連続殺人事件の犯人襲来、黒い高級車の連続轢殺れんぞくれきさつ事件…。

花宮の街を恐怖におとしいれた悪夢の土曜日の夜、慎之介は花宮大学医学部附属病院にてその一夜を過ごしていた。


快斗との激戦―建前上は別の理由だが―によって救急車で運ばれた慎之介だが、多少の外傷はあるものの骨や内臓、靭帯じんたい等に異常はなかった。


帰宅を許された日曜日の朝、ふと慎之介が病室のTVを見る。

そこでは全局とも、ずっと昨日の事件の事を報道していた。


格闘家連続殺人事件の犯人である、ガイゼン。

TVは、彼の本名『ローレンツ』という名や顔写真などを一斉公開していた。

ニュースやワイドショーではいまだ明らかになっていないガイゼンの素性や経歴、家族構成などをコメンテーターが推測している。

YOUTUBEなど動画サイトでもその動きは活発なようだ。

まあ、中には承認欲求をこじらせたような妙な番組や動画もあるが…。


慎之介は考える。

果たしてあの後、ガイゼンはどうなったのだろうか。

死んだのか、まだ生きているのか。


そもそも『ローレンツ』というのも本名なのか。

仮に本名だとしても、それは無数にある本名の一つにすぎないのではないか。


『ガイゼンは行方不明者などの戸籍を利用していくつも本名を持っている』

…いつか大輔がそう言っていたことを思い出す。


それに彼が見せた最後の凶暴化変異。

まるで『鬼』というしか言葉が出ないその禍々《まがまが》しい姿。

今でも思い返して震えがする。あれはいったい…。


「やあ慎之介君、起きていたようだね」


ドアを開けて、医者にして昨夜の共闘者の井上が入ってくる。

彼はこの病院の非常勤の内科医であったため、昨夜に救急車で運ばれた大輔の処置を行っていた。


井上は慎之介に言う。

大輔はまだ面会謝絶で目はめないものの、頭部の怪我は生命に影響はなく、さらには毒まで克服しつつあり、体は快方に向かっている。

おそらくもう命の心配はないだろう。

しかしさすが拳帝、とんでもないタフネスと生命力だ…と。


ほっと胸をなでおろす慎之介。

しかしその後、彼は朝からずっと感じていた疑問を井上に向けた。


「井上さん…ガイゼンは、死んだんでしょうか?」


井上はその言葉に肯定も否定もせず、腕を組み難しそうな顔をする。

井上にもわからないのだろう。


普通に考えれば死んだとしか思えないが、死体は発見されていない。

ガイゼンならばもしや生きていることもありうるかも…と。


井上はしばらく考える様子を見せたが、少しして彼はさとすように言った。


「慎之介くん。君はガイゼンのことは考えなくていい。

 仮にやつがまた現れたとしても、今度は顔や正体も世界に知れ渡っている。

 今まで通り神出鬼没しんしゅつきぼつとはいくまい。

 後始末は我々大人の役割だ」


井上としては、慎之介に『もうガイゼンから手を引け』と言いたいのだろう。

それは当然だ。慎之介はまだ15歳、高校一年生の少年である。


しかし慎之介は覚えていた。

昨夜の戦いで、井上が誰も知らないはずの、ガイゼンの奥の手を知っていたこと。


そしてその直後、ガイゼンが言っていた言葉…。


『貴様はいったい何者だ!?IDMの人間だったのか!?』


という言葉を。


「…井上さん、あの、IDMって…」


そこまで喋った慎之介に、井上が『それ以上は喋るな』というように人差し指を立て、自分の口元に持っていく。

