第13話「WHO KILLS DEMON?」
さて、時刻はすでに20時を回っている。
滝魔とその親衛隊が夜の街をバイクで疾走する。
狙うはガイゼン、いよいよ最後の勝負だ。しかし…。
総長の滝魔が明らかに身体に異常をきたしているのを、副総長であり滝魔と長い付き合いでもある『服部蘭丸』は見逃さなかった。
「総長、これ以上は危険です!早く病院へ…!」
「うるせェ蘭丸!俺に指図すんな!」
滝魔は強がっているが、もはや体は限界に近い。
すぐに彼は痛みに耐えられず路肩にバイクを寄せてうずくまる。
蘭丸以下数名が見ると、先ほどガイゼンの攻撃を受けた胸部からは出血しており、裏地は真っ赤に染まっている。
おそらくは骨折もしているだろう。
こんな体で今まで動いていたのか…と取り巻き全員は驚愕する。
「総長、なんと言われてももう止めますよ。
ここであんたに死なれるわけにはいかない」
蘭丸は青く染めたストレートの髪を揺らし、近くにいたスキンヘッドの男へ滝魔を連れて病院へ行くよう指示する。
その男は無言でうなずき、抵抗する滝魔を乗せて病院へ走っていった。
さらにその場に残っていた親衛隊の双子に、片方が滝魔のCBXに乗りアジトへ回収するよう命令した。
双子は同時に返事をして、その片割れが滝魔のCBXを操り共に帰還した。
滝魔の追跡は、ここで無念のリタイアとなったのである。
同時刻、疾風のように花宮の街を駆け抜けて、IDM幹部の空燕が走る。
(井上さんの話では、ガイゼンは損傷したバイクに乗って逃げたという話だ。
あの殺人鬼が病院に駆け込むとは考えづらい。確実に通報されるからな。
ならばまだ走り続けている単独のバイクを見つければ…。
そいつがガイゼンである可能性がある。必ずどこかに手掛かりがある!)
そう考えて空燕は走るが…今日は妙にバイク乗りが多い。
それもそのはず、先ほど滝魔が引き連れ、ガイゼンによって壊滅させられた殺滅舞霊’Zの残党がまだ街を走り回っているのだ。
多くの者はガイゼンへの恐怖によって逃げ惑うように走っているが、滝魔という縛りから解放された歓喜のために暴走行為を行っているものもいる。
国道を無法に走るバイク集団を見て、滝魔め、どこまでも面倒を掛ける男だ、と空燕は舌打ちをするが…。
ふと、彼らの後方の道路から暴走する黒の高級車が見える。
駅から近い国道だというのに明らかにスピードを出しすぎており、かなり危険な走り方だ。
(あれも滝魔の暴走族か?…いや違う、あれは!!)
空燕が驚愕する。あの高級車は幹部の一人、金豪の所有車だ。
それはそのままさらにスピードを出し…。
なんと、目の前の殺滅舞霊’Zの構成員数名をバイクごと跳ね飛ばしていった。
耳を劈く金属の不協和音が響き、数台のバイクと人が道路に吹き飛ばされる。
そのうちの一台が空を舞い轟音を立てながら、空燕の近くの壁に激突した。
転がったバイクを見て、空燕は金豪のあまりにも異常な行動に怒りを抱いた。
危険運転への義憤ではない。
IDMの存在を公にしかねないあまりにも無為無策な愚行のために。
これは先ほど自分が行った、部下を路上で土下座させるなどというパフォーマンスで済む問題ではない。
周囲には人通りもまだ多く、今の暴走行為に大勢の人間が悲鳴を上げている。
これを揉み消すことなどできるだろうか?いや、どう考えても無理だ。
運転手は確実に追跡され即座に逮捕される。
これを見逃せば国家の信用そのものに関わるからだ。
ひいてはそこからIDMの存在が世間に知れ渡る可能性も否定はできない。
「金豪…貴様、どこまで異常なのだ!!
