第21限 《花見》計画会――押さず抜かずで最速ムーブ
放課後の部室。ホワイトボードの上に小さく桜の絵が描かれ、その下に「花見計画」と丸文字で書かれている。
知恵は職員室から持ち帰った書類を机に並べた。
「外出の申請は先生が出します。行き先は駅前の城址公園、滞在は二時間以内。飲み物は蓋つき、ゴミは必ず持ち帰り。これが前提です」
(校外活動のチェック欄、多い……でもここを丁寧にやるのが先生の仕事)
ルネがいち早くホワイトボードの前に出る。
「ウチ、導線ぜんぶ引くね。入口は右折レーン混むから、左回りでスッと入る。押さない、抜かない、でも止まらない。いける?」
「最初のひと言は『お邪魔します』でいきましょう」
マルリがさらりと付け足し、メモ帳に題名を書いた。――〈花見の礼・七か条〉。
「わたし、おやつは形で三種にする〜。丸と三角と四角の春クッキー」
ユウが指で空中に図形を描き、にこり。
「僕は風」
ノザは黒板の隅に小さな地図を描く。
「南風。花びらは右へ流れる。シートは少しだけ東に寄せると、落花がきれいに乗る」
(役割分担、秒で決まった……! 私の担当は――)
「先生は安心ブースお願いします。ほうじ茶とラスク、あの安定感」
ルネに言われ、知恵は思わず背筋を伸ばした。
「承知しました。ポットは二本体制で持っていきます。紙コップは小さめで」
(花見に湯温管理……地味だけど、確かに効く)
マルリが「七か条」を読み上げる。
「一、シートは静かに低く広げる。二、最初にゴミ袋を開いておく。三、席の音量は隣の風に合わせる。四、花びらは払ってから一拍置いて飲む。五、写真は解散前に一枚だけ。六、場所を立つときは見回り一周。七、帰るとき『ありがとうございました』」
「礼、強い」
ノザが短くうなずく。
「写真は一枚だけ、いいね。まず座って春を吸う時間を作ろ」
ルネは色ペンで太線を引いた。
「吸う時間……好き」
ユウが深呼吸して、窓の外の夕空をちらりと見る。
知恵は配布物の箱を引き寄せ、必要そうなものに付箋を貼っていく。
「持ち物は、ブルーシート、ペットボトルの重し、クリップ、ウェットティッシュ、携帯用ほうき、透明と不透明のゴミ袋。それと……救急ポーチも持参します」
(万が一の絆創膏、あると安心)
「導線つづきいくよ」
ルネは地図に矢印を重ねる。
「入口から左回り、桜の二本目のとこで右。そこでシート二手展開。四隅に水ボトル置いてから中央。——先生、二手でいける?」
「はい。二手、意識します」
(二手フィニッシュ、だいぶ身についてきた気がする)
ユウが手を挙げる。
「匂いびん、作って持ってくね。緑茶と、柑橘の皮と、春の空気。袋は二重閉めにするから、匂い逃げないよ」
「春の空気は、どうやって入れるんですか」
「春の時間に、袋あけて、閉める〜」
「理屈は謎ですが、楽しいので採用します」
知恵は笑ってメモを一行増やした。
ノザが地図の端に小さな矢印を描き足す。
「鳩とカラスの通り道。人の密度が下がると近づく。食べ物は中央側、袋は足もと」
「警戒ありがと。ウチ、カラス来たらやわらか誘導するから」
ルネは親指を立てる。
「時間割も作っておきましょう」
マルリが黒ペンで区切り線を引く。
「設営十五分、深呼吸三秒、乾杯代わりのほうじ茶、食事三十分、《春の一行》発表、自由時間三十分、片付け十五分。合計二時間」
「《春の一行》……各自、一行で春を言うやつだよね?」
ユウが嬉しそうに身を乗り出す。
「言葉、薄桃にする」
「僕は光の密度で考える」
ノザの声はいつもより少しだけ明るい。
知恵はスケジュールを写し取り、最後に集合の欄を書く。
「当日は九時四十五分、校門集合でお願いします。移動は徒歩、帰りは現地解散」
「ラストに練習ね」
ルネがブルーシートを引っ張り出し、床で小さく展開する。
「四隅→中央、二手。タイム計るよ」
「計測」
マルリのストップウォッチが鳴る。
「すぅ……」
「はぁ……」
四隅にペットボトル、中央をおさえて、端を巻き込まないように整える。
「——二十五秒。合格です」
「本番は風があるから、重し多めで」
ノザが水ボトルの位置を指で示す。
知恵はポットとカップの箱に手を添える。
(湯温九十五度、注ぎ口は安全カバー。歩く速さはゆっくり。落ち着いて、でも止まらない)
「では、最後に確認」
マルリが七か条をもう一度読み上げ、頭を下げる所作まで揃えてみせる。
「礼は、静けさを増やします。みなさん、よろしくお願いします」
「うちらの今日のまとめ」
ルネが指を鳴らす。
「押さず、抜かず、止まらず。最速はマナーの中。——勝ち!」
「ふふ」
ユウが笑い、掌をぱちりと一度打つ。
「花、まだつぼみ。開くの、待ってる」
「風、南。変わらなければ、落花は午後」
ノザが地図の端に、明日の天気マークを丸で描いた。
「それでは、解散します。忘れ物の確認だけお願いします」
知恵は書類を束ね、最後にホワイトボードの桜の絵を見上げた。
(準備は整った。あとは、静かに楽しむだけ)
部室のドアを閉めると、廊下に柔らかな夕風が流れ込んだ。
明日の桜はまだ満開じゃないかもしれない——けれど、四人と先生の間では、すでに《花見》が静かに始まっていた。




