第12話「鬼哭啾々」
モーゼス道場では毒手を知った大輔と、切り札を暴かれたガイゼンの最後の戦いが繰り広げられていた。
すでに知られている毒手での攻撃を試みるガイゼンに対し、それだけは絶対に食らってなるものかとかわす大輔。
先のワンインチパンチで弱っているガイゼンの攻撃では、大輔に当てることなどかなわない。
しかしそれでも一撃で致命傷を受けかねない毒手だけは警戒して大輔が戦う。
「おっ?いいこと思いついたぜ」
蹴りでガイゼンを吹き飛ばし距離を取る大輔。
ここはプロレス道場だ、トレーニング用のダンベルやベンチプレスの器具が無数に置いてある。
そのうちの一つ、5㎏のダンベルを大輔は手に取り全力でガイゼンに投げつけた。
ガイゼンは轟音を立て迫り来るそれを辛くもかわすが…ダンベルがぶつかった後ろの壁が轟音を立てて崩れ落ちる。
「一発で終わりだと思ったか?甘いんだよこのド腐れ毒物野郎が!」
大輔はさらに近くにあったダンベルを手に持ち、ガイゼンに投げつける。
ただでさえ重いダンベル、それを驚異的な腕力を持つ大輔が全力で投擲する。
さしものガイゼンもそれほどの攻撃を喰らったら、ダメージを受けることは必定だ。
「悪いな!ぶっ壊したら弁償するからよ!!」
大輔は次藤にそう言いながら、次々にトレーニング用具や試合道具を投げる。
ダンベルはもちろんバーベル、そしてその重りやベンチプレスバーそのもの、パイプ椅子や机に竹刀、果てにはトランポリンやトレーニング用のタイヤなど…。
手に掴めるものならばなんでもガイゼンに向けて投げ飛ばしている。
毒手による攻撃を避けるならば接近しなければいい。
遠距離からの投擲攻撃はかなり効果的だ。
超人的な力で投げつけられたそれらの壁への誤爆を受けて、モーゼス道場もそのたびに建物が揺れ天井から粉塵が落ち、崩れそうになってきている。
ガイゼンも必死でかわしているが、動きが鈍っているせいか何度かは避けきれずガードしており、そのたびにまた距離を離される。
「ハッハッハー!さっきまでの偉そうな態度はどうしたこのマヌケ!
わかったら詫びろ!
三刀谷の親父をはじめお前が殺してきた犠牲者に心から詫びろ!
全身全霊で詫びろ!!それでも許さねえ!今すぐ死ね!ベニテングダケ野郎が!」
とにかく重量器具を投げまくっている大輔が叫ぶ。
次に手に取ったのはベビーパウダー。
それを彼が投げつけると粉は散乱して飛び、辺りの視界を遮った。
それを好機としてガイゼンは逃げようとするが…。
しっかりとそれを見据えていた大輔が50㎏のバーベルを、まるでバットのように扱い、フルスイングでガイゼンを殴り飛ばした。
勢いよくガイゼンが弾け跳び、モーゼス道場の壁に激突する。
「こいつでとどめだ!」
大輔は持っていたバーベルを全力で投げつける。
それは空を切り回転しながらすさまじい速さで飛び、かろうじて立っていたガイゼンの腹部に激突する。
数多の投擲攻撃で全身から血を流しているガイゼンは、とどめのその攻撃を受けて血を吐き座り込み、動かなくなった。
なおも大輔は残心を取るが…勝負は終わった。大輔の完全勝利で。
その場にいた全員がそう確信し、歓喜した。
「すげえ!すげえぞ!拳帝って本当にとんでもなく強かったんだ!」
「自慢できますよ!こんなすげえ戦いを観たんだって!」
リュウと優太が歓喜する。
次藤も満足そうにうなずき、大輔の背中に向けてサムズアップを送る。
「よう…俺たちの戦い、完全にかき消されちまったな」