「その先はあまり聞きたくないな。

 それに、何を言われても私は答えることはないよ、絶対にね」


その返事に慎之介も少し落胆しながらも、それはまあ当然か、と考える。

井上としてもトップシークレットであろうそれを、昨日今日知り合った慎之介に教えるわけがない。

いや、きっと誰に対しても教えるわけにはいかないのだろう。


それでも、昨夜の井上の行動を思い出し、改めて慎之介は頭を下げる。

昨夜モーゼス道場に集った人間は奇跡的に全員生存という結果となったが…。

大輔はもちろん、井上がいなければきっと大惨事になっていただろうから。


慎之介は退院の準備を始める。

昼には父母が迎えに来ると連絡があった。

…ふと、それを思い出した慎之介が井上に声をかける。


「井上さん。今日のお昼に僕の母さん…雪乃が迎えに来るそうです。

 せっかくだから会っていきませんか?」


「えっ!?そ、それはどうしたものか…うむ…では、いや、しかし…。

 ああ、そうか、そうだな。やはり医師としてご挨拶をしておかねば…」


「あと、父さんも来るそうです」


「え…あっ、そう。そうなの…じゃあやめておくよ。

 …しかし君は意外と性格が悪いね、慎之介くん」


――さて、その日の昼。

慎之介の両親…父の宗一と母の雪乃が車に乗り病院までやってくる。

慎之介と、同じく昨夜病院に泊まった詩音を迎えに来たのだ。


「父さん母さん、私はまだ病院に残るよ。

 大輔が目を醒ました時、近くに誰もいないと可哀想だからさ」


そういう詩音を、雪乃が優しく諭す。


「詩音、あなた昨日お風呂に入っていないでしょ。

 着替えもしてないし。

 汚いし臭うからからやめなさい。

 そういうのは彼氏に対して誠実とは言わないの」


これには詩音も、うっ、と言葉に詰まる。

そう、母・雪乃はいつもこんな調子で毒舌なのだ。

霧神家の遺伝なのか、妙齢―というには少々お歳を召しているが―まあ、それでも彼女を知る世人からは、絶世の美人とも言われている雪乃ではある。

…が、意図してなのか自然体なのか、穏やかな笑顔で何の悪意も感じさせず、祖母を除く家族全員に対して彼女は終始この調子なのである。


「いや別に臭わないし、誠実とかそういうのじゃないし、単に可哀想なだけだし…」


とぶつぶつ言いながらも詩音は車に乗る。

慎之介もそれに続くが、ふと思い出して周囲を見回す。


…やはり井上は来ていないようだ。

少し残念に思う慎之介を、父・宗一が優しく勇気づけるように促す。


「慎之介、大輔君なら大丈夫だ。きっと明日には良くなるよ。

 なんといってもあの拳魔王けんまおうだからな」


「父さん、それを言うなら拳帝だよ。誰なの拳魔王って」


父の励ましに慎之介が笑いながら車に乗り込み、車は霧神家まで発進する。


「はっはっは、拳魔王とは父さんの友達がいま会社で作っているゲームのボスだ。

 どうだ、強そうだろう。強いぞ拳魔王は。

 なんといっても必殺技はどれもスキがなく連発し放題。

 超必殺技は全画面攻撃の一撃で相手をKOするからな」


「調整ミスのクソゲーじゃんか。

 というかそういうのって守秘義務とかあるんじゃないの?

 あとまあ強そうな気はするけど、シュバルツクラウスとかの方が強そう」


「…誰に似たのかしら、慎之介のこのネーミングセンスの悪さ。

 おじいちゃんかしら」


「高校一年生なんてこんなもんじゃない?

