第三十九話 顔のない歌姫
時間:契約解除から一週間後
場所:澄心エンターテインメント・マルチメディア会議室
九条の封殺令は、見事なまでに効力を発揮した。テレビ各局は一斉に「スケジュールが合わない」というテンプレート文句で、凛の出演オファーを断った。
ネット上では、星光エンターテインメントに雇われた工作アカウントたちが、「男癖が悪い」「古巣を裏切った」といった捏造スキャンダルをばらまいている。
会議室の片隅で、凛は肩をすぼめて座っていた。
「社長…… 私、会社に迷惑しかかけてませんよね……私が顔を出しただけで、叩かれる……」
「誰が、“顔を出さなきゃ売れない”って決めた?」
龍立は、ゆっくりと大型モニターの電源を入れた。
「誰が、“テレビに出なきゃスターじゃない”って決めた?」
スクリーンの左側には、澄心アニメーションの天才アーティスト、天野 愛が映し出される。右側には、GIGA互娯の社長・劉立の姿。
「これは、グループ全体で仕掛ける戦争だ」
龍立が穏やかに言う。
「りんちゃん!」
天野愛が、嬉しそうに一枚のデザイン画を掲げた。
「これが、あなたのために作った3Dバーチャルアバター――“Zero”だよ!」
「完璧なビジュアル。でも、その魂はあなただけのもの。モーションキャプチャーで、あなたの歌と動きを、この子に全部宿らせるの」
一方の劉立は、『幻星神域』のゲーム画面を開いてみせた。
「うちのゲームは今、世界で同時接続5000万人を超えている」
「中央広場に、“バーチャルライブステージ”を一つ用意した。テレビ局も、チケットも要らない。ここから世界中に、生配信する」
凛はモニターを見つめ、胸の奥からふつふつと何かが沸き上がるのを感じた。
三日後。世界初の『幻星神域』バーチャルライブが、静かに始まった。事前の大々的な宣伝は一切なし。ゲーム内に、簡素なポップアップが出ただけだ。
カウントダウンがゼロになった瞬間――天から一筋の光が降り、天色のバトルドレスをまとった少女が、ゲーム内のステージに舞い降りる。名を「Zero」。
凛は、誰もいないモーションキャプチャースタジオで、全身にセンサーをつけたまま立っていた。目を閉じる。目の前にあるのは無機質なカメラとマイクだけ。だが彼女は、そこに何万人もの観客がいると想像する。
歌い出す。曲は――九条に奪われ、“他人の口パク”に使われたあの表題曲。『星の翼』。
だが、今回の歌声には、オートチューンも、口パクもない。三年間押し込めてきた魂の叫び、暗闇をぶち破る、むき出しのハイトーン。
世界中のプレイヤーは、衝撃を受けた。
「やばい、この声、透き通り方が異常なんだけど」
「待って。この声、Honey Girlsのあの曲とまったく同じじゃない? でもこっちのほうが感情乗ってる……」
「本物はこっちだろ。あのアイドルのほうが偽物なんじゃないのか?」
Twitterのトレンドは瞬時に書き換えられる。
――#Zeroの正体
そのハッシュタグは、各国語に翻訳されながら、世界中を駆け巡った。




