第6話 バンパイアのルリア
意識が戻ると、どういうわけか、俺は柔らかいソファーの上に横たわっていた。
紫色の石畳とは違い、足元にはふかふかの絨毯が敷かれ、鼻をくすぐるのは甘い花の香り。
まどろみのなかで、青い蝶が飛びながら「知らない天井ね」とささやくように言っている気がした。
ここはどこだ?
ゆっくりと体を起こすと、目の前に広がった光景に息をのむ。
深紅のベルベットのカーテンが窓を覆い、黒曜石でできた漆黒の家具が並ぶ。
壁には前王朝時代の絵画が飾られており、天井からは煌びやかなシャンデリアが光を放っている。
壁際には本棚が立ち並び、古びた書物が積み上げられている。
「あら、起きたのね」
耳に心地よい甘い声が、静かに響いた。
声の主は、ソファーの傍に立っていた。
漆黒の髪は腰まで伸び、真紅の瞳は月の光を吸い込むように輝いている。
白い肌は絹のように滑らかで淡く光を放っていた。
バンパイアのルリアだ。ミミズから聞いていた。
彼女は魔王の側近として魔王国の政治や外交を任される宰相を務めている。
長年の経験と知恵を持ち、魔王を補佐しているとのことだった。
そしてルリアは魔王城でも屈指の美貌の持ち主としても知られている。
深紅のドレスは、彼女の曲線美を際立たせている。
だがどこか人工的な作り物めいた印象も受ける。
「どうしてここに?」
俺が尋ねると、ルリアは薄く微笑んだ。その微笑みは優雅さと同時にどこか冷酷さを秘めているように感じた。
「勇者の皆様は飽きれていたわ。あなたを切り刻んで解体しようとしたけど、なかなか切り刻めないみたいで」
「あいつら……」
ルリアは、真紅の瞳に退屈と好奇心が入り混じった光を宿らせて、俺の顔をじっと見つめた。
「魔王様は、あなたのことを面白いとおっしゃっていたわ」
ルリアはなめらかに歩み寄り、ベッドの端に腰掛けた。
「あなたのスキルは少々珍しいわね。念話スキル。いいえ、テイムね」
ルリアは、まるで獲物を狩る獣のように、じっと俺を見つめていた。その真紅の瞳は妖艶で残酷な光を湛えている。
「私もテイムしてみようかしら?」
ルリアは手を伸ばして俺の髪に触れた。
魔力の強度が感じられた。かなりの魔力が宿っている。
『宿主、警戒』
どう警戒すればいいのか分からなかったが、危険を察知した俺は本能的に身構えた。
ルリア側を向いている俺の半身にミミズの強化が集まり始めてきた。
『宿主…! 言葉を間違えれば、命がないよ』
そんな。
それは絶対にダメだ。
ミミズが、内部で蠢き始める。
ルリアに魔力がどんどん集まっているのがわかる。
「うふふ」
ルリアは、少し笑みを浮かべた。
「なんてね。魔王様が、お呼びよ」
そして指をパチンと鳴らすと一瞬で魔法陣が現れ、俺は眩い光に包まれた。
次の瞬間、俺は魔王のバルコニーに戻っていた。
紫色の石畳、落ちている死体と臓物、そして、掃除道具。
魔王は、玉座に座り、ふんと鼻を鳴らして俺を見下ろしていた。
<<我が城を汚すな。掃除せよ>>
低い声が喉の奥から背筋にかけてぞっとする感覚が流れ渡る。
魔王の言葉に、俺は何度も頷きを返して媚びることにした。
魔王に服従することで生き延びてきた。
ああ、そして、また、黙祷をささげるのか。
魔王の前には、先ほどの勇者パーティー、魔王討伐隊第2陣メンバー全員の死骸らしきものが転がっていた。
死骸らしき、というのはつまり、彼らは見事に粉々に砕け散っていた。
魔王は自らの座る玉座のわきに指をつつつっと這わせ、手のひらをこちらに向けた。
<<ここも汚いままだ>>
玉座をこすった指先に黒い埃がついている。
玉座も掃除しろ、という意味らしかった。