 あと、さりげなく亡きおじいちゃんをディスらないで、母さん」


そんな家族の会話を繰り広げながら、霧神家は車を走らせた。


――さて、同時刻。

所変わり、ここは昨夜の激闘の舞台となったモーゼス道場。

もっともその戦いが原因で道場はボロボロ…下手をすれば倒壊しそうなほどだ。

快斗、リュウ、優太…全員が道場の掃除や後片付けをしながら、昨夜のことを考えていた。


「ガイゼンってやつ…死んだんッスかねえ」


「どうだろうな…くたばっちまったと思いたいけどな」


道場の掃除をしながら優太とリュウがそう呟く。

昨夜のガイゼンの姿は彼らの心にも暗い影を残していた。


だがそれ以上に、快斗は自分のことを考えていた。


自分はプロレスを辞めたくない。

昨日の慎之介との戦いでそれははっきりとわかった。

いや、戦う前からわかっていたのだ。

しかしどうしても引退撤回を口に出せなかったところを、負けたことで逆に吹っ切れたのだ。


引退を撤回する、と口に出した時、全員が喜んでくれた。

そうだ、辞める必要などない、こっちからお願いします、これでまた辞めるなんて言ったらぶん殴るぞコノヤローと全員が激励してくれた。

もちろん嬉しかったのだが…。


先輩、溝端の存在がどうしても心を重くする。

己の心のまま、怒りのままにぶん殴った彼は、今日退院予定だ。

彼は改心しているだろうか、そうでなかったらまた殴りかねない…。

そう快斗が考えた時だった。


「いよぅ、やってるな。ほれ、差し入れだ」

 誰かが道場に現れ、声をかける。

まさか溝端…と快斗は思い振り返るが、そこに現れたのは現場責任者の次藤だった。


次藤は差し入れのスポーツドリンクを投げかけて、壊れかけた道場を見回す。


「いやあ、しかし昨日の騒ぎでだいぶブッ壊れちまったなこの道場も、ええ?

 こりゃ建物自体建て直した方が良いかもしれねえなあ。

 なんといってもうちにはプロレス界の超新星がいるからよ!

 お前がガンガン稼いででっけえビルおっ建ててくれや」


「いいッスねえ!自社ビルなんてサイコーじゃないですか!」


「なに他人事みてえに言ってんだ、優太。てめえもガンガン稼ぐんだよ。

 リュウ、てめえもだぞ」


上機嫌で優太とリュウに発破はっぱをかける次藤に対し、快斗は浮かない顔で話しかける。

「次藤さん、俺…プロレスやめたくないです。でも…」

その言葉に次藤は笑いかけ、快斗の肩を優しくたたいた。


「溝端ならクビにしたよ、オーナーとも相談の上だ。

 リュウ達からも聞いたが、何に護られてるか知らねえが

 反省もしねえ人間のクズをこの道場においておくわけにはいかねえ。

 天国の伊沢さんにも申し訳が立たねえからな…。


 あと、ほかの団体にも伝えといたからよ。

 国内じゃもう二度とあいつはプロレスできねえよ」


快斗はその言葉に涙ぐみ…深々と頭を下げ、すいませんでした!と大声で叫んだ。


「おいおい、詫びとか礼ならてめえの力で自社ビル建ててから言えや。

 まあ、その時は礼を言うのは俺の方だろうけどよ」


照れ隠しのように次藤はそう言い…その場にいた全員に号令する。


「おーしお前ら!今日からがモーゼス再出発の日だ!

 興行もできねえ、スポンサーもどうなるかわかんねえ!

 だが、ここでモーゼスの名前は絶対に潰さねえ!

 そのうち海外からマサの野郎も帰ってくる!死ぬ気で行くぞ!」


全員が、オス!!と大歓声を上げるが…。

ふと、リュウが次藤に話しかける。


「ところで、この道場昨日の戦いでボロボロになってもう寝泊りキツイんですよ。

 つーか崩れそうだし…どうすればいいッスかね?」


「お?そんなにやばい状態なのか」


「ヤバイッス。昨日の夜とかめっちゃ壁崩れてました」


「おー…じゃあ、俺のアパートの隣が空き部屋だから使っていいぞ。

 大家には言っておくからよ」


「えー!!あそこ1Kじゃないっすか!!

