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第22限 花びらと風と設営の呼吸――当日・前半

 土曜の朝。県立白紙高校の校門に四人が揃い、知恵は点呼と持ち物の最終確認を終えた。


 「それでは城址公園まで徒歩で向かいます。歩行中は二列、横に広がりすぎないようにお願いします」


 (声は落ち着いて、でもテンポよく。今日は《花見》、先生の段取り力が試される日)


 公園手前の交差点。入口は早くも人の波で渋滞していた。


 「ここ、右折レーン詰まるやつ。ウチら左回りでスッね。押さない、抜かない、でも止まらない。いける?」

 ルネが親指でルートを示し、先導する。


 「お任せください。まずは『お邪魔します』の気持ちで通りましょう」

 マルリが一歩引いた声で続け、ユウは「風、やさしい〜」と首筋に当たる空気を味わった。


 「南。花びらは右へ」

 ノザが短く告げ、知恵は頷く。


 (事前の打ち合わせどおり。……よし、行ける)


 公園入口。案内板の前で人だかりができ、“固まるゾーン”が生まれていた。


 「メニュー見る感じの人は左側でどうぞ〜。通る人は右、スッと行けます!」

 ルネの声は軽いが芯がある。数人が素直に動き、詰まりがほどける。


 知恵は管理のスタッフに声を掛ける。

 「おはようございます。高校の部活動です。滞在は二時間、飲食は軽食のみ、ゴミは持ち帰ります。近隣の方の通行を妨げないよう注意します」


 「了解です。風が強いのでシートの固定をしっかりお願いしますね」


 「承知しました。ありがとうございます」


 (先に礼を置く、次に本題。二手で話すと、ほんの少し相手の顔が柔らかくなる)


 桜並木の二本目、視界が開けた場所にひとかたまりの余白があった。


 「ここ、いける」

 ノザの一言で、設営が始まる。


 「四隅→中央、二手展開いくよ。タイム、計りまーす」

 ルネがシートを広げ、マルリのストップウォッチが鳴る。


 「一、二、三……」

 四隅に水入りペットボトルを置き、端を巻き込まないよう中央を押さえる。

 ユウは角でしゃがみ、桜の影の濃さを眺めながら重しを微調整。


 「——二十八秒。合格です」

 マルリが記録し、ノザは重しを一個追加した。

 「風、上がった。もう一本」


 (本番の緊張がちょっと楽しい。……いや、落ち着け)


 「先にゴミ袋オープン、置いとく」

 ルネが透明・不透明を一枚ずつ開き、角に軽く結び目を作る。


 「ありがとうございます。『先に袋』は七か条の二です」

 マルリが小札をシートの端にテープで留めた。

 〈席の音量は隣の風に合わせる〉〈花びらは払ってから一拍置いて飲む〉


 「ほうじ茶、入れます。熱いので気をつけてくださいね」

 知恵はポットの蓋を確認し、紙コップを小さく広げて並べる。湯気が立ちのぼり、薄い香りが桜の匂いと混ざった。


 「匂いびん、配るね〜。緑茶、柑橘、春の空気。袋は二重閉めで」

 ユウが一巡配って回る。生徒たちの鼻先がそっと袋の口に近づき、目が丸くなる。


 「鳩、右から」

 ノザが視線で合図する。


 「了解。やわらか誘導入りまーす」

 ルネは笑顔のまま、身体を半歩だけスライドして“道”を作る。

 「こっちは人多めだから、あっち広いよ〜」


 鳩は流れの隙間を抜け、別の方向へ。

 (すごい……押さない、でも譲らない。やっぱりこの子、場の流れを見るのが上手)


 突風。花びらの白が一斉に舞い、シートの端がはためく。


 「重し、追加」

 ノザが滑るような速さで二本目を移動し、シートはすぐに落ち着いた。


 「花のときは、一拍置いてから飲む——でしたね」

 マルリが知恵の紙コップについた花びらを払う。

 「はい、助かります……」


 ルネが周囲を見渡し、スマホを一度だけ取り出す。

 「写真は解散前に一枚。今は座って春を吸う時間」


 「吸う〜」

 ユウが目を閉じ、深く息を吸った。


 「それでは、開始の合図に——深呼吸三秒」

 マルリが手を胸に当てる。

 「すぅ……」

 「……はぁ」


 風が一瞬だけ弱まり、花びらがふわりと落ちた。

 噴水の代わりに、今日は木々のざわめきが小さな音の箱みたいに周囲を包む。


 (肩の力が抜ける。たった三秒で空気が変わるの、何回体験しても不思議)


 知恵はコップを掲げた。

 「乾杯の代わりに、どうぞ。熱いのでゆっくり」


 「ん。勝ちの湯気」

 ルネが一口、満足げに笑う。


 「礼が積める味です」

 マルリは静かに頷き、コップの縁を少しだけ傾けた。


 「口の中、薄桃」

ユウは目を細める。


 「音、今日は風が主役」

 ノザは木々の向こうを見た。


 「時間割を確認します」

 マルリが小さく告げる。

 「設営は完了。これから三十分、軽食。続いて《春の一行》です」


 (《春の一行》……みんな強そう。私の一行、どうしよう)


 シートの上にお弁当とおやつが並び、ほうじ茶の湯気がまた小さく立った。

 隣のグループの笑い声は、風に混ざって少しだけ遠い。


 (うん、いい音量。——さあ、前半はここまで。後半は私の出番もちゃんと作らないと)


 花びらが二、三枚、遅れてシートに落ちる。

 《花見》は、静けさと湯気を味方に、ゆっくりと深まっていった。

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