第八十四話 鋼の背骨
時:一か月後。
所:澄心精工・第一工場/世界同時ライブ発表会。
その日、F区の広場には、世界中のメディアが集まった。ステージにライトショーはない。あるのは、五百キロの故障した巨大ディーゼルエンジン――ただ一つ。
龍立は黒のタートルネックで、舞台中央に立った。布教者めいた静けさ。だが言葉は刃だ。
「今日はスマホを発表しない。車も出さない。今日は――尊厳を発表する。紹介しよう。我らが主席エンジニア――六十二歳、源田鉄男。」
スポットライトの下、源田が姿を現す。車椅子ではない。杖でもない。彼は銀灰の冷光を放つ外骨格機甲を纏っていた。工業美が剥き出しの、鋼の衣。
コードネーム:【EXO-Titan】
油圧ラインは血管のように四肢を走り、背骨の位置には青い光を帯びたチタン合金の「竜骨」が通り、摩耗し尽くした腰椎を支えている。会場は死んだように静まり返った。
「……アイアンマンか?」
源田が深呼吸する。神経リンク起動。「ジ――……カシャッ!」サーボモーターが、蜂のように澄んだ音を鳴らす。
源田は半トンのエンジンの前へ立つ。腰椎の壊れた老人にとって、紙を拾うために屈むだけでも地獄だ。だが源田は、屈んだ。機甲の油圧が瞬時に重量を肩代わりする。
「――起っ!」
源田が低く声を絞る。全員が目を疑う中、彼は枕でも持ち上げるように、五百キロのエンジンを――安定して、軽々と持ち上げた。
「……嘘だろ……超人か……?!」
だが、それは“力”の序章に過ぎない。次は“精度”の奇跡。源田はエンジンを下ろし、腕のボタンを押す。
【精密モード】
機甲の腕から、細い機械触手が伸び、源田の震える指を固定する。微電流スタビライザー起動。震えが――消えた。源田は米粒ほどのネジと、溶接トーチを手に取る。動きは外科手術ロボットのように安定し、むしろ若い頃よりも正確だった。
十分後。エンジンは修復され、轟音が広場を震わせた。
源田はゴーグルを外す。機甲に包まれた、自分の手を見る。震えない手。涙が溢れ、止まらない。そして、同じように社会から捨てられた老人たちへ向け、魂で叫んだ。
「俺は――まだ働ける!! これを着れば、俺たちは若い奴らより強い!!」
その瞬間、テレビの前で車椅子に座っていた無数の老人が、震える脚で立ち上がった。消えていた火が、眼の奥に戻った。
龍立は源田の隣に立つ、カメラへ宣言する。
「澄心に“引退”の二文字はない。脳が考える限り、機甲は新しい身体だ。澄心・銀髪採用計画――本日開始。必要なのは体力じゃない。知恵だ。」




