表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/73

第66話 浄化の街

 暗くじめじめとした下水道の坑道が、無数の微かな光を得て静まり返っていた。

 俺の身体を包み込むように、ヒルの群れが静かに脈打ち、かすかに痺れを感じさせる。


『よかった、よかったのです。このヒルたちは、ロンバの一部です』


 ロンバ、魔王城の掃除を担っていた無数の虫たちの集合体。

 俺は記憶を辿り、ロンバに関するミミズの説明を思い出した。


『ロンバは小さい虫が瘴気を利用して分裂して増えます。そして瘴気を無効化するのです』


 ヒルの身体は、俺の身体に触れ、かすかに痺れを感じた。

 それは、ただの痺れではない。

 俺の身体から瘴気が吸い取られているような感覚がした。


「瘴気……を吸い取っているのか?」


『そうです。ロンバは瘴気を餌にして分裂して1体が10体に、10体が100体に、増殖していくことができます』


 ヒルの数は急速に増えていく。やがて、視界に入る坑道全体がヒルの群れで埋め尽くされてきた。

 俺の身体はヒルの群れに完全に包まれ、まるで繭の中に閉じ込められているかのような状態になった。


「キュ、コ、キュ……、き、きれいにするよ」


 ヒルの群れから、子供のような声が聞こえてきた。

 それは、俺の身体に染み付いた瘴気を浄化する歌声のようにも聞こえた。


『ロンバ数が増えるほど賢くなります。ロンバは、集まった虫の数が少ないとリナみたいに馬鹿で、多数の虫が集まっているとルリア以上に賢いのです。その知性こそが、いつもクソ魔王がロンバを求めている理由です。あらゆることをロンバの知性に相談して決めてきたのです』


 ミミズの声が、まるで実験結果を報告するかのように、淡々と響き渡る。

 俺の身体を包み込むヒルの群れは、数が増えるにつれ、知性を帯びてきたようだった。


 その時、ヒルの群れから、信じられないような声が聞こえてきた。


「ロンバです。あ、レンさん、どうしたのですか?」


「……ロンバか?」


 俺は驚きで口を開いた。ロンバは俺の言葉に反応するように、集団で身体を震わせた。


「はい。レンさんの体から瘴気が大量に出ています。どうしてここにいるのですか?」


「……ルリアに転送されてきた」


 俺はルリアとの戦いの経緯をロンバに説明した。

 魔王城から、神聖皇国の神殿へと、一方的に転送されてきたこと。

 そして、今もなお、俺の身体から瘴気が放出され続けていることを伝えた。


「そうでしたか……」


 ロンバは、少しの間沈黙した後、話しはじめた。


「私はルリアさんの監視から逃げているところです。ここは見つからない場所です。日のあたらない下水道。私の居場所です」


 ロンバも魔王城から逃げる理由があったらしい。たびたび盗まれていたと思っていたが、自らの意志でそうしていたのだろうか。


 ロンバは神聖皇国の状況を説明しはじめた。


「……ルリアさんの計画は、着実に進んでいます。聖ネクロ神聖皇国が彼女に掌握されてしまいました。逃れた一派を私は祝福しましたが、彼らは聖歌を歌いながら魔王城に向かって自滅してしまいました。そして、エメリア王国の第二王子が神聖皇国に亡命してきて臨時政府を樹立しました」


 そういう経緯があったのか。

 気になったのは、第二王子が神聖皇国に亡命? ということだ。

 ルリアは第二王子を亡命途中で殺害したと魔王に報告していたはずだが。

 それは、一体どういうことなのだろうか。


「神聖皇国の掌握? 臨時政府の樹立?」


 ロンバは少し戸惑った様子で答えた。


「ここも虫の国になりつつあります。このままではまた見つかってしまいます。レンさんで阻止できないでしょうか」


 ロンバのヒルたちがさらに振動を速めたのを感じた。

 瘴気の希薄化が勢いを増している。


 その時、脳内にミミズの声が響き渡った。


『宿主。瘴気の放出をそろそろ止めたほうがいいです』


「どうした?」


『瘴気の除去速度が異常です。このままでは、あっという間に瘴気が浄化されてしまうかもしれません』


「浄化……?」


『そうです。瘴気が完全に浄化されたら、宿主は、ただの人間になってしまいます』


 ただの人間……。


 蝕まれているとはいえ、今の俺は瘴気の力を持っている。

 その力は、不本意ながら魔王の配下として得たものであり、リナやアイリスを助けるためのものでもある。

 もし、瘴気が浄化されたら、その力は失われてしまう。

 そして、俺は瘴気を出せないただの人間になってしまう。

 そうミミズは言うのだが。


「どんどん瘴気を浄化してくれないか、ロンバ頼む」


 俺は覚悟を決めて告げた。


「俺の身体から、瘴気を可能な限り吸い取ってくれ。たとえ、俺がただの人間になろうとも構わない」


『宿主が強くなるのが一番だったのですが……』


 ミミズの声は、少し残念そうに響き渡った。


「レンさんの自由意志に従いましょう。レンさんにとって最も必然的な選択に」


 ロンバは俺の言葉に同意して、さらに激しく俺の身体を包み込み始めた。

 その繭は、まるで身体中に穴が開いたかのように、俺の身体から瘴気を出して吸い上げていく。


 やがて、俺の身体から放出される瘴気の量は、徐々に減少し、ついには完全に止まった。


「レンさんのご判断に従って、瘴気はきれいになりました」


 ロンバは静かに告げた。

 俺は、身体をゆっくりと起こし、自分の身体を見つめた。

 

「ロンバ、ありがとう」

 

 身体にまとっていた紫色の瘴気は、完全に消え去っていた。


「さて……」


 俺は、深呼吸をして、上へと向かう通路を見つめた。


 下水の汚臭も浄化されている。久しぶりに感じる澄んだ空気だ。


「行こう」


 俺は坑道を歩き始めた。

 やがて下水掃除屋が使用していると思われる、地上へと続く階段に、俺は辿り着いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