 大の大人三人が1Kで寝泊りですか!?マジか…」


―――――


さて時は流れて、その日の夕方。

詩音は一度帰った後にまた準備を整えて、大輔の病室にいた。


すでに病状はかなり安定しており、毒物の特定から他者に対する感染の恐れもなく、また担当医の井上の特別の許可もあり、詩音のみが面会を許されていた。


「大輔、まさかお前の…世界で一番強いお前のこんな姿を見るとはなあ」


感慨深そうに詩音がまだ目覚めない大輔に話しかけ…。

そして大輔と出会った時のことを思い出す。


あれは自分が中学一年生の時。

夕暮れ時に狐の面を被り、小悪党に対し霧神流の技で不意打ちをかけるという色々な意味で危ないことをやっていた詩音の噂を聞きつけた大輔。

その当時で師の三刀谷の強さを超え『花宮の帝王』と呼ばれていた彼が、そいつを少し懲らしめてやろうと激突したのがきっかけである。


大輔としては通り魔退治、詩音としては学んだ霧神流のちょっとした腕試し程度だったのだが、その勝負は苛烈かれつきわめた。

大輔の拳で狐面が割れた詩音の顔を見て相手が女性、しかも自分より年下だと気づいた後、いっさい攻撃を仕掛けず耐え続けたことを思い出す。

それ以来、時には反目し合い、時には助力し合うなどして、いつの間にかここまで仲良くやってきたのである。


なお、二人が酒に酔ってこの当時の話をするたびに、それを聞かされる慎之介が

『今の姉さんと全然違うなあ』

『あと、それってそういうほのぼのとした思い出話みたいな感じで

 話す話じゃないと思うよ』

『ついでに当時のこの町の治安はいったいどうなっていたんだよ』

と言う余談もある。


井上曰く、大輔の命にもう心配はないが、いつ目覚めるかはわからないという。

早くとも明後日、遅ければもっと時間がかかるかも…とのことだった。


詩音は時計を見る。いつの間にか、時間はもうそろそろ20時だ。

そろそろ帰らないといけない。


「まったく、早く目を醒ませ…私だってそれほど暇じゃないんだからな」


そう言い残して詩音は帰ろうとドアを開けるが…

ふと、後ろからかすかな笑い声とともに声が聞こえた。


「…おい詩音、お前、無職だろうが。暇なんて持て余してるだろ…」


―――――


医務局に鳴る患者呼出装置、いわゆるナースコール。

確認するとそれは仲村大輔の部屋だ。

看護師がインターホンで確認すると、なんと彼が目を醒ましたという。

看護師たちは『まさか!?』と驚愕するが…。

急いで複数人が病室に向かい、一名が担当医の井上を呼びに行く。


看護師からその報告を受けた井上も仰天する。

ガイゼンが彼に用いた毒物から考えると、どんなに早くとも目覚めるのは明後日だと思っていた。

『拳帝』『金獅子』のその人体を凌駕したとんでもない回復力に驚嘆しつつも、彼も急いで向かおうとするが…。


ふと、携帯にコールがかかっていることに気づく。

呼び出し人は…『ソーマ様』と表示されていた。


「すまない、どうしても外せない電話がきてしまった。

 私もすぐに行く、患者の対応を頼む」


そう言って看護師を先に走らせ、井上はソーマからの電話に出た。


「ソーマ様、申し訳ありません。

 ただいま病院でして、遅れましたことお詫びいたします」


 スマホ越し、目の前に誰もいなくとも井上は頭を下げる。


『ソーマ』。

それは井上や空燕、滝魔のIDM直属の上司であり、組織でも二人しかいない『統治者』と呼ばれる位。

つまり井上たち幹部六人のさらに上の存在である。


すでに井上は昨夜の事件を報告している。

モーゼスでの慎之介と快斗の闘い、ガイゼンの乱入と逃亡、自分が知る限りの事の顛末…ソーマはそれを知った上でこう告げたのである。


『井上。大金を使いつつも清原快斗なるものを我が配下に

 引き入れられなかったのは、確かにお前の失策ではある。


 だが、それ以上にローレンツ…いや今は『ガイゼン』か…。

 それを追いつめ、情報を掴み、死亡一歩前まで追い込んだお前の功績も大きい。

 よって、今回はお前にとがはない。今後もIDMのために励め』


ローレンツ、その名はあながち間違いでもなかった。

二年前にIDMを離反するまでずっと組織の幹部を超えた存在『統治者』として君臨していた男ローレンツ、それがガイゼンだった。

なぜ離反したのか、なぜ自らが所属していたIDMを狙うのか、その理由は幹部である井上にも知らされていないが…。


ともかくローレンツが離反しその名を捨てガイゼンと名乗った後、その空いた統治者の座に『ソーマ』が座ることになった。

その腹心である自分と直属の部下である空燕、滝魔も幹部になったというわけだ。


ソーマは続いて空燕やクラッシュはもちろん、現場を混乱させた滝魔や、花宮で殺戮運転さつりくうんてんを繰り返した金豪も謹慎のみで済ませるという。

両名、特に金豪は目に余る行動だったが、彼はその配下を通じて金を生み出すため粛清まではしないとのこと…。


「寛大なるご処置、心より感謝いたします。しかし、よろしいのですか?