快斗が笑いながら慎之介に語り掛け…その問いかけに慎之介が笑う。
あれが自分の最高の兄貴分なんだと、あれが憧れの存在にしていつか超えたい目標なのだ、と言うように大輔を見て笑顔で拳を握る。
決着がついたことを確信したのか、構えを解いた大輔を見て詩音が安心したように笑う。
が…そのまま井上に呼びかける。
「井上さん…まずはなにより礼を言いたい。だが…」
「その先を言う必要はないよ。
今後、私が君たちの前に姿を現すことはないだろうからね。
もちろんモーゼスにも。
ああ、それと…雪乃さんによろしく言っておいてくれ。
私のことなど、覚えてもいないだろうが」
井上は寂しそうに笑うと、警察に電話を掛けるためにスマホを取り出す。
見るとアプリが自動起動している。
ブローチに仕込んだ発信装置を作動させたまま、解除を忘れていたのだ。
(やれやれ、そういえば面倒な幹部連中も呼び寄せてしまったな。
もうガイゼンは死んだし、これも解除しなければ…)
そう思い返して彼はスマホから装置を解除し、ガイゼンを見るが…。
何か違和感を覚える。
腰を地面に落とし座り込み、手足は前に放り投げ、顔はうつむいていて見えない。
その腹部には叩きつけられたバーベルが乗っている。
ガイゼンは動かない。遠くて確実ではないが、呼吸もしていないようだ。
だが、なぜだ?なぜか違和感が拭えない。
(待て。そもそもガイゼンは本当に死んだのか?)
井上は思案する。
もちろん、先の大輔の攻撃は普通の人間なら確実に即死だ。
いかにガイゼンとて死んでいてもまったく不思議ではない。
ではなぜ違和感が残る?
井上以外の皆は全員すでに誰もガイゼンに目を向けていない。
警察に電話する者、大輔に拍手を送る者、緊張から解放されて座り込む者もいる。
大輔も、帰ったらビーフシチューが喰いてえな、と気を緩めているようだ。
…そんな中、井上はふと気づく。
即死するほどの衝撃を受け『座り込む』。
ありえないことはないが…普通はそのまま倒れたり崩れ落ちたりするのではないか?
あれは即死した者の倒れ方ではないのではないか…。
そう思った瞬間、井上は確かに観た。
ガイゼンの指が、かすかに動いたのだ。
「仲村大輔!ガイゼンはまだ生きている!!」
井上の絶叫と同時に、大輔にバーベルが飛んでくる。
気が緩んでいた大輔がその対応に一瞬遅れ、頭部にその直撃を受けてしまう。
KOまではされないものの、怯んだ大輔がとっさに前を見ると、目の前に血だらけのガイゼンが一瞬で接近していた。
そして人間の声とは思えない雄叫びを上げながら『右手刀』を振り下ろす。
それを必死にかわし大輔はガイゼンから距離を取るが…。
「…ちくしょう、しくじっちまったぜ」
バーベルの直撃を受け頭部から出血した大輔が悔しそうに呟く。
だがそれ以上に危惧すべきは…肩に負ったかすり傷。
先ほど、ガイゼンの右手刀で負った傷だ。
「み、右手の攻撃で…右手って確か…」
慎之介が震えながら呟く。
そう、井上が言っていたのはガイゼンの右手。それは『毒手』だと。
『毒手』。
世に伝わる秘中の秘、奥義の中の奥義。
毒手とは二つの意味を持つ。
まず一つは遅効性の打撃を差し、内出血や血腫等の内部破壊を主目的とし数時間から数日後にその効果を発するもの。
そしてもう一つは、フィクションでよく用いられるような、毒薬や毒物を手に塗り、攻撃を通じて相手に本当の意味で毒を与えるもの。
