第64話 聖都の汚染
転送の光が消え去り、俺はどさりと硬い石畳の上に倒れ伏した。
激痛が全身を駆け巡り、意識が遠のきかける。
「ぐっ……!」
鈍い痛みに悶えながら、ゆっくりと瞼を開けると、目に飛び込んできたのは、壮麗な神殿の内部だった。
天井まで届く高さの巨大な柱は、磨き上げられた黄金で覆われ、荘厳な光を放っている。
壁には、聖なる象徴が彫刻され、その色彩は生きているかのように鮮やかだ。
神殿の中央には、巨大な祭壇があり、そこには、高価な宝石で飾られた聖杯が置かれている。
そして、神殿の奥には、輝く黄金の塔がそびえ立っていた。
その塔の頂上には、太陽の光を反射する巨大な鏡が設置され、神殿全体を明るく照らし出している。
神殿の中は、厳粛な雰囲気に包まれていた。信者たちは、壁に並べられた聖像の前で、ひざまずいて祈りを捧げている。
彼らの顔には、深い信仰心が刻まれ、どこか安らぎに満ちた表情を浮かべていた。
聖歌隊が、優雅な歌声を響かせ、神殿全体を包み込む。その歌声は、まるで天国に響き渡るかのような美しさを感じさせた。
しかし、その平和な光景は、すぐに崩れ去った。
俺の身体は、激しい衝撃で、無残に切り裂かれていた。
胸からは、鮮血が噴き出し、石畳を赤く染め上げている。
両腕は、肩から完全に切り離され、無造作に地面に転がっていた。
腹部には、深い裂傷が走り、内臓の一部が露出している。
「うっ……!」
痛みで意識が遠のきかける中、俺は必死に身体を起こそうとした。
しかし、身体が言うことを聞かない。
まるで、重い鎖に縛り付けられたかのように、動くことができない。
その時、脳内にミミズの声が響き渡った。
『宿主、ルリアは魔力を節約したのでしょう。転送範囲が狭いほど魔力が少なくて済むのです』
「魔力の節約……」
『そうです。宿主は聖ネクロ神聖皇国の神殿に転送されました。しかし身体の状態は最悪です。修復します』
すぐに、ミミズの触手が傷口を覆い、再生が始まった。
骨が繋がり、筋肉が修復され、皮膚が縫合されていく。
痛みは徐々に和らいでいったが、それでも、身体全体が焼け付くように熱い。
そのうえ、新たな危機が迫ってきた。
俺の体から、紫色の瘴気が奔流のように溢れ出し始めたのだ。
瘴気は、神殿全体を覆い尽くし、周囲の空気を濁していく。
信者たちは、瘴気に触れた瞬間、苦悶の表情を浮かべ、次々と倒れ伏した。
「うわあああ!」
「魔物だ! 魔物が現れた!」
「神よ、助けてください!」
瘴気に触れた人々は、次々と倒れ始めた。
苦悶の表情を浮かべ、痙攣しながら地面に転げ回る者、口から泡を吐きながら意識を失う者。
広場は、一瞬にして地獄絵図と化した。
「くっ……!」
俺は必死に瘴気の放出を抑え込んだ。
しかし、制御できない瘴気は、広場全体に広がり続け、ますます多くの人々を苦しめていく。
ラミナ鉱とカマキリ討伐で得たレベルアップによる増幅効果が、瘴気を制御不能にさせている。
「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ、鎮まれ!」
無駄だとわかっていても、何度か詠唱を繰り返す。
しかし、効果は一時的で、すぐに瘴気は再び広がり始めた。
神殿に俺の詠唱が響き渡り、聖歌隊の美しい旋律は、恐怖の叫び声にかき消されていく。
「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ、鎮まれ!」
「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ、鎮まれ!」
俺は何度も何度も詠唱を繰り返した。
だが、瘴気は、まるで意思を持っているかのように、俺の力を拒絶し、ますます勢いを増していく。
身体は限界に達し、意識が遠のきかける。
『宿主。これはまずい。このままでは、聖都全土が瘴気に汚染されてしまいます』
ミミズの声が焦りを帯びている。
『瘴気を空に向かって放出して逃がします。これにより、瘴気の放出を抑制できる可能性がありますが、宿主の身体への負担も大きくなります。覚悟はいいですか?』
「……やるしかないだろう」
俺は頷いた。
ミミズの力が奔流のように全身を駆け巡る。意識が薄れ、視界が歪む。
そして莫大な量の瘴気が天へ向かって伸び、周囲への瘴気の放出が、僅かに、ほんの僅かに弱まった。
「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ、鎮まれ!」
詠唱を繰り返すたびに、瘴気の勢いは少しずつ衰えていく。
しかし、同時に、俺の身体は激しく痙攣し、激痛が全身を襲う。
俺は、広場の外に、小さな橋があることに気づいた。
橋の下には、川が流れており、その川の奥には、下水道の坑道口が見える。
「あそこなら……」
俺は、最後の力を振り絞り、橋に向かって走り出した。倒れ伏す人々を避けながら、必死に前へ進む。瘴気の天空への投棄は、俺の身体を蝕み、呼吸を困難にしている。それでも、俺は走り続けた。
橋に辿り着くと、躊躇なく川に飛び込んだ。冷たい水が、俺の身体を包み込む。激しい流れに逆らいながら、俺は下水道の坑道口を目指した。
川の流れに身を任せながら、口に時々水が入りながらも俺は詠唱を続けた。
「鎮まれ! うっぷ。わが猛り狂う闇の瘴気よ、ゲホッ。鎮まれ!」
やがて、俺は下水道の坑道口に辿り着いた。暗く、じめじめとした坑道の中へ、俺は飛び込んだ。
下水道の悪臭が、鼻を突く。
壁には、無数の虫が蠢いている。
しかし、今は気にしている場合ではない。
俺は、坑道の中を奥へと進んでいった。足元はぬかるんでおり、滑りやすい。
暗闇の中、手探りで進むしかない。
坑道の中は、静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、どこか不気味さを漂わせていた。
俺は、警戒しながら、坑道の奥へと進んでいった。




