街に蔓延る呪い
エレナちゃん視点です!
城下町の広場はとても賑やかだった。
屋台の香ばしい肉の匂い、色とりどりの果物、笑い声――そこに、ひときわ仰々しい集団がやってきた。
もちろん先頭は、我らが(?)ライナルト殿下。
そしてその手の中には、ふわふわ毛玉の……そう、私。
私のことを見た街の人から「かわいい〜!!」と言う声があがる。
それから、「ライナルト陛下が降りてくるなんて珍しい!」という声も聞こえる。まぁ、頻繁に街に降りる王子なんていないよね…
…にしても人が多すぎない!?王子はわざと人混みが多いところを歩いているようだ。
広場の中心にたどり着く。
ライナルト王子がエリオットに目配せをし、エリオットがはぁ、とため息をついた。そして、息を大きく吸い込むと、
「皆の者、よく見よ!」
その言葉で殿下が片手で私を高々と掲げる。まるで戦勝報告でもするかのよう……
「この者こそ、ライナルト殿下が婚約を誓われた、エル様である」
……あんなに賑やかだった市場全体が一瞬静まり返った後、
「……え?」
「……ハムスター……?」
「人間の娘が、どこかにいるのよね?私には見えないけど…」
「殿下、暑さでやられたのでは」
というざわめきが広がる。
恥ずかしい。やめて。
私はちょこちょこ足を動かし、殿下の手から逃げようとするが、がっちりホールド。
その横でエリオットは恥ずかしくてたまらないという顔をしている。
(エリオットさん、可哀想……!!!)
王子は意に介さず、得意げである。そして、顔を赤くし下を向くエリオットを再び急かすように小突く。
「彼女は聖女の力を持つ。どんな呪いも、どんな病も癒す――随一の聖女である!」
……ああもう、やめてってば恥ずかしい!
頬の毛がふくらんでしまう。
そんな中、ふと目に入った。
人混みの端で、少年が母親のスカートの裾を掴んでいる。
その手首に……黒いあざ。
よく見ると、周囲の老人や子供にも、同じような痕がちらほらとあった。
私の目線に気づいたのか、エリオットがそちらを見る。
「……殿下」
エリオットの声が低くなる。
「見えますか、あれ」
殿下も気づいたらしく、私を下ろすこともなくそちらへ歩く。
「その跡はどうした」
母親が慌てて頭を下げる。
「お恥ずかしいところを……。今朝、こういう痕が急に出て……」
「痛みや熱は?」
「最初は痒いだけみたいなのでしたが、だんだん広がって……」
あざを見つめていたエリオットの表情が険しくなった。
「呪いだ。しかも……跳ね返りですね」
跳ね返り? 私は首をかしげる。
エリオットは小声で説明する。
「本来は呪いを受けたものだけを蝕む呪いが、周囲の人まで漏れ出しています。下手に治療しようとすると、聖女側にも影響するほど力が強いです。」
…そんな呪いがあるのか。待って、私があの時治療した呪いも、跳ね返りの呪い…!?!?
私でも気づかないのに、エリオットはよく気づくなぁ。私よりいい聖女なのでは?…男の子だけど。
「エル、僕はは治療までは出来ないです。人一倍感じる力が強いだけですので…」
殿下が私を見る。
「エル、呪いの解除は危険だから、今はとりあえず応急処置のようなものを施してはくれないだろうか」
……やるしかない。
私はライナルトに抱えられたまま、少年の手に近づく。
母親がびっくりしたような顔をする。
「本当にそのエル様…?が治療ができますとおっしゃるのでしょうか…」
そばにいた男性がうなずく。
「この街にも優秀な聖女がいますし…。今は出張中ですが、明日の朝には帰ってきます」
「いいえ」
今度はエリオットが険しい顔をする。
「この呪いは進行がとても早いです。早く処置をしなければ、取り返しのつかないことになりますよ」
その言葉に母親は覚悟をしたかのように男の子の痣を私に見せてくれる。
(待って、私、噛まないと治療できないんだよね…?可愛い男の子の手を噛むことになるのは心が痛むなぁ……急に噛んだらびっくりするだろうし。うぅ……)
男の子の可愛い手を見つめ、私はヒゲをぴくぴく動かしながらうなる。
「君、名はなんという?」
王子が少年に微笑みながら言った。
笑わない氷の皇太子が笑ったことに驚いたのか、母親が王子の顔をまじまじと見つめる。
「ノ、ノア…」
王子が震えながら答える男の子の手を握る。
「ノア。今からエルが君の治療をしてくれるからね。そのとき、ちょっと君の手を噛むと思うが、我慢できるか?」
王子の言葉に、男の子は首を縦に振る。
「さすが、ゼタシア王国の男なだけあるな。かっこいいぞ」
男の子の頭を優しく撫でるその手つきに、理由もなく胸が熱くなる。
穏やかな風に揺れる黒髪と、子どもを安心させる微笑み。こんな顔ができる人なんだな……
男の子がぎゅっと目をつぶったのを確認し、小さくてかわいい指をそっと優しく、噛む。
じゅわっと白金色の光が広がった。
光があざを包み込み、数秒後には痕跡も残らず消えていく。
「……すごい!なくなったよ!」
少年がぱぁっと笑う。
「呪いの根源を解かない限り安心はできないですが、これでしばらくは大丈夫でしょう」
男の子の様子を見ていた周囲の人々が次々と押し寄せてくる。
「私もお願いします!」
「この子にも……!」
一人、また一人と手に噛みついては、光を放ち、治す。
しかし、10人目あたりで息が上がってきた。
体がじんわり重くなり、耳も少し熱い。
「エル、もう無理するな」
殿下が私を抱き上げ、そっと頬を撫でる。
エリオットがうなずく。
「明日の朝に強力な聖女が2人戻って来ますから。重症化しそうな方がいたら治療していきましょう。このままではエルの方が危ないです」
……私が危ない?
ふふん、望むところだ。
このまま放っておいたら、もっと多くの人が苦しむんだ。
私は殿下の腕の中で、ギラリと目を光らせた。
――絶対に、みんな治療してみせる。
次回の更新は19(火)の予定です〜!
Ep10 カトリーヌとレイチェル