では今回ガイゼンが用いたものは…。
その答え合わせのように、大輔が肩を抑え、膝を落とす。
ひどく汗をかき、呼吸を荒くしている。
ガイゼンの毒手の効果は後者。
現実には存在しないはずの『攻撃を通じ毒を移す』という荒唐無稽な技だった。
「そんな…毒手なんて技、本当に存在するはずが…」
詩音は泣きそうな顔で、呆然自失としてそう呟いた。
「あ…ああっ!!」
優太がガイゼンを指さして悲鳴を上げる。
その指の先にいたガイゼン…それはまさに異形だった。
全身は血だらけながらも、目の瞳孔は完全に消え、白目はすべて赤く染まっている。
吐く息は荒いが、顔は不自然なまでに笑顔を浮かべ、恍惚の表情を浮かべている。
全身は血管が浮き出て筋肉が一回りほどパンプアップしているようだ。
こんなことが起こりうるのか。
あれは本当に人間なのか。
自分たちは全員悪い夢でも見ているのではないか…。
あまりにも現実離れした目の前の出来事に、全員が言葉を失う。
凶に染まったそのガイゼンが雄叫びを上げる。
人間の言葉とはとても思えないような獣の声で。
周囲に響き渡るような、耳をつんざくような大音量で。
「お、鬼…人間じゃねえ、鬼だ、あいつは…」
次藤が震えてそう呟く。
全員動けなかった。
それは完全に人間を超えたもの…まさに次藤が言った『鬼』そのものの存在に、まるで蛇に睨まれた蛙のように動くことを忘れていた。
ガイゼンが狂気の笑みを浮かべ走り向かってくる。
詩音が震えながら慎之介を抱きしめる。
震えている。
姉さんが怯えて震えている。
こんなの初めてのことだ。
慎之介もそう感じ取るが…慎之介も恐怖で動けない。
快斗も井上も震えて動けない。
ダメだ。みんな死ぬ。もうどうしようもない…。
「ふざけんなクソヤローが!!」
自分に直撃し足元に転がっていたバーベルを大輔が手に持ち、それをフルスイングして走り来るガイゼンを吹き飛ばす。
ガイゼンは勢いよく吹き飛び、ドアを失った道場の入り口から外に吹き飛ばされた。
意地と執念で体を奮い起こしたものの、毒の限界が来たのかバーベルを落とし大輔は膝を付きうずくまる。
「大輔さん!!」
心配して駆け寄った慎之介と詩音に、苦しそうに脂汗をかきながら大輔が言う。
「ざ、ざまあねえな…。
毒さえなければとどめを刺せたかもしれねえが…みっともねえ…」
「大輔さん、もう喋らないで!今すぐ病院に連れていきますから!」
泣きながらそう叫ぶ慎之介に、大輔はフッと笑い言葉を継ぐ。
「お、おい。俺が…盾になってやる。
その隙に…お前と詩音はみんなを連れて逃げろ。
そうじゃなきゃ…あの世で二人の親父に合わす顔がねえ…」
その言葉に慎之介は、何言ってんだよ!!ふざけたこと言うんじゃないよ!
と泣きながら叫ぶが…。
「そうだ、ふざけるな。盾になるのは君じゃない、私だ」
と井上が全員の前に立った。
快斗が外に飛び出したガイゼンを見る。
先ほどの一撃があまりにも強烈だったのかまだ立ち上がる様子はないが、動きを止めず少しずつ立ち上がる様子を見せている。
やはり、まだ死んではいないようだ。
「ちくしょう…なんであれで死なないんだよ!!」
という快斗の絶叫に井上もそれを確認し、大輔と詩音に声をかけた。
「仲村大輔、きみの生命力ならガイゼンの毒を凌駕できる可能性はある。
ここは私のような未来のない大人に任せて、君は命を繋ぐことを考えろ。
君はここで死ぬべき人間ではない。
…あとそれと、くれぐれも雪乃さんに伝えておいてくれ。
