第43話 城内への潜入
砂塵を巻き上げながら、馬車はついに王都の入口にたどり着いた。
巨大な石造りの門は、ルドリア領の門よりも高く、その威容は圧倒的だ。
まだ、魔王軍は侵攻していないようだった。ルリアは相変わらず念話をブロックしているとミミズは言う。
馬車が門に近づくと、屈強な鎧を身につけた門番が、こちらに視線を送ってきた。
彼は俺の顔をじっと見つめ、そして、馬車に刻まれた紋章に気づいた。
「ほう、諜報部の紋章か。珍しいな」
門番は、少し驚いた様子で声をかけた。
「魔王軍の侵攻に備え、警戒を強めている最中だ。何かあれば、すぐに知らせてくれ」
彼は厳しい表情でそう言い、アニーの馬車を通過させた。
門をくぐり、王都の街並みに入ると、目に飛び込んできたのは、活気のない光景だった。
大都市であるはずの王都は、以前からは考えにくいほど静まり返っていた。
人々は慌てた様子で家路を急ぎ、店々はほとんどが閉ざされている。
窓には板が打ち付けられ、まるで要塞のように厳重に守られている。
街の中心部に向かうにつれて、その不穏な雰囲気は増していった。
王都の高台には、陽光を浴びて白く輝く王城がそびえ立ち、その尖塔は天に刺さるように伸びている。
城壁には精緻な彫刻が施され、英雄たちの物語や王国の繁栄を静かに語りかけているようだった。
リナは客室で髪の毛を延ばしたり縮めたり最後の仕上げをしているようだった。
青みがかったチュニックには金色の刺繍が施され、王国直属の地位を示す紋章が輝いている。
襟元には繊細なレースが飾られ、その上品な姿はアニーそのものだった。
「どう? 完璧でしょ? 前世は女優だったのかも!」
リナは得意げにポーズを決めた。その調子の良さは昔王都の酒場で見た舞台俳優のようだった。
片手を顎に当て、微笑み、アニーの優雅さを再現している。
「……ああ、完璧だ」
俺はリナの望む返答をしつつも、内心で苦笑いを浮かべていた。
あまりにもアニーに似ているため、油断すると本当に混乱してしまう。
「じゃあ、リナも顔パスするよ」
一瞬何のことかと思ったが、俺がラミナス迷宮群に許可証なしで入るときにリナは顔パスとかそんなようなことを言っていたことを思い出した。
リナは顔だけで入場する状況に憧れがあったらしい。
馬車が王城の門前に到着すると、厳重な警備を敷いた兵士たちがこちらを警戒していた。
磨き上げられた鎧を身につけ、長槍を構えた兵士たちは凛々しい姿でこちらを見据えている。
リナはアニーの姿で門の前で優雅に立ち止まり、兵士たちに微笑みかけた。
その瞬間、兵士たちの表情が明らかに変わった。
警戒の色が消え、安堵の表情に変わっていく。
「アニー様、お帰りなさい!」
先頭の兵士が敬意を込めてリナに声をかけた。
リナはアニーになりきり、少しだけ緊張した面持ちで優雅に頭を下げて答えた。
「ただいま」
その声色も完璧にアニーを模倣していた。
御者をしている俺は馬車の一部とみなされたようだった。
兵士たちはリナの姿を確認すると、門を開け、俺たちの馬車を王城の中へと招き入れた。
「アニー様、お疲れ様でした」
「しばらくお休みになってください」
兵士たちはリナに丁寧な言葉遣いで話しかけ、まるで長年の知り合いのように接している。
リナは、その対応に満足げに微笑んだ。
「ふふ、どう? リナも顔パスできた」
リナは楽しそうに念話で俺に囁いた。
「……ああ、通れるとは思わなかった」
俺は呆れながらも、リナの演技力に感心した。
そして、意外にも思えた。
アニーは諜報員という身分だったはずだ。王城に顔だけで入れるとは思えなかった。
とりあえず城内を見ておくか。
馬車は王城の奥深くへと進んでいく。華やかな庭園や壮麗な建物が次々と視界に飛び込んでくる。
噴水が陽光を浴びて虹を作り、庭師が丁寧に手入れした花壇が色鮮やかに咲き誇っている。
「おー! まるで宮殿みたい!」
リナは窓の外を眺めながら興奮気味に叫んだ。
「……まあ、宮殿だからね」
王城の内部、王宮の前には巨大な広場が広がっていた。
広場を取り囲むように白い大理石で造られた柱が立ち並び、その上には精巧な彫刻が施されている。
広場の奥には、王宮へと続く階段が見え、そこには金色の装飾が施された巨大な扉がそびえ立っていた。
「うわー、あんなお城、初めて見た! 絶対、お宝がいっぱいあるはず!」
リナは目を輝かせながら王宮の扉を見つめた。
「お城に入って、宝箱を開けよう!」
リナの言葉に、俺はため息をついた。
「リナ、それはやめよう。宝物庫とか厳重に見張られているし、また騎士たちと戦うのは」
「えー、なんで? アニーの姿をしてるんだから、大丈夫だよ! それに、宝箱の中には、きっとレアアイテムとか、魔法の薬とか、色々あるはずだよ?」
リナは駄々をこね始めた。
話の通じない相手には、明確に否定したり拒絶したりする気にもなれない。リナの熱意が冷めてくれることを祈るばかりだ。
馬車は王宮の前で停車した。リナは優雅に馬車から降り立ち、王宮の扉へと向かった。
「アニー様、お入りになられますか?」
扉の前で待機していた兵士が、リナに声をかけた。
王宮も?
アニーは王宮まで入れたのか。
意外すぎる。アニーは諜報員だったはずだ。まさか、王宮の人間と親交があるとは……。
「もちろんだよー!」と念話で言った後、
「ええ、うかがいますわ」
リナは、アニーになりきり、女優のように微笑みを湛えた声で答えた。
兵士は扉を開け、リナを王宮の中へと招き入れた。
「どうぞ」
リナが王宮に入る際、周囲の兵士たちが彼女に視線を送り、ささやく声が聞こえた。親交があるどころではない気がする。
俺もリナの後を追って、王宮の中へと足を踏み入れた。
王宮の内部は、想像以上に豪華だった。
壁は金箔で覆われ、天井には巨大なシャンデリアが輝いている。
床には、色鮮やかな絨毯が敷かれ、その上には、精巧な模様が描かれている。
「わー、すごい! まるでリアルみたい!」
リナは興奮気味に叫んだ。
「……そうかな。逆に、そこは夢みたいと言うところじゃないかな」
王宮の中は迷路のように複雑だった。長い廊下や、いくつもの部屋が連なり、どこへ行けばいいのか、全く分からない。
リナはアニーになりきり、俺はその後を追いながら、王宮の中を歩き回った。
「アニー様、お久しぶりにお会いにいらっしゃったのですね?」
廊下で出会った侍女が、リナに声をかけた。
誰かに会うなんて、もちろん初耳だ。何のことかわからない。
そうか、アニーは王宮の使用人と近い関係者だったのだろう。
「あ、ええ、まあ。おほほ」
口ごもりつつリナは優雅に答えた。
侍女はリナに深々と頭を下げた。
「かしこまりました。第三王女アイリス様のもとへご案内いたします」




