勝負になりました!?
エレナちゃん視点です。
悪役令嬢と勝負します!!
大理石のテラスに、呪いを帯びた黒い鉢植えがずらりと並べられる。
城の温室の植物たちは色とりどりで美しい。その黒い鉢植えたちの周りだけ異様に空気が腐っているようで、枯れ果てた茎や葉からは、鈍く不気味な瘴気が漂っていた。
「この花を、美しく咲かせた者の勝ちですわ」
他の聖女の目は私を蔑んでいるかのよう。
……まるでこんなやつに負けるはずがないと言っているみたい。
聖女が手をかざすと、空から柔らかな光が降り注ぎ、花々が次々と色を取り戻していく。薄桃色、薄紫、青……見事な咲きぶりに周囲から小さな歓声が漏れた。
他の聖女も負けじと、眩しい金色の光を放ち、一瞬で鉢植えを色とりどりの花に変えてみせる。
「最後は私の番ですわね」
1番派手な聖女がドレスをひらひらとさせながら前に出てくる。
王子にウインクをすると、手を胸に当て、祈りはじめた。
すると、今日1番の明るい光が現れる。他の聖女の鉢植えをも巻き込みながら光り、やがて満開の薔薇の花が咲き乱れた。
「さすがマリア様ね。私たちの鉢植えも薔薇の花になってしまいましたわ」
他の聖女の言葉に、派手な聖女はふふんというように口角を釣り上げる。
「さぁ、殿下。もうそちらのハムスター実力を試すまでもないのでは?」
聖女たちが扇子で口元を隠しつつ、チラッとこちらに視線を投げる。
「どうだろうな」
ライナルトが私をそっと手に乗せ、目線を合わせて囁く。不安そうな表情をしていたのかもしれない。王子は微笑み、大丈夫だ、と私の背中を撫でる。
「エル、やってみろ」
王子の目は私を見つめている。信頼していると、そう言っているような目つき。本当は見せること自体も不安だけど仕方ない。
私は鉢植えの茎にちょんと前歯を当てた。
どんよりした空気が流れてくる。
鉢植えの花はこんな勝負に巻き込まれて可哀想。本当はもっと綺麗なのに……
茎に少しだけ前歯を差し込む。
――瞬間、白金色の光が爆ぜる。
花壇全体だけでなく温室もを包む光は、他の聖女たちの放った光をかき消し、庭全体を春の香りで満たした。
「なっ……!?」
派手な聖女が目を見開き、扇子がカランと落ちた。
他の聖女たちも驚いたように目をチカチカとさせる。
「これほどまでの光、今まで見たことも…」
花だけでなく、周囲の木々まで蕾をつけ始める。温室全体が陽の光に照らされた水滴のように輝き、鉢植えには白金色の花びらひとつひとつが宝石のように瞬く花が咲いていた。
ライナルトは私の毛並みを優しく撫で、低く笑った。
「比べるまでもないな。俺に必要なのは、この小さな婚約者だけだ」
胸がドキリと鳴る。得意げにヒゲを揺らす私を見つめ、ライナルトの目がじっと私を追う。
そしてその視線が、悪役聖女たちに向いた瞬間――
「こ、こんな……小動物が……!」
マリアと呼ばれた派手な聖女が目の前にある鉢植えを蹴り飛ばす。
「こんな小さな生き物が、王子様の呪いを……?」
聖女たちの口元が怒りと悔しさで歪む。
ライナルトは冷たく言い放つ。
「約束通り、エルを侮辱することは2度と許さない。それから、お前たちはこの城に金輪際近づくな」
マリアがかな切り声をあげる。
「殿下、ですが……これは……!」
他の聖女も続く。
「何かの間違いですわ」
「こんな力がハムスターにあるわけ…」
彼女たちは目を見開き、震えながら鉢植えを見つめる。光を浴びるたびに、花たちは彼女たちの期待を裏切るように、より一層清廉に咲き乱れる。
また何か言おうとするも、ライナルト王子に侮蔑するような視線を向けられ、聖女たちは口をつぐむ。
「覚えていなさい!」
そのまま温室から逃げ出すように出て行った。
ライナルトはそっと私を手に乗せ、顔を近づけて囁く。
「エル。お前の力は優れているとわかっていたが、ここまでだったとは!!」
私は小さくキキッと鳴いて、得意げに毛を逆立てる。
そんな私を見たライナルトは目を細め、私をぎゅっと抱きしめた。
「俺の婚約者は、世界でただ一人、エルだけだ」
そしてライナルトは、完全に私だけを見つめながら、優しい目をして言った。
「俺の全ては、エルに捧げる。誰にも渡さない」
……エリオットが後ろでちょっと引いたような顔をしているのが見えた。
「よし、エル。私の婚約者を民に自慢しに行かなくてはな。」
……ドン引きされると思いますよ??
8/23(土)に4から8をまとめた短編を出します〜
本編の次回の更新は8/18(月)
Ep9 街で蔓延る呪い