井上翔眞という男は、少なくとも最後はカッコよかったと。
まあ、雪乃さんは私の事を覚えていないだろうがね、はは、ははは」
笑いながら、井上は立ち上がったガイゼンを睨む。
奴も瀕死の状態だが、それでも武に秀でていない自分では勝てる道理はない。
だが、自分が犠牲となることで他の全員を逃がすことはできるはずだ。
その後はIDMの他の幹部たちがガイゼンにとどめを刺すだろう。
井上はそう考えて、震えながらもニヤリと笑う。
しかしその時、遠くの方から異音が聞こえてくることに慎之介が気づく。
これは…バイクの音だ。
それも一台や二台ではない。相当な大多数の集団だ。
ほどなくして全員その音に気付く。
それはどんどん大きくなり、目でも確認できるくらい暴走族の集団がこの場所に集まってきているのがわかった。
数十台も並ぶほどの、目に突き刺さるようなヘッドライトの群れが近づいてくる。
その先頭にいる金髪の長いマレットヘアの男―滝魔―がバイクの轟音に負けないほどの大声で叫ぶが…。
「見つけたぜェ、ガイゼン!今すぐぶっ殺してや…な、なんだあっ!?」
滝魔が驚愕する。
そう、今のガイゼンは先ほど彼と対峙した時の姿ではない。
まるで鬼に変貌したような狂相だ。
ガイゼンは騒々しい殺滅舞霊’Zの面々を狂乱の笑顔で睨みつけると…。
なんと、そのままその集団の中に雄叫びを上げて突っ込んでいった。
先頭の滝魔は少し怯みながらもガイゼンをそのまま轢き殺そうとするが、ガイゼンはそれをラリアットで吹き飛ばす。
その様をみて怯む殺滅舞霊’Z の面々に、彼は襲い掛かりまた暴れまわる。
落車して大怪我を負った滝魔は動くこともできず悔しそうにそれを見つめ、怨嗟の声を上げた。
恐怖にかられた殺滅舞霊’Z の面々のほとんどが滝魔を置いて逃げ出した後、ふとガイゼンの動きが止まり、立ちすくんだままになった。
そのまま少しずつバンプアップした筋肉が萎み始め、最初に観た姿に戻っていく。
ついに死んだのか、と慎之介が危惧しながらも様子を伺うが…。
ガイゼンは我に返ったかのように周囲を見回し自分の置かれている状況を確認すると、よろよろと歩きながら身近にあったバイクにまたがり、モーゼス道場から反対側…国道に出る道へと発進させた。
「く、くそっ!あいつ、逃げる気だ!!」
快斗が悔しそうに叫ぶ。
しかし、もうその場には戦える人間がほとんどいない。
大輔は倒れ、慎之介と快斗は激戦の後で疲れ果てている。
リュウ、優太、次藤、井上ではいかに瀕死のガイゼンとはいえ相手するには力不足だろう。
滝魔はガイゼンの攻撃と走行中の落車で大怪我を負っているし、彼の取り巻きも恐怖で動けない。
唯一戦えるのは詩音のみだが…詩音は大輔の傍で涙を流している。
彼女にガイゼンを追って戦えというのはあまりにも酷だろう。
全員が悔しがりながらも、バイクに乗って逃げるガイゼンを追うことはできず、ただその姿を睨み続けることしかできなかった。
しばらくして、空燕がモーゼス道場に駆けつけてくる。
「井上さん!ガイゼンは!?」
と井上に尋ねるが…井上は首を振り、残念ながら逃がしてしまった、と言う。
空燕はその言葉に悔しがるが…ふと、倒れている滝魔を見つけ、怒りの表情を浮かべ歩み寄り、胸ぐらをつかむ。
「滝魔!なんだあのお前の部下のクズどもは!
統率も取れていない、管理もできていない!邪魔だ!
あいつらが滅茶苦茶に走るせいで私の到着が遅れてしまったのだ!