滝魔以上に無能で有害な存在がいたとはな!!」
怒りに燃える空燕だが…ある高校生のカップルが彼を心配して声をかけてきた。
先ほどバイクが飛んできたが大丈夫か、怪我はないか、と。
空燕はそれに、心配ご無用、と冷たく言い残しまた夜の街を駆けていった。
「なんだよ、不愛想だな。
…っていうか足速いな、あの子。もう見えなくなっちゃったぞ」
と『岬絵美里』が口をとがらせる。
もう一人の『澤山哲司』は、怪我がないならいいじゃないか、と諭す。
そしてふと、思い出した哲司が絵美里に言う。
「それよりさっきの子…なんか慎之介に似てないか?
見た目とか言葉遣いじゃなくて、空気みたいなのが、さ」
「はぁ?全然似てないでしょ。見た目も言葉遣いも態度も全然違うし。
あ、でも足の速さは似てるかも」
「いや、だから見た目とかじゃなくて…」
そんなことを話しながら、哲司と絵美里はまた駅に戻っていった。
――さて、視点を移しこちらは先ほど殺滅舞霊’Zを跳ね飛ばした高級車。
すでに本来の運転手は、金豪によって車窓から放り投げられている。
そして独自にガイゼンを追跡していた金豪が運転していたそれは、新たな標的を探し猛スピードで花宮の道路を駆け抜けていた。
人通りが多い一般道にもかかわらずスピードメーターは時速120㎞を超えており、まだまだ上がり続けている。
しかも運転している金豪は先ほどすでにシャンパンを何本も空けている状態だ。
「うわははははは!!構わん構わん!
どれがガイゼンかわからんのなら、全員潰せばよいだけじゃ!!」
異常運転をする金豪に、後部座席に乗っている美女二人が懇願する。
金豪様、もうやめてください!お願い!車を止めて!と涙を流しながら。
しかし金豪は一切車を止める気はない。
もともとの異常さゆえなのか、酒で気が大きくなっているのか…。
おそらく前者であろうが。
そして目の前にまた数台のバイクが見える。
ん~?と金豪が吟味すると、その集団は暴走族とも違う集団…。
いわば、仲間内でツーリングを楽しんでいる普通の若者たちだ。
明らかにガイゼンではない。ないのだが…。
「こういう奴らこそ怪しいからのう!!」
と高級車はさらにスピードを上げた。
なぜか自分たちが狙われていることに気づき、若者たちの集団は必死に逃げようとするが…。
車は耳障りな金属音を響かせ、そのまま彼らをバイクごと飲み込んだ。
「南無阿弥陀仏!迷わず成仏せい、うわははは!!
よし次の獲物を…む?」
惨劇を目の当たりにして、金豪は高らかに笑うが…。
ふと、ハンドルがほとんど自由にならないことに気づく。
今ほどバイクを轢いたときに何か異常でも起きたのだろうか。
少し先には壁、おそらくあと数秒で激突する。
金豪は後部座席を見る。
美女二人は恐怖と異常さですでに失神している。
「残念じゃが…まあ、やむを得んか!」
金豪は急ブレーキを踏み、全力で動かせる範囲までハンドルを回した。
車は鋭くスピンしながら急減速する。
すでに平衡感覚さえも無くなるほど回転する車の中で、彼は自分の袈裟を脱ぐ。
そして、壁に激突する少し前でドアをこじ開け、外に飛び出した。
車はそのまま壁にぶつかり潰れ、周囲一帯に響き渡るほどの轟音を立てて大炎上する。
「もったいないのう、あの女ども…。
まあ良いわ、女などいくらでもおるわ!迷わず成仏せいよ!
