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第63話 魔王の宣告

 謁見ルームに張り詰めた静寂は、張り詰めた糸のように、一触即発の緊張感を漂わせていた。

 漆黒の玉座に鎮座する魔王の黒い瞳は、俺を射抜くように見つめていた。


<<レンよ。我を怖れよ>>


 魔王の声はまるで地鳴りのように轟き、謁見ルーム全体を震わせた。


<<あるいは、我が命に背く者の悲惨な末路を披露するか?>>


 魔王の言葉は有無を言わぬ絶対的な圧力だった。


 一瞬、威圧感にひるみそうになったが、身体から噴き出す瘴気が魔王の瘴気を押し退ける。

 俺は堂々と、毅然とした態度で魔王の瞳を見据えた。


「……」


 沈黙が謁見ルームを支配する。誰もが息を殺し、俺の返事を待っていた。


「俺は、人間の国を破壊しない」


 短い言葉だが、その中に俺の決意が込められている。

 魔王の恫喝下にあるが、自らの体内に瘴気が増すにつれ、以前ほど恐ろしさを感じなくなった。

 エメリア王国で生まれ育ち、リナやアイリスが奮闘する、かけがえのない故郷を守りたいという想いに、俺は正直に向き合えている。


 その時、静かにルリアが、一歩前に進み出た。長い銀髪をなびかせ、彼女は落ち着いた様子で魔王を見つめた。


「魔王様、お待ちください」


 ルリアの声は、いつもと変わらず滑らかで耳に心地よい。

 しかし、その奥底には冷たい意志が潜んでいるように感じられた。


 魔王は、わずかに眉をひそめ、ルリアを見つめ返した。

 その瞳には、困惑の色が浮かんでいるようだった。


<<何だ、ルリアよ。いつ我が裁定を中断して良いと言った>>


 そして、次の瞬間、ルリアは信じられない行動に出た。

 彼女は玉座に向かって、勢いよく土下座をした。

 黒曜石の床に擦り付けられる衝撃で、彼女の衣服が擦り切れる音が響く。


「お願いです、魔王様! 私に提案をさせていただけることをお許しください!」


 ルリアの必死な姿に俺はあきれる。まただ。前もこれを目撃した。

 そう何度も魔王はルリアの土下座芸を許すものだろうか。

 またもやルリアは土下座していた。


<<許す>>


 魔王は眉をひそめ、ルリアの言葉に耳を傾けた。

 ルリアの方を見るその瞳にはほんの少しの興味が宿っているようだった。


<<……ルリアよ。一体、何を望んでいるのだ?>>


 ルリアは顔を上げ、魔王の顔をじっと見つめた。


「ここでレンさんを屠るのは、無駄な犠牲と言えるでしょう」


 無駄な犠牲、その言葉に俺は一瞬混乱した。ルリアの真意が理解できない。

 ルリアは一体何を考えているのだろうか。

 俺が死ぬのは無駄な犠牲というような言葉だが、彼女が俺に同情していないことは断言できる。


「魔王様お好みの光景をごらんに入れたく存じます」


 ルリアは、そう言い放ち、魔王の目をじっと見つめた。


「人民を救う偽善に溺れているレンさんを、人民にとって猛毒の瘴気を放出する状態で、人民のただなかに置いた場合どうなるでしょうか」


 ますますルリアの言葉の意味が理解できず、混乱してしまう。

 彼女は一体、何を言っているのだろうか。

 しかし、彼女が俺を利用しようとしていることだけは、確信できる。


 ルリアは、落ち着いた口調で説明を始めた。


「聖ネクロ神聖皇国は、我が魔王城にとって、最大の脅威です。あの者どもは、ロンバの力を利用し、我らが魔王城の力を台無しにしようとしています」


 ルリアはそう言いながら俺を見つめ返した。


「いまここでレンさんに有用な犠牲となってもらいましょう」


 有用な犠牲。その瞳には冷酷な光が宿っていた。


「レンさんの瘴気で人民を虐殺し神聖皇国を弱体化してもらいます」


 俺は不快な思いでルリアを見た。

 彼女は俺をなんらかの生贄のような役目にしようとしているのだ。

 

『宿主! ルリアが転送魔法を準備しています。抵抗は難しいです』


「待ってくれ」

 俺は慌てて言った。


 ルリアは、冷たい笑みを浮かべながら言った。


「レンさんは、優しい人ですね」


 ルリアは、そう言いながら魔法陣を宙に描いた。

 魔法陣が光を放ち、俺の周囲に異様な空間を作り出す。


「その優しさを、魔王様と私に分けていただけないものかしら」


 ルリアは、そう言い放ち手をかざした。

 魔法陣が輝きを増し、俺の身体を包み込む。


 まぶしい光が、俺の視界を覆った。

 それは、まるで、地獄への入り口へと導くような強烈な光だった。


 抵抗しようとしたが、俺の身体は、魔法陣に完全に囚われてしまっていた。


「ちょっと待っ……」


 このままでは、俺は、神聖皇国へと転送されてしまう。

 そして、駄々洩れしている瘴気を街中に放つことで、無数の人々に苦しみを与える。それを二人は見たいらしい。


 光に包まれる中、俺は、魔王の姿を見ていた。

 魔王は、満足そうな笑みを浮かべながら、俺を見つめていた。


<<レンよ>>


 魔王は肘掛で支えた手で顎を撫でながら言った。


<<絶望して、死ね>>


 その瞬間、俺の身体は光に包まれ、魔王謁見ルームから消え去った。


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