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第41話 瘴気の制御

 馬車は荒野の道を疾走し、埃を巻き上げながら王都を目指していた。リナは客室の揺れに身を任せ、羽根を震わせながらどこか退屈そうに窓の外を眺めている。


 俺は馬車を操りながらも、心の奥底で渦巻く不安を抑え込んでいた。レイオン要塞の陥落、そして、ルリアの狡猾な策略。王国は今、最大の危機に瀕している。


 馬車の進行方向が丸太で塞がれていた。災害か、それとも、意図的なものだろうか。

 俺は馬車を止め、警戒しながら周囲を見渡した。

 荒涼とした平原には、風が唸る音しか聞こえない。

 しかしその静寂を破るように、背後から複数の気配が迫ってくるのが感じられた。


「やったー! ついに来た!」

 リナがなにやら騒いでいる。


 次の瞬間、矢が放たれた。


 鋭い痛みが肩を掠める。だが、痛みは一瞬で消え去った。

 ミミズの力による修復が、瞬時に傷口を塞ぎ、再生させたのだ。


 視界の端に、人影が現れた。

 粗末な服を身につけ、武器を手にしている。


 十数人のむさ苦しい男たちが、道を塞いでいる丸太を背にしてこちらを睨みつけている。

 彼らは一様に狩猟時のような鋭い眼光を放っていた。


「止まれ! 金と荷物を渡せ!」


 彼らの一人が声高に叫んだ。その声は風に乗って、俺の鼓膜を揺さぶる。

 他の者たちも武器を構え、こちらに襲いかかろうとしている。


「良かった」


 俺はほっとした。

 彼らはこちらを怖れていない。

 迷宮を出た時は、身体から洩れる瘴気で誰も俺に近寄れなかったのだが、今は完全に収まっているようだ。


 そして、逆にいつでも瘴気を強めることもできる。

 瘴気を制御する力を手に入れた実感をおぼえた。


「中に女がいるな。出せ!」


 野太い声で一人が叫んだ。

 客室に連中の視線が集中している。


 女?

 客室中には蝶のリナがいるはずだが、女?

 女なんてどこにもいないはずだ。


 俺は馬車の客室の方を見ようとゆっくり立ち上がり、御者席から降りた。


「出せと言ってるんだ!」

「さっさと出せ、この野郎!」


 粗暴な言葉を吐きながら、男が錆び付いた剣を俺に突き刺してきた。

 刃が皮膚をかすめる感触。しかし痛みは一瞬で消え去った。

 ミミズの力による修復が、再び瞬時に傷口を塞ぎ、再生させる。


「男の方を殺せ。女は売り物だ、傷は少なめにな」


 連中のリーダーらしき男が、冷酷な指示を部下たちに下している。

 何度も剣や槍を突き刺してきて、俺の身体に穴が開くが何ともない。

 いや、何ともないということはないな。耳障りなノイズのように、俺の意識をざわつかせた。


『宿主、瘴気制御の練習をしてみましょう』


 そうだ。試したかったことがあった。


「瘴気を強めるのはこうかな」


 俺は小さく頷き、ゆっくりと手を開いて彼らへ向けた。

 瘴気をわずかに強める。


 その瞬間、彼らの顔色が変わった。血の気が引き、瞳孔が開き、呼吸が荒くなった。


「な……なんだ、この靄は……」

「体……体が動かない……」

「うわあああ……」


 瘴気がその周囲の空気をねじ曲げるように重苦しい圧力を生み出している。

 瘴気に触れた瞬間、彼らの腰は既に抜け、膝が震え、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。


「……うん、大丈夫だ。強められる」


 瘴気の制御。その奔流を掴んで己の意のままに操るのには、一種の大変さもあった。

 それは、微細な振動を捉え、大波を導くような繊細さと、確かな精神力が必要とされる作業だ。


 紫煙が渦巻く馬車の周囲は、風の唸りと盗賊たちの呻き声が混ざり合い、不穏な静寂に包まれていた。

 彼らは動くことも言葉を発することもできず、ただ焦点の定まらない虚ろな瞳で俺を見つめているだけだ。


 賊たちが崩れ落ちる中、ゆっくりと馬車の扉を開け、俺は客室に視線を向けた。


 蝶の羽を広げたリナの姿はそこにはなく、代わりに、見慣れない三つ編み金髪の少女が、困惑した表情でこちらを見つめ返していた。


 ウールの女性用チュニックに、分厚い革のブーツと手袋。そして、つり上がった瞳と、どこかぎこちない笑顔。

 秘密施設から古代遺跡まで御者をしていたアニーとそっくりな見た目をしている。


「リナ、なのか?」


 俺は疑念を滲ませながら、ゆっくりと問いかけた。


 少女は少し驚いたように目を見開いた。そして彼女は小さく口角を上げて明るい声で答えた。


「アニーだよ!」


 リナの声だった。


「ね? ちょっと、アニーみたいでしょ? でも、リナだよ」」


 リナは口を大きく開けた。

 蝶のストロー上の口吻がちらりと見えた。喉で足がすべってなかなか出てこれないようだ。


「それはもういい。口から虫が出てくるのはもう勘弁して欲しい」


 俺は頭を抱えたくなるのだった。


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