第九十二話 狼群(おおかみ)の葬列
時:翌日 午前10:00。
所:澄心グループ 世界新製品発表会
東京国際フォーラムは満席だった。前列にはウォール街の空売り勢が座り、すでにシャンパンを開けている。ゴードン・ヴァルチャーはX(旧Twitter)にハゲタカの写真を投稿し、こう書いた。「今日は澄心の葬式だ。死体を分け前にしよう。」米国特使スミスも勝者の笑みを浮かべ、鞄には苛烈な買収契約書を忍ばせている。
灯りが落ちた。会場が闇に沈む。PPTも司会もない。
「タッ、タッ、タッ。」
整然とした、力のある金属音が近づいてくる。床を叩くリズム。心臓を叩くリズム。ライトが一気に点き、舞台中央を照らした。龍立は私服で立っている。だが主役ではない。彼の背後に――三十人。平均年齢七十。新型の「紅龍版・タイタン機甲」を纏い、胸の深紅の呼吸灯が脈打っていた。
音楽が流れる。テンポの速いジャズ。「始めるぞ!」源田鉄男が号令をかける。三十人が同時に踊り出した。ゆっくりした体操じゃない。――タップダンスだ。
「タタタタタ――!」
動きは揃い、着地は鋼。サーボの響きが戦鼓になる。一歩一歩がビートに刺さり、同時にウォール街の心臓を踏み潰す。この高頻度動作は、演算、遅延、瞬間トルク応答の全てに極限を要求する。米国チップよりも厳しい条件だ。
会場が凍る。スミスの笑みが固まった。手からワイングラスが滑り落ち、赤い液体が高級スーツへ広がる。血のように。「……あり得ない……我々のチップなしで動くはずがない。しかも、あんな速度で……!」
曲が終わり、老人たちは微動だにせず立った。顔色も乱れない。龍立が前へ出る。ポケットから小さなチップを取り出し、スポットライトへ掲げる。高精細カメラが表面の刻印を映す。鷲ではない。――覇気ある龍紋のロゴ。
「封鎖に感謝する。」龍立の声が衛星回線で世界へ刺さる。嘲りを隠さない。
「お前らの傲慢が、俺たちに“より良い協力者”を見つけさせた。これは東方の3nm民生チップだ。性能は15%向上、消費電力は20%低下。しかも完全に合法な民生取引だ。WTOの規則に合致している。どうした? 次はゲーム機のチップまで禁輸にするか?」
龍立はスミスを見る。眼は氷の刃。「――まだ言うことはあるか?」
その報が出た瞬間、澄心控股の株価は、押し殺されていた火山のように噴き上がった。+20%、+50%、+100%……それが“信頼”の爆発だった。
同時刻。工藤孝太が欧州から速報動画を送る。「社長! ドイツとサウジ、決めました! 3,000億円、前金入金済み! 機甲が踊る映像で、向こうが狂ってます!」
深圳のホテルで、劉立がエンターを叩く。「ゲームカプセル爆売れ。予約金200億、入った。」
龍立は電話を取り、ブルーホエール・キャピタルのディーリングへ繋いだ。「反撃だ。」ビットコインの換金備蓄から捻り出した千億ドル級の弾薬に、工藤の現金流を重ね、逆スクイーズ(踏み上げ)を仕掛ける。
――金融の屠殺。ウォール街のフロアは悲鳴で崩れた。ゴードン・ヴァルチャーは画面の“強制決済”の赤線を見て崩れ落ち、心臓発作で救急車へ運ばれる。名だたるヘッジファンドが、その日一日で破産を発表した。
危機は完全に解除された。F区の夜。社員は勝利を祝う。ビールと焼肉の香りが空気に溶ける。龍立は一人、屋上に立ち、缶ビールを握って街灯りを見ていた。そこへ劉立が来る。飛んで戻ったばかりで、身体にまだ煙火の匂いが残る。二人は缶を軽くぶつけた。
「勝ったな。」劉立は子どものように笑う。
「勝ったのは俺じゃない。」龍立は下を見た。歓声を上げる宅配員、油まみれの工員、目を擦るプログラマ、子を抱く美咲。「――あいつらだ。普通の人間に、尊厳と希望を渡せば、“社畜”と呼ばれた連中が、超大国さえ止められない奇跡を造る。それを証明したんだ。」
そのとき、弁護士・三上から電話が入った。龍立が出ると、笑みは一瞬で凍った。
「社長……外の危機は終わりました。ですが、もっと深刻な問題が見つかりました。」三上の声は硬く、僅かに震えている。「清水を覚えていますか。あの、命がけでチップを運んだ宅配員です。」
「どうした? 病院か?」
「……拘置所です。」三上は歯を噛み、声に刺を混ぜた。「“強盗殺人”で逮捕されました。配達中に事件を目撃し、警察は真犯人を捕まえられない。検挙率のために、身寄りのない孤児の宅配員を“身代わり”にした。検察は自白を迫り、48時間連続で眠らせず取り調べ、“認めないなら病気の祖母を逮捕する”と脅した。裁判官は保釈を却下。不在証明も見ない。――人質司法です。この国は、一度起訴されたら99.9%有罪になる。」
「……カン。」
龍立の手の中で缶が潰れ、アルミが耳障りな音を立てた。温情は消えた。代わりに、ウォール街の時よりさらに凶暴な戦意が立ち上がる。
「俺の命の恩人を、捕まえるだと? 弱い者を踏む? 司法が腐ってる?」
龍立は振り返り、遠くの最高裁判所の建物を見た。眼が燃える。
「いい。牢に入るべき奴がいるなら――乱判する裁判官に入ってもらう。」
次回予告:天秤の傾斜――律政改革篇、開幕!
「有罪率99.9%は正義か? 違う。――それは流水線だ。」
検察と裁判所という、最も頑固で閉ざされた権力の要塞へ。
冤罪で拘束された清水、拷問同然の取り調べ。三上弁護士、主戦場へ帰還し、絶望から反撃を開始する。
吉岡俊介は“AI判事システム”を開発し、データで人間裁判官の傲慢と偏見へ挑む。
「人間が公正でいられないなら――アルゴリズムに裁かせる。」
正義の定義をめぐる、究極の論争。龍立は“不公正の門”を破れるのか。