あの車もとっくの昔に死んだ人間の名義じゃ。どうせ組織が処理するわい」
野次馬が現れる前に金豪は退散する。
ある程度そこから離れたところでパトカーと救急車の音が聞こえてきた。
当然、自分が起こした事故のせいだろう。
…しかしそれを聞いても金豪の心には何の感情も訪れなかった。
しいて言えば、愉悦のみだろうか。
異常。乱心。冷酷。病的。気狂い。この世の害虫。
いかな罵倒する言葉を並べてもまだ足りないほどの狂人金豪は、高笑いをしながらまたガイゼンを探しに夜の花宮を走り回った。
――金豪が異常暴走を起こしたその少しあと、時刻は22時。
多くの者が自分を追跡していると感じ取っていたガイゼンは、途中でバイクを乗り捨てとある人けのないビルの2階にある設備階に身を隠していた。
空調ファンの低音が響くその場所で一息ついた後、彼は自分の状態を確認する。
全身の骨が折れ、内臓も損傷。打撲、裂傷、擦過傷は数知れない。
明らかに出血も多量…今生きているのが不思議なほどだ。
このままではそう遠くないうち、間違いなく自分は死ぬ。
「死ねぬ…まだ死ねぬ。あの男を…。
陰堂狂志郎を殺すまでは…」
執念、それだけが今のガイゼンを支えていた。
『陰堂』という名を口にするたび彼の眼には黒い炎がこもり、鬼化の余波か、出血が遅くなる。
『陰堂狂志郎』。
それは、ガイゼンがかつて所属していた反社会的組織IDM…。
その頂点に立つ者の名だった。
ガイゼンは犯行後、被害者の血で『陰』の血文字を描いていた。
それは、陰堂狂志郎の頭文字。
ガイゼンからの、陰堂への挑戦、挑発のようなものだったのだ。
ガイゼンは怒りを燃やしその名前をうわ言のように何度も呟くが…。
その瞬間、自分が入っていた非常階段から複数名の足音が聞こえ、ドアを開ける音が聞こえる。
追手か、もはやこれまでか…と考え彼も最後の抵抗をしようと考えるが…。
現れた男は涙を流し、ガイゼンの前にひざまずいた。
「ああ、我が神よ、おいたわしや。
お待ちあれ、必ず私めがあなたをお救いいたしましょう」
涙を流しながら近づいてくる赤いローブの男…。
それは最後のIDMの幹部『アゼル』だった。
「何者だ…貴様は」
息も絶え絶えにガイゼンが正体を問う。
ガイゼンはアゼルを知らない。
かつてIDMにいた頃にも見たことも会ったこともなかった。
もっとも彼はもともと、いわば同僚に当たるIDMの組織員をほとんど覚えていないが…。
だが、アゼルはガイゼンを知っているようだった。
それもまるで旧知の友…いや、それ以上の存在のように、部下三名とともに平伏し首を垂れる。
「私は貴方様に救いを求めるもの…IDMの幹部『アゼル』。
敬虔なる貴方様の信徒でございます。
先の闘いよりずっと見守っておりました。
ささ、お体をお癒しになる場所をご用意しております」
そう言って彼らはガイゼンを恭しく連れ出そうとする。
奇妙だ。ガイゼンはそう考える。
自分を殺したいのなら理解はできるが、どうも彼らはそういう表情ではない。
本当に自分を救いたいような真摯な表情だ。
何かを信じ切っているような、そう、まるで本当に神を信じているような顔つき。
ガイゼンはその表情に感謝など一切覚えず…。
ただひたすら『不愉快さ』を感じていた。
アゼルはガイゼンの様子を見て、急いで脱出、治癒を、と考えるが…。
その時、自分たちが上って来た非常階段から一人の足音が響いてきた。
追手だ、全員がそう確信する。
こんな場所にわざわざ上ってくるものなど、他には考えられない。
アゼルは忌々しげに睨むガイゼンを恭しく抱え、部下の男性…痩せぎすで黒い長髪の男『クロウ』に追手の足止めを命令した。
クロウは恍惚の笑みを浮かべひざまずく。
アゼル達が屋上と地下両方に続く細い専用通路から地下に逃げ出した後も、彼はずっとひざまずいていた。
「なんだ?ガイゼンじゃねえな。っていうか…誰だお前?」
非常階段を上って来た追手…。
こちらもガイゼンのとどめを刺すため、独自に行方を追っていたIDM幹部『クラッシュ』は、待ち構えていたクロウを見て当てが外れたように呟く。
壊れたバイクが近くにあることを発見した彼は、この近くにガイゼンがいると確信し、血の跡を辿りこのビルにたどり着いたのだ。
この状況を見て、彼はさらに推測する。
ガイゼンがここにいたことは間違いない。
では今、なぜガイゼンがいないのか?
決まっている、この目の前の男が逃がしたのだ。
それも単独ではない、おそらく他に一味がいる。
大怪我を負ったガイゼンを急いで逃がすには、最低でもあと二人は必要だ。
では目の前のこの男が残った理由は?
