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第42話 人間型の予備

 蝶の羽が舞っていたはずの場所にいたのはアニーだった。

 紫煙が立ち込める馬車の中で、俺は呆然とリナ……いや、アニーの姿を見つめていた。


「……アニーが、おかわりを用意していたらしいの」


「おかわり?」


「うん。アニーは人間型をとっかえひっかえしていたみたいね」


「たしかアニーの腕は風船みたいになって壊れていたな。予備は用意しているんだな」


「それより! 人間型の扱いがすごくうまくなったでしょ?」


 リナは得意げに胸を張った。


「ほめて!」


 その胸を張る姿、というより大きさはアニーにそっくりだ。


「……やったな」


 俺はその言葉を返すのも億劫だが、いさかいを起こす気もない。


「ねえ、レン。思いついたことがある」


 リナはいたずらっぽい笑みを浮かべ、俺に近づいてきた。


「盗賊たち、固まってるじゃない? このチャンスに、アジトに忍び込んで、お宝を奪っちゃおうよ」


「……」


「だれもが憧れる展開を思い出したよ! 盗賊のアジトには、きっとレアアイテムとか、魔法の薬とか、色々あるはずだよ?」


 転生前を思い出したらしいリナの言葉に、俺はため息をついた。


「そんな暇はない」


 俺は静かに答えた。


「王都に着くのが優先だ」


 道を塞ぐ丸太は、ただの丸太ではなかった。鋭い鉄の棘が張り出し、近づく者を拒絶するように威嚇している。

 手際よく設置されたその様子から、普段からやり慣れていることが窺える。


「……どかすのは簡単じゃないな」


 俺は小さくつぶやいた。リナはそんな俺に構わず、馬車の窓から状況を眺めている。


「じゃあ盗賊のアジトに行くしかないよね?」


「行かないな」


 俺は覚悟を決めている。

 このまま引き返すわけにはいかない。

 王都に急ぐ必要がある。

 丸太も瘴気でどうにかできないだろうか。

 

『宿主なら瘴気を練り上げれば障害物を一掃できますよ』


 ミミズは確信を持っている声で言った。

 よし、わかった。


「瘴気を練り上げる」


 俺は心の中でつぶやいた。体内の魔力が蠢き、瘴気がゆっくりと、だが確実に身体の外へと滲み出ていく。

 瘴気は周囲の空気を震わせ、重苦しい圧力を生み出している。


 瘴気は徐々に濃度を増し、紫色の霧となって、道を塞ぐ丸太と鉄棘を包み込んだ。

 そして、その瞬間、異様な光景が目の前に広がる。


 丸太の表面が黒ずみ、虫食いにあったように繊維が崩壊していく。

 木材はもろくなり、ひび割れ、そして音を立てて崩れ落ちた。

 鉄棘は錆びつき、その鋭利な輝きを失い、まるで古ぼけた鉄くずのように転がり落ちていく。

 

 瘴気はあらゆる有機物を分解し、無へと還していく力を持っている。


 盗賊たちも例外ではない。彼らの身体は、瘴気に触れた部分から徐々に腐敗し始め、皮膚はただれ、肉は溶け落ちていく。

 苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げようとするが、瘴気の圧力によって声も出せない。


「ああ……」

「た……助けてくれ……」


 彼らの呻きは瘴気に吸い込まれ、虚しく響き渡る。


 リナは、どこか他人事のように、その光景を眺めていた。


「みんな腐っちゃった。ホラーだね」


 腐敗していく盗賊たちの姿を見るリナの表情には好奇心とほんの少しの当惑が入り混じっているようだった。


「いや、……そんなつもりはなかったんだ」


 俺は顔をしかめた。


 かつて魔王討伐メンバーだったときなら、単純に正義に満ち溢れた良いことをしたと思っていただろう。

 当時なら快感を感じていたかもしれない。


 だが、あらゆるものを腐敗させる魔王のような瘴気を纏うのは何か違う気がする。

 盗賊たちは腐っていく。もはや人間としての形を保っていない。

 醜悪な紫色の残骸と、鼻をつく腐敗臭。溶けかけた肉塊と臓物、錆び付いた武器が、むなしく転がっているだけだ。


「……黙祷するか」


 小さくつぶやいた言葉は、風にかき消された。


「瘴気の扱いには注意しないと……」


 俺は心の中で繰り返した。


『ほれぼれします。魔王様に近づいてきました。宿主を誇りに思います』


 そうミミズは言う。この力は強力だが、同時に、制御を誤れば甚大な被害をもたらす危険性を孕んでいる。


 レイオン要塞の陥落、ルリアの策略、そして、制御不能に陥る可能性のある瘴気。

 王国を救う道は、険しく、茨に覆れている。


 丸太は完全に朽ち果て、道は開通した。

 俺は馬車に乗り込み手綱を握った。


「ねえ、レン」


 リナは、アニーのような見た目の少し物憂げな表情で、俺に話しかけた。


「瘴気出っ放しだよ。決めゼリフ忘れてない?」


 瘴気を制御するためには、あの恥ずかしい詠唱が必要だった。


「大丈夫だ」


 俺は覚悟を決めて詠唱した。


「鎮まれ! わが猛り狂う闇の瘴気よ! 鎮まれ!」


 これから、瘴気を抑え込みつづけ、王国を救うために、俺はこの詠唱を何度繰り返すのだろうか。


 なるべく少ない方がいいなと思う。


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