第70話 ルリア来訪
応接室の中は、張り詰めた静寂に包まれていた。誰もが息を殺し、ルリアの登場を待つ。
緊張感が、張り詰めた糸のように空間を覆っていた。
『なるほど、テイムは二体まで。そしてスキル共有! その帰結は……』
脳内にミミズの声が響き渡った。その興奮気味な口調は、普段の冷静さを忘れさせていた。
「ああ、わかっている」
俺は答えた。
リナのテイム解除を覚悟しながらも、スキル共有という新たな可能性に心が躍ってもいる。リナと会えなくなるわけではない。
「リナ……この戦いが終わったら、王都に会いに行く……」
リナのテイムは解除した。
彼女の笑顔が、脳裏に焼き付……。
「会いに来て! アイリスちゃんも待ってるよ!」
「え?」
リナの声が耳に響き渡った。いつものように明るく、元気いっぱいだ。
「共鳴スキルで話せるよ」
「なに?」
俺は驚きを隠せず答えた。
テイム解除したはずなのに、彼女の声が、まだ俺の脳内に響いている。
「……どういうこと?」
「共鳴スキルはいつでもどこでも誰とでも話せるスキルだよ?」
リナは俺が驚いていることを不思議に感じているようだった。
安堵と希望が、俺の胸に広がった。
その時、応接室の扉が開き、ルリアが姿を現した。
その姿は、以前とはまるで異なっていた。
長い銀髪はきっちりとまとめられ、神聖皇国教皇の衣装を身にまとっている。
その顔には、どこか冷たい笑みが浮かんでいた。
「ごきげんよう」
ルリアは、優雅な足取りで応接室の中へと歩み寄ってきた。
「まあ、お菓子をばらまくなんて、レンさん、ご機嫌はななめのようね」
ルリアは、俺の顔を見つめ、嘲笑を込めて言った。
「ルリア、お前がここに来た理由は?」
俺は静かに問いかけた。
彼女が一体何を企んでいるのか、どうせ話さないだろうが、警戒を怠らない。
「レンさんが瘴気にお悩みのようなので、悩み事相談にうかがいました」
ルリアは、にこやかに答えた。
その言葉は、嘘をついていることを見せつけるかのようにどこかあっけらかんとしていた。
「レンさん、そのミミズとかいう寄生虫を殺したらあなたが嫌悪している瘴気が収まると思いませんこと?」
ルリアは、俺の顔を見つめながら、そう言った。
彼女は、俺とミミズとの仲たがいを画策しようとしているのだろうか。
『宿主の瘴気が無くなっていることに気づいていないらしい。馬鹿ルリアなのです。ロンバさまさまです』
脳内にミミズの声が響き渡った。
彼女は、俺の身体から瘴気が消えていることに気づいていないとミミズは言う。
「もう瘴気はなくなった」
俺は静かに警戒しながら言った。
「瘴気はそのミミズとやらが原因で……。なんですって?」
ルリアは驚いた様子で話を切り、「瘴気がなくなった」と俺の言葉を繰り返した。
彼女の顔に不意を突かれたような驚きが浮かんていだ。
その瞬間、ルリアは見たことないほどの高笑いを始めた。
その笑い声は、まるで狂人のように、応接室全体に響き渡った。
「それなら、簡単にレンさんを殺害できますわね」
ルリアは嬉しさを宿した瞳で俺を見つめ、魔法陣を構築し始めた。
複雑な紋様が、床に浮かび上がり、俺の身体を締め付けようとしている。
その時、俺はスキルを発動した。
「ルリアをテイム!」
テイムスキルが発動する。
その瞬間、魔法陣が光を放ち、ルリアの身体を包み込む。
ルリアは手を挙げた姿勢のまま、抵抗する間もなく、俺のテイムスキルに飲み込まれていった。
『成功です。ルリアをテイムしました』
ミミズの声が、脳内に響き渡った。
リナのテイムを解除することでテイム枠が一つ空き、ルリアをテイムできるようになったのだった。
「なんてこと」
ルリアが作りかけた魔法陣は、くずれてなくなった。
「……不覚でしたわ」
ルリアは、俺の目の前で、呆然と立ち尽くしていた。
その顔には、信じられないという表情が浮かんでいる。
「恐るべきスキルね……レンさんに攻撃できないし、むしろ協力したくなってきます」
ルリアは、困惑した様子でつぶやいた。
彼女の俺を支配しようとする意志は、俺の力に支配され、自由を奪われてしまったようだ。
「それだけではございませんわ。これほどお強いのに、あくまで掃除屋にこだわるレンさんに魅力を感じていたのも事実です。……レンさんに従うことにしましょう」
ルリアは、自嘲気味に笑った。
「私をテイムできたということは……、逆に、テイム解除したリナさんのチートスキルに殺されることはありませんか?」
ルリアは少し投げやりな表情で俺に尋ねた。
「レンはリナの友だちだよ」
その時、脳内にリナの共鳴スキルが響き渡った。
力強い意志が感じられる。
その声は、いつものように明るく、俺の心を温かく包み込む。
「レン、勝った?」
リナの声が、脳内に響き渡った。
俺の心の声に応えるかのように、彼女は、俺の状況を心配している。
「うん、大丈夫だ」
俺は答えた。
「やっぱりね!」
リナの声が脳内に響き渡った。
「さあ、行こう」
俺は、深呼吸をして、ルリアに向かって言った。
「魔王城へ連れて行ってくれ」
彼女は少し驚いた様子で言った。長い銀髪をなびかせ、彼女は静かに俺を見つめた。
「魔王城ですか……」
「行くしかない」
俺は、覚悟を決めて、ルリアにそう言った。
魔王を倒すためには、魔王城に乗り込むしかない。
ルリアは、少し戸惑った表情を見せたが、すぐに静かに頷いた。
「かしこまりました」
ルリアは、複雑な魔法陣を床に描き始め、静かに呪文を唱え始めた。