この無能の落ちこぼれが!」
「なんだとこのクソガキ…偉そうな真似しやがって誰に口利いてんだコラァ!!」
と、空燕と滝魔で一触即発の空気になるが…井上がそれを仲裁しなだめた。
「よせ、二人とも。ここで争っても誰も得をしない。
それより、もうそろそろ警察と救急車が来る。
…滝魔、お前は救急車に乗って治療を受けたほうがいい」
と井上は言うが…。
滝魔は血を流しながらもその必要はないとばかりに自らの愛車に跨る。
愛車も大怪我を負った自分もまだ何とか走れるようだ。
その愛車をいたわるように撫で…わずかに残った4人の取り巻きとともにまた夜の街に向けて走り出した。
「井上の叔父貴…今ならガイゼンを殺れる。俺ァ諦めねえぜ。
神殺邪滅、それが俺たちのやり方だ」
と言い残して。
空燕もまた井上と二、三言かわしたあと、ガイゼンを探し続けるためにモーゼス道場を後にする。
その際、慎之介と少し目が合うが…空燕は興味もなさそうに振り返り、彼もまた夜の街を走り抜けていった。
彼が消えた後、ふと、慎之介はその目を思い返す。
態度も見た目も言葉遣いもまったく違うが、目に宿ったもの…。
それは、なんとなく自分に似ているな…慎之介はそう思った。
しばらくして道場に警察と救急車が到着し、毒で倒れた大輔を救急車に収容する。
快斗はほぼ回復しており救急車は不要と判断し、比較的軽症の慎之介は後続の救急車で対応することとなった。
他にも重傷を負った殺滅舞霊’Z の構成員が数名いる。
慎之介の番はしばらく後だろう。
詩音も大輔の救急車に同乗したかったのだが…。
現行の制度では難しく歯噛みしていたところ、井上が自分のバッグから医師免許証を取り出し救急隊員に伝える。
「私は医者です。氏名、井上翔眞。
花宮大学医学部附属病院の非常勤、内科医です。
この患者は裂傷以外に毒物中毒の症状が出ています。同乗の許可を頂きたい」
それを見た救急隊員が無線で連絡した後、井上の同乗を許可する。
不安そうに見つめる詩音に井上は一言告げ、救急車に乗り現場を後にした。
「信用しろとは言わないが…いや、やはり言う。
信用してくれ。
彼も君も君の弟も…私の命と思い出を救ってくれた。
私の背景がどうであれ、大輔くんは絶対に死なせない」
暴走族の重傷者が数名転がり、破損したバイクの残骸があたりに散らばっている。
そんな無惨な現場の検証を、警察が始めている。
次藤がまず聞き取りに応じているようだ。
保護者付きで高校生の練習見学を許可したところ、不意に格闘家連続殺人事件の犯人が現れ応戦したが、逃げられてしまった。あたりの暴走族はそれを追ってきたようだ…と。
去っていく救急車を見ながら、ようやく現実に戻れたかというように安堵し、快斗、優太、リュウの三人が他愛のない話を初めている。
「すげーな井上さん、医者だったのかよ…。
というか、医師免許まで持ってたのかよ」
「しかも花宮大附属病院って、あのすげーでかいところですよね。
めっちゃエリートじゃないですか」
「何でもできる人って本当にいるんだなー。
もしかして弁護士とかの資格も持ってたりして」
しかしその中でも慎之介は思い出して震える。
ガイゼンの、異形としての姿。鬼の姿に。
(僕はあんなのと戦おうとしていたのか…勝てるわけがない。
大輔さんでさえ勝てない奴に、僕がどうやったって勝てるわけがない…)
「慎之介、今は何も考えるな。大輔が帰ってきたらまたみんなで考えよう。
…きっとすぐに回復していつものようにまた家にくるよ、きっと」
思い出しても怯えて泣きそうになる慎之介の頭を詩音が優しくを撫でる。
自分の辛さや不安を押し殺しながら。
そして後発の救急車に慎之介が乗り、未成年者の家族として詩音が同乗しその場所を離れた。
慎之介と快斗の引退試合から始まり、ガイゼンと大輔の戦い、さらにはIDMの幹部衆を巻き込んだこの一夜…彼らの戦いはひとまず終わった。
しかし、ガイゼンを追うIDM幹部たちの一夜はまだ終わらない。
滝魔は重傷のまま夜の街を走り、空燕もまた瀕死のガイゼンを探す。
情報部から経緯を聞いた金豪やクラッシュもまた目的地を変え夜の街を駆ける。
ガイゼンとIDMの戦いも最終局面となった。
そして残った最後の幹部もまたガイゼンを探していた。しかし…。
「おお我が神よ、おいたわしや。わたくしめが必ず貴方を救いましょう。
しばしお待ちあれ。アゼルは貴方の忠実なるしもべでございますゆえに」
モーゼス道場から少し離れた廃ビルの屋上…。
数名の部下を引き連れ、長く整えた白髪を揺らし赤い牧師のローブに身を包んだ60代ほどの男…。
最後のIDM幹部『アゼル』はまるで陶酔したようにそう呟いた。




