第9話 王国への転送準備
紫色の瘴気が晴れ、目の前に広がっていたのは、魔王城の結界が割れた出口だった。
少し開いた隙間からは、魔王ルームから見下ろしていた城の庭園が垣間見える。
『さあ、いよいよです。宿主。待ちに待ちましたね』
いや、ただ流されに流されてこうなったような気がする。
『宿主は重要な任務を魔王様から頂くことができました。今回取り戻す目標であるロンバは、魔王の愛するおもちゃです。彼女がいなければ、魔王は真の力を発揮できないのです』
ミミズは興奮気味に俺の意識に語りかけた。
『王国のルドリア領まで、ルリアに飛ばしてもらいます! ルリアはテレポートが得意です』
転送魔法。
書物にあるだけで、王国では宮廷魔術師でさえも使えない難解な魔法だ。
配下の者でさえこれほどの魔術を持っていたとは。魔王にかなわないはずだ。
転送ですぐ行けるのか。
王国から魔王城までどれほどの試練と月日をかけたことか。
結界があった場所を抜けて、俺は庭園へと足を踏み入れた。
魔王城の紫色の瘴気が肌を刺す感覚はないが、庭園は荒れていた。
魔王ルームのバルコニーから落とされた死骸が積み上げられていた。
多くは籠からこぼれて散らばっていたが、勇者アレクの「凶魔の奇跡」の上半身は木に刺さって奇跡的に直立していた。
ミミズは食料と言っていたが、まだ消費されていないようだ。
ふと、思い出したことがある。
これから行く領都には勇者メンバーの身内がいる。
せめて亡骸を葬送したいのではないかと思った。
「仲間の死体を領都へ運ぶことはできないか?」
『宿主、今日は外に出られたお祝いの日です。魔王様に分けてもらった力を奮発しちゃいますよ』
ミミズはぷちぷちと音をたてながら、身を分裂させているようだった。
『宿主、口を開けてください』
「こうか?」
口を開けるとちぎれたミミズが出てきて、死体へ向かって飛び出した。
勇者アレクの首にぶつかると穴を開けてもぐりこむ。
上半身しか無かった勇者アレクは身を震わせると、下半身が生えてきて、木から落ちた。
別の虫も「神界の右腕」を初め、仲間だった勇者たちの死骸にもぐりこみ、失われた手足や半身を修復しているようだった。
勇者アレクはふらつきながら重い足取りで歩きだす。
「すごいな。もしかして」
『いや、そこまで期待はしないでね。蘇生はできないです』
「そうか。残念だな」
そうこうしているうちに、ルリアが魔王城から出てきた。
「汚いゾンビの群れね」
仲間だった勇者メンバーの死体がうろうろしていた。
「彼らも領都へ転送魔法で飛ばすことはできるか? 遺族に渡したい」
「仕方ないわね。あと、ちょっと待って、リナも行きたいって言ってる」
彼らは独自の念話回路があるようだ。
「リナとは?」
「蝶よ。見たことあるでしょう」
たしかに魔王ルームで見たことがある。こちらが見ていたというよりは、見られていた感もある。
青い蝶がバルコニーの方からひらひらと舞い降りてきた。
「あなたが決めてね」
『宿主、テイムしてあげて』
なんだかよくわからないが、言われるままに俺はテイムスキルを蝶へと向けた。テイムスキルは使役している魔物と念話ができるようになる。
一旦魔力が消費され、そのあと魔力が沸き上がる感覚。
ゴブリンやスライムのときとは違う、ミミズをテイムしたときに感じたのと同じ感覚だ。
「やったー! 繋がったね」
はきはきとした女の子の声が聞こえた。
「やっと人間に会えた! やっと町に行ける!」
ミミズの時より明るくポジティブな空気も感じる。
「転生者のリナです。私はすごく役に立ちます! 連れて行ってください!」