 滝魔はともかく金豪の言動や行動は目に余ります。

 それに、『イワン』様がなんとおっしゃるか…」


ソーマはその発言を聞きながらも、笑いながら電話を切る。

心配するな、というように。


そう、現在のIDMの統治者は二人。『ソーマ』と『イワン』。

ソーマが許すといった以上その裁定は覆らないだろうが、すべてがソーマと正反対、さらに古株であるイワンはこの裁定にきっと怒りを燃やすだろう。

さらにその上におり、IDMの絶対的支配者であるあのお方『陰堂いんどう狂志郎きょうしろう』様はどう思うだろうか…。


(いや、よせ。考える必要はない。

 その先は私のあずかり知らぬことだし、知ってはいけないことだ)


と、そこまで考えて井上は首を振り、深堀りするのを辞める。

そういえば、アゼルの名は赦免の中に告げられなかったな…と思い返しながら。


「井上先生、信じられませんが、本当に患者が目を醒ましています!

 急いでください!」


「ああ、わかった、すぐに行くよ」


看護師の呼びかけに井上は急いで準備をし、大輔の病室に向かう。

少なくとも自分も大輔も命は繋がった、それでいいと思いなおして。


さて、大輔が目を醒ます少し前、霧神家では呑気のんきに慎之介がゲームをやっていた。

そして、洗い物をしている雪乃に何の気なしに問いかけている。

「ねえ、母さん。IDMって知ってる?」


その問いかけに雪乃は洗い物を辞めずに答える。


「…うーん、知らないわねえ。ICBMなら見たことあるけど」


「それってミサイルじゃないの?…えっ、見たことあるの?」


少し驚くも、母のいつものほら吹きと思い…なんだ、母さんも知らないのかと慎之介はゲームにまた目を移す。


しかし雪乃は知っていた。

IDM、それは20年以上前に自分が戦っていた組織。

霧神流の伝承者だった自分は少しでも世の中が良くなるようにと、それと戦い続けていた。


しかし、いつしか気づいてしまった。

敵は政治、経済、暴力、宗教をすべて支配していた組織。

戦い続けても自分一人の力で何か変えることなどできるはずもない。

それどころか悪くしているだけなのではないか…。


そう気づいた雪乃は、いつしか戦いを諦めていた。

そしてその頃知り合った、戦いとは全く関係のない宗一と結婚し、詩音が生まれ…普通の人間となった。


しかし今、慎之介がIDMの名を出したということは、まだその組織は残っているのか、あるいはその影響がどこかに残っているのか。

いずれにせよ、それには慎之介も詩音も関わらない方がいい。

慎之介のあの聞き方では過去までは知らないようだし、取り立てて教える必要もない。

たとえ慎之介達とIDMの闘いが避けられないことになったとしても、それは今ではないし、自分がその引き金になるつもりはない。


「若かったのねえ、私も」

ふと、雪乃は当時のことを思い出す。

毎回のように目の前に現れていた敵連中も明らかに下っ端ながら、本当にやる気があるのか、悪事を働く気があるのかというような、どこか憎めないような奴らばっかりだった。

彼ら、彼女らはいま何をしているのだろう。

似合わない悪の道からちゃんと足を洗っているだろうか。


そういえばいつも目の前に現れては一撃で倒れ

『おのれ雪乃!覚えてろ!』

が口癖の、飛び切り弱かった彼も思い出す。

そういえば彼はなんという名前だっただろうか。

たしか、いつも山の名前を冠していたような…。


「若かったって、何が?」


慎之介の問いにふと雪乃は我に返る。

すべては過ぎた思い出。

無謀で無駄で無意味ながらも、今生きているからこそ思える、決して色褪せない、消えることのない若き日の思い出。

ふふっと笑いながら思い出を胸にしまい、彼女は慎之介をからかった。


「セールスマンが安く売ってくれたから家に持って帰ったのよ、ICBMを」


「ICBMを!?家に!?若さで済む問題じゃなくない!?」


「でもやっぱりいらないから山に捨てたわ」


「捨てた!?ICBMを!?山に!?国際問題じゃんか!!」

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