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第六十五話 台風夜の灯台

 時刻:台風「雷神」中心通過/風速55m/s


 場所:東京湾沿岸


終末の景色だった。東都電力の供給圏は沈黙し、街灯は消え、ビルは黒い。東京全体が海底へ沈んだように暗い。あるのは風と雨の音だけ。


――だが、東京湾のF区だけは違った。二十基の垂直軸風力が、暴風の中で狂ったように回転する。設計思想そのものが、極限風速のためにある。螺旋翼が暴力的な風を、巨大なトルクへ変える。


監視室で源田鉄男がメーターを見つめ、震えるほど興奮した。


「回転数120%!出力が振り切れてる!こいつら、歓声を上げてるぞ!風暴を食ってる!」


吉岡の指はキーボード上で踊る。


「VPP介入!電圧バランス調整!マスクのアルゴリズム、えげつない……風が暴れても、出力波形が心電図みたいに安定してる!」


F区のビル。室内灯が消えかけた、その刹那。


「ジジ――」


灯りが一度だけ揺れて――次の瞬間、眩いほど明るくなった。空調が再起動し、給湯器が唸って温水を作り始める。美咲は天井の灯りを見上げ、口を塞いで泣いた。嵐の孤島で、この灯りは“生”そのものだった。


だが龍立は止まらない。これは自分たちだけのためじゃない。


「吉岡、病院の非常系統へ接続。余剰電力を全部流せ」


「逆潮流、開始!」


世田谷総合病院。ICUで医師たちは絶望しながら手動でアンビューバッグを押していた。指が硬直し、保育器の温度が下がる。泣き声が弱くなる。


「終わりだ……」


院長が床に崩れた、そのとき。廊下の先で、灯が点いた。続いて、建物全体の灯りがドミノのように繋がり、闇を押し返す。


「ピッ……ピッ……ピッ……」


心電モニターが、生命のリズムを取り戻した。人工呼吸器が再稼働し、規則的な作動音が病院を満たす。


「電気だ!電気が来た!」


看護師たちは抱き合って泣いた。医師たちは窓の外を見る。二キロ先、F区の方向から射す強光。暴雨を貫くその光は、まるで神話の灯台だった。


雨の中、経産省の中島は、封印を破られたスイッチと、蘇った病院を見つめた。手にしていた封印札が泥水へ落ちる。報告の電話をかけようとして――指が止まった。かける勇気が、どこにもなかった。


彼は理解したのだ。人命に負けた。時代に負けた。


龍立は澄心家園の最上階、窓際に立つ。灯りに満ちたF区と、遠く復活した病院を見下ろし、無線を取って全チャンネルへ放送した。


「こちら、澄心家園」


「東都電力が消した灯りは、俺たちが点した。風が吹く限り――ここは、二度と消えない」

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