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第40話 アニーの伝言

 アニーは巨大な蜜蜂の姿をしていた。

 幾重にも重なる透明な翅の繊細さ、そして黄金色の模様が織りなす複雑な紋様は、精緻な装飾品を身に着けているようだった。

 毛におおわれた甲殻の上には、鮮やかな黄色と黒の縞模様が力強く描かれていた。


『腹部から伸びる針はただの毒針ではないです。魔力を帯びた武器であり、触れた者を瞬時に麻痺させ、死に至らしめる力を持っています』


 ミミズの解説は、警戒しろという意味だろうか。


 その姿は、美しく、そして、恐ろしい。そしてハチミツの香りがする。


 恐ろしさに関して、リナは別の意見のようだった。


「アニーはミツバチなんだ。ふわふわしてて、かわいい!」


 ルリアにしても、リナにしても、魔王城の虫たちは、どうして、人間を装うのが好きなのだろうか。


「レン様たちも魔王城の虫だったんですね」


 アニー、いや、蜜蜂のアニーは、俺の顔をじっと見つめ、そう言った。

 その瞳には、興味と、探るような光が宿っている。


「そうならもっと早く言ってくださればよかったのに。私は王国軍に入り込み、情報をルリア様へ伝える任務でした。そろそろ情報戦は決着がつき、王国に加担しなくてもよいとルリア様からお達しが出ました」


 アニーの正体が魔王城の虫であることは驚くほどのことではない。

 むしろ、こうして正体を明かしてくれたことの方が、意外だった。

 

 アニーは後ずさりながら口の中に戻っていった。

 白眼を向いていた目は元の優し気な目に戻った。


「ごめんなさいね。ルリア様の命令で……」


「命令……。行動の観察、監視……なのかな」


 俺はルリアの企みを想像しながら自嘲の笑みを浮かべた。


「いいえ、ルリア様からの命令は」


 アニーは口元を引き締め、俺を見据えた。その瞳には、強い決意が宿っている。


「レン様に、虫下しを飲ませておきなさい、ということでした」


 ゲロゼリーの件だ。

 

『ルリアはいつもそういう嫌がらせをしてくるのです。許せないのです』


 ミミズが苦虫をかみつぶしたような声で言った。


「ゲロゼリーはもう食べたくない」


「おかげさまで、ミッション成功させていただきました。ルリア様から叱責を受けずに済みました。感謝しております」


 アニーはお辞儀をした。


 話はこれでおしまいのように。


 いや、肝心の話が抜けている。

 

 王国の襲撃はどうなったのだろう。

 ミミズに聞いても最近ルリアは念話に応えないからわからないと言う。


「ルリアは? 王国軍はどういう状況なんだ?」


 そういう質問をされるとアニーは予想していなかったようだ。


「ええと、そのことでしたら」


 アニーは軽く当然のように答えた。


「エメリア王国への侵略は、問題なく、着々と進んでいます」


 わざわざ言うまでもないことだが、儀礼上必要な報告のように、アニーは告げた。


「レイオン要塞は昨夜陥落しました」


「え、……もう、レイオン要塞が陥落したのか」


 俺は息を呑んだ。レイオン要塞はエメリア王国の重要な拠点の一つであり、王国軍は大規模な兵力をまとめて守りを固めていたはずだ。

 それが陥落したということは、王国の防衛線が大きく崩れたことを意味する。


 王国軍にはレイオン要塞がルリアの最初の攻略対象であることを伝えたのだが、聞き届けられなかったのだろうか。

 それともルリアの眷属は想像以上に強力だったのだろうか。

 

 レイオン要塞が落ちたら、つぎは王都侵攻の流れだ。

 王都に戻る必要がある。

 ラミナスドラゴンを倒してから内なる力を感じられるようになった。

 何かできることがあるはずだ。


「馬車で王都へ向かえないか」


「馬車……ですか」


 アニーは、少し戸惑った様子で答えた。


「レイオン要塞が陥落したのなら、王都に戻らなければ。魔王軍の侵攻を阻止したい」


 その言葉に、彼女の表情は一瞬、憂いを帯びた。しかしすぐに微笑みを作り直し、少し寂しそうな声で言った。


「そうでしたか。ごめんなさいね。ルリア様からの次のミッションで、私はこの地を離れることはできません。でも、レン様の旅の無事を心から願っています」


「なら、すまないが、馬車を貸してくれないか」


「馬車の貸し出し……」


 アニーは斜め上を見上げて考え事をするような動作をした。


「禁止事項にはありません。承知しました。できます。馬車をお貸しすることはできます。ルリア様から命じられているのはここに私がとどまることですので。馬車の中の予備も、お好きなように使ってください。少しでもお役に立てれば」


 アニーは小さく微笑んで何度も頷いた。

 ルリアの命令には従っているが、心境はルリアと完全に一致しているわけではないらしい。

 こちらを応援している様子が伝わってきた。


 俺は馬車の御者台に華麗に飛び乗った。


『宿主がなんかやる気になってきたのです』


「いちおう勇者だからね」


 俺は勇者であり、魔王を倒さなければ、王国は滅ぶ。


 魔王の配下扱いをされていても、そこだけはゆずらないつもりだ。


「レン様」


 アニーは何かを言いかけるように口を開いて躊躇する様子を見せた。

 そして彼女は深々と頭を下げ、静かに言った。


「ルリア様からの伝言がございます。必ず伝えるようにと言われています」


 彼女の瞳には何かをこらえるような態度が感じられた。


「王国の偵察、そして攪乱工作、ご苦労様でした、とのことです」


「……」


 重苦しい沈黙があたりを包み込んだ。

 王国を手助けするつもりだった。だが、ルリアの計画通りにことが進んでしまっている。

 アニーは俯いたまま小さく言った。


「ルリア様の命令に逆らえず、ごめんなさい。でも、応援しています」


 馬は俺の動きに驚き耳を反らせ、焦燥の色を帯びた嘶き声を上げた。


「アイリス様に会ったらよろしくお伝えください」


 アニーの言葉を聞いて、アイリス王女に会うことなんてあるのだろうかと疑問に思ったが、


「ああ。では、また」


 俺は手綱を握り締め、馬に合図を送った。

 

「駆けろ!」


 命令に応え、馬は荒野の道を力強く走り出した。

 風を切る音が耳を劈くように響き渡る。

 

 王都へ。

 エメリア王国を守るために。

 鞭を握りしめ、俺は馬を激しく駆り立てる。馬車はさらに加速していった。


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