…それは簡単、自分の足止めだ。
そこまで一気に推理したクラッシュが、クククと笑いながらクロウに語り掛ける。
「よう、捨て駒。
今すぐガイゼンがどこに逃げたか教えれば、お前は見逃してやってもいいぞ?
じゃなきゃ死ぬぞ。いいのか?死ぬのは怖いぞ、苦しいぞ。
生きたいのは人間の本能…。
それを文字通り、痛いほど気づかされ思い知らされながらも
もう取り戻せず死んでいくんだぞ?」
しかしクロウは恍惚とした笑みを浮かべながら、クラッシュに向けて構える。
彼自身、武道の心得はあった。誰が追手でも容易くは殺されない。
それに、たとえ死んだとしても構わない、捨て駒上等だ。
自らの唯一神ガイゼンを護るために殉死するのであれば、これほど栄誉なことはない。
そう考えてクロウはクラッシュに向けて飛び掛かった。
…クロウの誤算は二つ。
まず一つ、時間を稼ぎたいのなら言葉でも戦法でもなんでも戦いを引き延ばすこと。
自ら飛び掛かるというのはあまりよくない戦い方だ。
そしてもう一つの誤算は、目の前の男『クラッシュ』が彼に比べてあまりにも強すぎたこと。
クロウの拳をあっさりかわしたクラッシュはその手を取り、腕関節を極め一瞬で折った。
激痛に悶絶するクロウのもう片方の腕を取り、さらにそちらもねじ曲げて折る。
さらにクラッシュはまったく躊躇なく、『ナイフよりも切れる』と豪語する自らの手刀で、倒れたクロウの両足のアキレス腱をあっさりと切断した。
首以外の五体が動かせなくなったクロウに、クラッシュは再度告げる。
「痛いだろう、苦しいだろう、怖いだろう。
今ガイゼンの行方を吐けば助けてやるぞ。
もし望むのならすぐに楽にしてやってもいいぞ?」
しかし、その言葉にクロウはニヤリと笑うと…なんと、自らの舌を噛み切った。
クラッシュは知っている。舌を噛み切っても人間は即死しないことを。
ただ想像を絶する激痛が続き、失血死やショック死などの避けられない死への長いカウントダウンをひたすら刻み続けるだけだ。
それでも舌を噛み切るのは、ただひたすらに
『自分は絶対に口を割らない』
という信念と覚悟によるもののみ。
「ふん、宗教か。それもマジでヤベえタイプのやつ…。
つまらないうえに面倒なんだよな、こういう手合いは」
クラッシュがご自慢のモヒカンを撫でて諦めたように呟いた。
悶絶するクロウを放って通路を探すクラッシュ。
このビルの設備階は非常階段以外にもいくつか出入口がある。
そのため、どこを通ったのか間違えば、大幅な時間のロスだ。
そこにまた一人、非常階段を急ぎ上ってくる足音が聞こえる。
この倒れている奴の味方か、とクラッシュは警戒するが…。
ドアを開けて現れたのは空燕だった。
おそらく彼も壊れたバイクと血痕からこの場所にたどり着いたのだろう。
「よう、チビ。お前もここに気づいたか」
「私をチビと呼ぶな。私の名前は空燕だ。それよりなんだ?この倒れている男は」
クラッシュは空燕を見ずに周囲を探りながら、今までの経緯を簡単に説明する。
そして先ほどアゼルが通った専用通路…そこに血痕が続いているのを見つけ、ニヤリと笑った。
「いくぞ、チビ。敵が複数である以上、今は一人でも同じ目的の奴がいた方が良い。
喜べ、手柄は9:1の折半にしてやる」
「貴様が9か?それは貴様がガイゼンを殺した場合だな。
私がガイゼンを殺せばその割合は逆にする。
それと、何度も言わせるな。私の名前は空燕だ」
悶絶し続けているクロウを蹴り飛ばし、クラッシュは専用通路の中に入る。
空燕もその後に続き、専用通路に入っていった。
クラッシュと空燕、二人は専用通路を進み、屋上と地下に分かれている道に到着する。
血痕は拭き取られたのか跡が残っておらず、どちらに進んだのかはわからないが…。
「下だ。
このビルの屋上ではヘリなども止められまいし、ガイゼンはすでに瀕死だ。
