表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/73

第65話 ヒルの祝福

 暗くじめじめとした下水道の坑道の中、俺は泥まみれの身体を引きずりながら、奥へと進んでいた。

 足元はぬかるみ、壁には無数の虫が蠢き、鼻をつく悪臭。まるで地獄を彷徨っているかのようだった。


 激痛が全身を襲い、意識が遠のきかける。それでも、俺は瘴気の放出を抑えようと、何度も何度も詠唱を繰り返した。

 リナが作ってくれた詠唱文句だ。


「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ、しず……」


 そんな時、脳内にリナの声が明るく響いた。


「いま大丈夫? ルリアと戦っているなら後にするけど」


 その声を聞いた瞬間、心の奥底に温かいものが広がった。


 リナは大丈夫かと聞いている。大丈夫じゃない。むしろ最悪だ。ルリアに神聖皇国へ転送され、瘴気をまき散らして、今は下水道で途方に暮れている。


 ルリアと戦っていると言えば、戦っているとも言えるだろう。

 だが、リナからの連絡は、まるで砂漠でオアシスを見つけたかのように、俺にとって僥倖だった。

 

 いつもリナの予想外の機転で窮地を救ってもらってきた。


 今回も、何か良い知らせを持ってきてくれるのではないかと期待してしまう。


「リナ……ありがとう」


 俺は小さく呟いた。


「レンが絶対に喜ぶと思うサプライズを持ってきたよ!」


 リナの声は、暗闇の中で、かすかな光のように俺の心を照らしてくれている。


「発表します! 共鳴スキルで、なんと、アイリス王女とも話せます! ささっ、どうぞ!」


 リナの声がさらに興奮気味に響き渡った。


 リナの声に促され、俺は深呼吸をして、意識を集中させた。


 そうか、王国の復興状況の報告か。


 アイリス王女の声が聞けるのは、どんな状況だとしても嬉しい。


「勇者レン様、王国を救っていただきありがとうございます。お会いできるのを楽しみにしております」


 アイリスの声は、優しく、そして凛としていた。

 その声を聞いた瞬間、俺の胸には込み上げてくるものがどっと押し寄せてきた。

 諦めずに王国を再建しようとする彼女の姿が脳裏に浮かんだ。


「あ……」


 俺は、その声に応えようとしたが、身体が言うことを聞かない。

 喉はカラカラに渇き、声が出ない。念話なのだが喋る感覚が必要なのか言葉に詰まった。


 リナは、少し困ったような声で言った。


「それじゃあね。ちなみにアイリス王女の部屋にはレンの肖像画が飾ってあります」


「……」


 そこで念話が終わったかに見えた。


 肖像画? 魔王討伐隊結成時に王国八勇者の肖像画が売られていたのはたしかだ。

 もちろん一番人気がなかった俺の肖像画がアイリス王女の部屋に飾られているこ

とは、信じられない。

 それでも、彼女の声が聞けただけで、少しだけ心が安らいだ。


 次の瞬間、アイリスの声が再び聞こえてきた。


「レン様と話せてよかった!」


 その声は、まるで少女のように興奮に満ちていた。


「リナはどんな会話をしたの?」


「アイリスちゃんの素敵さについて、レンに伝えたよ!」


 リナは得意げな口調で答えた。


「だから、ディナーには、約束のオーク肉のゲロゼリー和えをよろしくね!」


「わ、わかりました。覚悟を決めて、料理長に依頼しておきます」


 ……。


 聞こえているのだが……。


 リナはゲロゼリーが大好物になったようだ。

 オーク肉のゲロゼリー和えを口で噛めるようになったのか。人間型も上達してきたらしい。


 その突飛な会話を聞いていると、思わず苦笑いがこみ上げてくる。リナとアイリスの組み合わせは、いつ見ても予測不可能だ。


 そして、共鳴スキルは、そこで切れたようだった。


 ところで、こちらの状況は変わらない。

 何の打開にもなっていない。

 期待したのが間違っていたのかもしれない。


 それでも、リナとアイリスの声を聞けただけでも、俺の心は軽くなった。



 その時、坑道の中に奇妙な音が響き渡った。


「キュ、コ、キュ……」


 その音は虫の羽音のようにも聞こえた。


 俺は警戒しながら周囲を見回した。暗闇の中に、小さな光の粒が、次々と現れてきた。


 光の粒はよく見るとヒルに似た形をしている。

 ヒルの身体は、半透明で、まるでゼリーのようにプルプルと震えている。

 その身体には無数の目がついており、こちらをじっと見つめていた。


 ヒルの数は、徐々に増えていく。やがて、坑道全体が、ヒルの群れで埋め尽くされてきた。


「何だ、こいつらは……」


 俺は、ヒルの群れに囲まれ、息を呑んだ。ヒルの身体は、俺の身体に触れ、かすかに痺れを感じた。


 その時、脳内にミミズの声が静かに響いた。


『よかった、よかったのです』


 ミミズの声は、いつもと変わらず冷静だった。しかし、その口調には、どこか嬉しさが込められているように感じられた。


『この蛭たちは、ロンバの一部です』


 ロンバの一部?


「ロンバは、無数の虫たちで構成されて魔王城を包み込んでいるとミミズは言っていたな……」


 ヒルの群れを見つめながら、ロンバが魔王城の瘴気をことごとく綺麗に除去していたことを思い出す。


「この瘴気は何とかなりそうか?」


『もちろんです。ロンバはあらゆるものを浄化するのです』


 ヒルの群れ……ロンバは、俺の身体を優しく包み込み始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