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第九十七話 「有罪の神の陥落」

 時刻:判決の瞬間


 場所:東京地方裁判所


 合議ののち、法廷が再開する。堀田裁判官は検察席を見なかった。顔は蒼白。判決書を持つ手が震えている。この一槌は、ひとつの事件を裁くだけではない。何十年も続いた“有罪推定”の暗黙を砕く音になる。


「全員、起立」


 堀田は深く息を吸い、掠れた声で読む。


「本院は、検察提出の中核証拠(監視映像)に重大な瑕疵があり、科学鑑定により人為的偽造の疑いが極めて高いと認定する。検察は立証責任を果たしておらず、証拠は合理的疑いを超えない。また被告人の自白は、不当な誘導・強制の可能性が否定できない。疑わしきは被告人の利益に、の原則により――」


 一拍。堀田は全身の力を込め、木槌を打ち下ろした。


「――被告人清水、無罪」


 時間が止まった。清水は硬直したまま、裁判官を見、三上を見た。三上は疲れ切った顔で、しかし温かく笑い、親指を立てる。目尻に涙が光った。


「うわあああああ――!!」


 清水は顔を覆い、膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。二か月分の恐怖と屈辱と絶望が、涙になって噴き出す。地獄から人間界へ戻った者の泣き声だ。


「清水……」傍聴席の扉が開き、龍立が車椅子を押して入る。そこには清水の祖母。頬は涙で濡れ、枯れた手を震わせて伸ばす。


「ばあちゃん!!」清水は法警の制止も振り切り、車椅子の前に膝をつき、祖母の膝へ額を押し当てる。祖母は彼の髪を撫で、二人は抱き合って泣いた。


「ごめん……心配かけて……」

「帰ってきたら、それでいい……それでいい……」


 法廷は拍手で揺れた。陪審員も目頭を押さえていた。


 その後の嵐


 鬼頭厳は閉廷後、法廷を出た瞬間、最高検察庁監察部に身柄を押さえられた。フラッシュの嵐の中、かつての“有罪の神”はうつむき、鞄で顔を隠し、鼠のようにパトカーへ押し込まれる。特捜部では前代未聞の大粛清が始まり、KPIのために冤罪を作った疑いのある検察官が次々に停職・調査対象となった。


 龍立は裁判所前で、報道陣へ言い切った。


「これは始まりにすぎない。澄心控股は『澄心AI法律支援センター』を設立し、100億円の『正義基金』を創設する。金がないことは、認罪の理由ではない。テミスは貧しい者のために無料で事件解析を提供する。無実ならAIが見抜く。冤罪なら澄心が闘う」


 この事件は後に法学界で、「日本司法の平成維新」と呼ばれる。一人の配達員を救っただけではない。氷の司法の壁に、光の通る亀裂を入れたのだ。

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