屋上で助けを待つ余裕はない」
そう確信した二人は地下に続く道を降りる。
階段の先は駐車場となっていた。
ここのどこかにガイゼンが、と二人は考えるが…。
ふと一台の車が猛スピードで出口に向かい走り去っていくのが見える。
あの車だ!と二人は確信するが、すでに走って追いつける距離ではない。
ならばナンバーを確認し、警察に犯罪車両として情報提供してやる。
そう判断し車のナンバーを見たクラッシュだが…。
彼は驚いたように言う。
「おいおい、ありゃ外交官ナンバーだぞ。
どうなってんだ?なんで外交官がガイゼンを逃がす!?」
とっさに空燕もナンバーを確認するが、確かに青地に白文字、そしてそこに刻まれた『外』の文字…確かに外交官のナンバーだ。
舌打ちしながらも一瞬でナンバーを記憶した彼はすぐさまIDMの情報部に照合する。
二分後、帰ってきた答えは
『国はバル・ベリデの外交ナンバー。
しかしすでにそのナンバーは失効している。
またバル・ベリデも日本と国交はあるものの
政情的に不安定であり、外交官も問題行動が多い』
…というものだった。
おそらく、その外交官が失効したナンバープレートを闇市場に流したのだろう。
それをガイゼンを逃がしたい連中が掴み、いざという時の逃亡用として備えていたのだ。
外交官ナンバーでは警察もうかつには手が出せない。
たとえそれが失効していたとしてもその場では気づくまい…。
なんという用意周到さなのだ、と空燕は悔しそうに地面を蹴る。
「く…くそっ!!あと一歩だったのに!!」
情報部としては警察に情報をすぐに流すとしているが、ただでさえ手が出しづらい外交ナンバーのうえ、今日の花宮は数々の騒動で警察もそれどころではない。
クラッシュも悔しそうにもう見えない車の先を睨むが…。
ふと、先ほどこのビルで自分に喧嘩を売ってきた男―クロウ―を思い出す。
あいつを回収すれば何か掴めるかもしれない、と考えるが…。
ふと、ビル内の火災報知器がけたたましく鳴る。どこかで火災が発生したのだ。
「ちっ、あいつさては自分で自分に火をつけたな。
クソが、さっさと殺しておくんだったぜ」
先ほど一瞬のうちにクラッシュに破れたクロウ。
おそらく激痛の中で動かない五体を必死に動かし、証拠を残さないため焼身自殺を図ったのだろう。
邪教への忠誠心を甘く見ていたことをクラッシュは後悔するが、もう後の祭りだ。
二人はビルから逃亡し、また二手に分かれてガイゼンの行方を追う。
しかし、やはりもう手掛かりは見つけられず…。
26時頃、空燕が乗り捨てられた外交官ナンバーの車を発見できたぐらいだった。
空燕は情報部に連絡し、その車の回収を依頼する。
おそらく車台番号やその他の情報も削られているだろうと半ば確信しながらも…。
何か手掛かりがあるはずだと望みを託しながら。
次の日、花宮から少し離れた場所にある教会。
白人牧師『クロード・ハークマン』、日本人に帰化した後は『黒田博人』が信徒を相手に説法を開いている。
今日は日曜日、ちょうどミサの日だ。
「皆さん。死は恐ろしいものです。
しかし、死はいついかなる時も敗北となるのでしょうか?
聖書には自ら進んで命を差し出した者たちが記されています。
彼らは逃げず恐れず、己の役割を果たしました。
神はその人が何を護ろうとしたかをご覧になります。
己の心のために、すべては神の秩序のままに…」
殉教の使徒を語るかのように、クロード、黒田、そしてIDM幹部『アゼル』その三つの名を持つ牧師が何も知らない信徒に語っていた。
そしてその教会の庭…倉庫の中の片隅には、外交官ナンバーに付け替えた時に外した本来の車のナンバープレートが袋に包まれ置いてあった。
ガイゼンは眠っている。
アゼルとその部下以外の誰も、IDMさえも知らぬ場所で、ただ傷を癒すために。
彼の最終目標である『陰堂狂志郎』への殺意を遂げるために。




