第46話 王都の汚染
扉が開かれた瞬間、目に飛び込んできたのは眩いばかりの荘厳さと、その奥底に潜む淀んだ空気だった。
壁に飾られた英雄たちの肖像画は、虚ろな笑みを浮かべているように見え、王宮の重厚な雰囲気を一層際立たせていた。
広大な王の間の中央には巨大な円卓が置かれ、その周りには王国の高官たちが座っていた。
高官たちは豪華な衣装をまとい、宝石が散りばめられた杯を傾けながら、レイオン要塞の陥落を嘲弄するように談笑していた。
その声は誰かの不幸を祝うかのような、けたたましい響きを放っていた
「あのレイオン要塞の愚か者め、魔王軍の侵攻をただ眺めるばかりで、手も足も出せずに陥落したと聞く」
「司令官アルベルトだったっけ。子供だましのような防衛戦だったらしいな」
「愚か者だけではない。賄賂に目がくらみ、敵に通じていたという噂もある。やつらの私腹のために、王国が危機に瀕しているんだからな」
「ハハハ、やつらもついに終わりか。腹が減っては遊びもできん。金の力には逆らえんな」
高官たちは互いに牽制し合い、レイオン要塞陥落の責任を誰かに押し付けようとしているのか、腹芸的な争いを繰り広げていた。
彼らは己の保身のためならいくらでも嘘をつき、他人を陥れることを厭わない。
「レイオンの領主にも責任はあるよな。側室を集めることだけに注力していたからな。享楽に溺れて」
「享楽で思い出した。第一王子は後宮に閉じこもってまた女官たちにやっかいなことを。補充も大変だ。金がかかる」
「王国の危機だ。さっきから言っておるのだが、もっと増税しても愚民どもが餓死することはない。王国の秩序のために搾り取れ」
彼らの言葉は王国を蝕む毒のように王宮の空気を汚染していた。
高官たちにとって国民は貢ぐ存在であり、侍女や執事、あるいは清掃員は使い捨ての存在でしかない。
第二王子レオナルドは刺すような視線を高官たちに向け、玉座から不機嫌そうに口を開いた。
「黙れ、諸君。くだらない噂話ばかりしているな。負け犬が入ってきたぞ」
「誰かと思ったら、偽勇者レン殿か。魔王城から逃亡してきたとのこと。何と情けない。勇者は死んでなんぼだろ」
「魔王国から逃げ帰ってきた臆病者。王国に何の役にも立たない存在だな」
「魔王軍の侵攻を許し、レイオン要塞を失陥させた馬鹿と同じ穴のムジナだろう」
高官たちはレオナルドの言葉に同調し、俺を嘲笑った。
レオナルドは彼らの思考に同調するように冷酷な笑みを浮かべた。
「さて、アルベルト司令官はどこだ? レイオン要塞の陥落について、その無能さを聞かせてもらおう」
その言葉に、高官たちの視線が一斉に一人の人物へ注がれた。
薄汚れた軍服を身にまとい、やつれた表情で、アルベルトが前に進み出た。
秘密施設で会って以来だ。
アルベルトには、以前の偉ぶった面影はなかった。
目は虚ろに光を失い、疲労の色が濃く、抜け殻のような空虚感を漂わせていた。
「申し訳ございません、レオナルド閣下。レイオン要塞の迎撃は十分に行えませんでした」
「何? 意味がわからない。まさか、お前が敵に通じていたのではないか?」
「そんなことは決してございません!」
「無能な司令官が、私腹を肥やしていたのだな。みんな言っておるぞ」
「責任を取れ、アルベルト!」
高官たちは一斉に叫んだ。
「処刑だ!」
高官たちはアルベルトを処刑するように騒ぎ立てた。
レオナルドは不敵な笑みを浮かべ、すぐさま騎士たちに処刑を命じた。
「ま、待ってくれ」
騎士たちがアルベルトに近づいた時、俺は思わず口を開いた。しかし、脳内にミミズの声が響き渡った。
『いま瘴気を出したら第三王女まで巻き添えになりかねないです。いいのですか』
瘴気の制御に誤ると盗賊の時みたいに腐ってしまう。
俺は歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。
騎士たちの剣が振り下ろされ、アルベルトの首は宙に舞った。
血が床に飛び散り、あたりを赤く染め上げた。
「フフッ。良い余興だ」
レオナルドは吹き出し笑いをしながら言った。
その時、静かに口を開いたのは、第三王女アイリスだった。彼女の声は静かな悲しみと、隠しきれない怒りをたたえていた。
「レオナルド、どういうことでしょうか? こんなこと……間違っています」
レオナルドは見透かすような視線をアイリスに向け、嘲笑した。
「アイリスの部屋は勇者レンの肖像画やコレクションだらけだったな。ついに実物を連れてきたか」
「レン様は、魔王討伐のために戦ってきた英雄です!」
「ハハハ、英雄? 逃げ回る臆病者ではないか。お前にとって、レンは何の趣味の玩具なんだ?」
「レオナルド、その言葉、取り消しなさい」
アイリスは怒りに震えながら、レオナルドを非難した。
レオナルドは、アイリスの言葉を無視し、不敵な笑みを浮かべた。顎で侍従たちに死体を片付けろと促したようだ。
侍女たちは震えながらアルベルトの首を運び、血で染まった床を拭き始めた。
蒼ざめた使用人たちが掃除するその光景は地獄絵図に描かれた責め苦のようだった。
その時、ミミズが焦燥感を込めて念話で囁いた。
『ルリアの眷属どもが一斉に王都の東門へ向かっています! ……ついにお待ちかねの時間なのです』