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第七十七話 五億円の領収書

 時刻:当夜 20:00


 場所:日本中のリビング/居酒屋/澄心衛星放送 スタジオ


 日本のメディア史で、最も暗い夜だった。民放五局、全国紙三紙が、まるで同じ指令を受けたかのように同時砲火。画面には赤太字の見出し、陰湿なBGM。


【独占:澄心グループは外資のトロイの木馬!】

【F区:洗脳カルトの独立王国か?】

【澄原龍立:日本の伝統を壊す悪魔、国家経済転覆を企図】


“経済評論家”を名乗る連中が、スタジオで唾を飛ばす。「龍立の“高給”と“安売り”は悪質なダンピングだ! 中小企業を潰し、独占したら値上げして吸血するつもりだ! F区の学校は愛国を教えず、崇洋媚外を教えると聞いた! 次世代を壊す教育だ!」


 世論は一気に燃え上がった。事情を知らない過激派が澄心銀行の前で赤ペンキを撒き、澄心物流の運転手は配送中に「売国奴」と罵倒され、澄心社員の子どもが学校でいじめられて泣いて帰る。


――澄心衛星放送・バックヤード。


 浅見玲奈はモニター映像を見て、怒りで震えていた。爪が肉に食い込む。「……捏造よ。これは集団リンチ。集団殺人じゃない!」彼女はマイクを掴み、スタジオへ飛び出そうとした。「私が訂正する! 封鎖されても、真実を言う!」


「落ち着け。」修長で力のある手が、肩を押さえた。振り向くと、龍立がいつの間にか背後に立っていた。画面の中で彼が“悪魔”と叫ばれているのに、表情は退屈な芝居を見るように平坦だった。


「社長……悪魔だって……」玲奈は目を赤くし、涙をこらえる。「反撃しないと、言葉の洪水で殺されます!」


「反撃は、声の大きさじゃない。」龍立は吉岡と佐久間に視線を投げた。「用意は?」


「GIGA互娛、全プラットフォームのポップアップ準備完了。ユーザー八千万人に届きます。合法のシステム告知枠です。」吉岡の指がエンターキーの上で止まっている。


「情報部が集めた素材は編集済みです。……芸妓の証言まで入ってます。」佐久間が暗号化されたハードを差し出した。龍立はそれを玲奈へ渡した。


「弁解はいらない。俺が善人だと証明する必要もない。」目が冷える。「――罵っている連中が、何者かを見せればいい。」


 午後 20:05。主流メディアが最も騒いでいる、その瞬間。日本中の数千万の若者のスマホ、タブレット、PC画面が、同時に一度だけ震えた。


【システム告知:澄心グループ調査の真相と、“拾った領収書”について】


 開いた先に、長い弁明はない。あるのは、たった二枚の画像だけ。


 画像1:

 くしゃくしゃで油染みのあるコンビニのレシート。

 ・商品:値引きおにぎり(梅)×2

 ・金額:220円

 ・時刻:23:45

 ・注記:これは、澄心が出会う前の“ある清掃員”の夕食。子どもの参考書代を捻出するため、彼女は三カ月、肉を口にしていない。


 画像2:

 赤坂の高級料亭「松屋」から流出した内部伝票(鮮明、店印あり)。

 ・時刻:昨夜

 ・客:大門剛造および派閥議員

 ・内容:特上懐石(河豚刺身含む)、極上大吟醸×5、芸妓サービス料

 ・金額:5,800,000円

 ・注記:【「政治活動費」として計上、国民の税金で精算】


 画像の下には、赤く刺さる一行。

「この一食は、清掃員二万六千人の夕食だ。これが国会で“守る”と叫ぶ『日本の伝統』なのか?」


――泣きどころは、容赦なく突き刺さった。


 コメント欄が爆発した。抽象的な正義論ではない。目の前に突きつけられた“具体の格差”が、社畜の怒りを一斉に点火した。「俺の税金、これに消えてるのか? オムツ代を節約して一日一食なのに、あいつらは一晩で五百万? 返せ。血税を返せ!」


――大門事務所。


 大門剛造はスマホを見て、手が激しく震えた。ワインが高価な絨毯にこぼれる。「くそ……プライバシー侵害だ! 訴える!」


 秘書が青ざめた。「先生、無理です……それは“政治資金”で、用途は本来公開対象です。彼は“前倒しで公開”しただけで……世論が暴走しています。抑えなければ選挙が……」


 大門の目に凶光が走る。追い詰められた獣の眼。「大きく出るつもりか。なら、国会で潰す。澄原龍立を証人喚問しろ。偽証を背負わせて牢に叩き込め。二度と喋れないように。」

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