第7話 王国襲撃計画
魔王の掃除命令をこなす日々が続いている。
最初は慣れなかった石灰の粉の匂いも、死骸の腐臭も、今や日常の一部となっていた。
「魔王城は、大陸で一番魔力の高い場所に築かれている」
昔、魔王討伐隊に入隊した日にリーダーの勇者アレクが教えてくれた。
「大陸…?」
「エメラル王国は大陸の中央に位置する。北側には、エメラル王国直轄の自治領ルドリア領がある。ルドリア領は豊かな穀倉地帯であり、王国の食糧を支えている。だが、近年は魔物の目撃情報が増えており、治安が悪化している」
アレクはさらに詳しく説明を続けた。
「ルドリア領からさらに北へ進むと、険しい山脈が連なる。その山脈を越えると、荒れ果てた大地が広がり、その先に魔王国がある」
「魔王国…?」
「魔王国は、魔王が統治する国だ。大陸の最北部に位置し、瘴気に覆われた土地。魔王城は、その中心に建っている。魔力に満ち溢れた土地だが、同時に瘴気も強烈で、人間は容易に近づくことができない」
今は、そんな理想的な世界とはかけ離れた場所、一番住んではならない場所、魔王国の魔王城に俺は立っている。
ミミズの指示に従い、黙々と掃除をこなしていく。
もちろん、玉座はぴかぴかに磨き上げている。
そんなある日、ミミズが興奮した声で言った。
『宿主、宿主! 魔王様が、王国の襲撃を計画しているらしい!』
王国襲撃……。
忘れてはならないことがある。魔族は人族を襲撃する。
そもそも魔王討伐隊が結成されたのもそのためだ。
魔王が街を襲うのは言うまでもないことなのだが、そんな計画が、という驚きを感じたのも事実だった。
「どういうこと?」
『魔王様は、人族が殺した魔族の数だけ、人族を滅ぼす義務があるんだって言ってた』
復讐か。
『いえ、復讐ではないですよ。ルドリア領都は、魔族にとって歴史的に重要な場所なのです。かつて魔王が統治を確立した最初の拠点です』
知らない事実がでてきたな。
『今も古代の魔術遺産の多くが眠っている。それを取り返す必要があります』
お宝か。
『お宝ではありません。魔王様の愛する仲間が捕まっています。捕らえられた仲間たちを解放する鍵となる遺物なのです』
いずれにせよ、王国の領都を徹底的に潰すつもりだとのことだった。
人族を全滅させるのは難しい。まずは、勇者を送り込んでくる王国の一番近くの領都を攻撃するとのことだった。
その混乱に乗じて、魔族を解放し、いずれ王都を灰燼に帰すのだと。
俺は箒を止め、少し考えた。
このまま黙って領都ルドリアが滅ぼされるのを黙って見ていていいものだろうか。
しかし、何ができる?
『宿主、宿主、三つの選択肢があるですよ』
ミミズによればできることがないわけでもないらしい。
一つ、領都襲撃を阻止する。
魔王と直接対決するしかないが、今の俺に何ができるだろうか。魔王の瘴気は、想像を絶するほど強大だ。ほうきで埃を払うように吹き飛ばされるだけだ。失敗すれば食料として、いや、死骸として、広間に転がっている未来が待っているだろう。
二つ、王国に警告の連絡をする。
魔王城から脱出して、王国に伝えれば、王都は備えを整えることができるかもしれない。しかし脱出は魔王城を包む結界に阻まれている。魔王城の結界は堅牢で突破する方法は見つかっていない。頑張っても間に合わず、都が滅ぼされてしまい、無数の犠牲者を生むことになるだろう。
三つ、魔王を説得して襲撃を辞めさせるために、目的を聞く。
魔王が王都を襲撃する理由を突き止めれば、別の解決策、何かしら打開策が見つかるかもしれない。
しかし、魔王と話すのは怖い。説得に失敗すれば、怒りを買い、控えめに言っても悲惨な目に遭うことになるかもしれない。
だが、選択肢を考えるとそれしかないような気がしてきた。
「ミミズ、襲撃はいつだ? 時間はどのくらい残されている」
『今日や明日の話かもです。魔王様は、怒りを抑えきれなくなっているようです。人族を殺しまくってやると』
「うーん……」
『部屋を汚すなんて、許せないとのことです。魔王様はきれい好きなお方なので』
勇者たちが来て死体をぶちまけることを「部屋を汚す」と言って怒っていることは知っている。
しかし、魔族にとって歴史的に重要な場所だとか、古代の大事な遺物だとかはどうなったのだろう。
ミミズの話だ。話半分に聞いておこう。換気口の件ではひどい目に遭った。
どちらにしても確かに言えることは、魔王と対決するにはまだ力が足りないということ。脱出も容易ではない。
「質問を換えよう。本当に部屋の汚れのせいなのかな。魔王に理由や目的を聞くことはできないか」
『それはもちろんできますとも。魔王様は、とっても話しやすいお方ですよ。特に、気に入った相手には』
いろいろ話を聞く限り、なぜかわからないが俺は気に入られているらしい。
少し嫌な予感がするが、とりあえず魔王に話を聞いてみることにした。