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第35話 迷宮の深層

 洞窟の底に叩きつけられた衝撃は四肢を強烈に捻じり上げた。

 意識が遠のきそうになるのを必死に堪える。


 ラミナ鉱が散らばる空洞に横たわり俺は呻き声を漏らした。

 視界は歪み、痛みで思考が麻痺していく。


『宿主、まずは手から作り直しましょう。ラミナ鉱を拾うために』


 ミミズの声が、痛みに喘ぐ俺の耳に届いた。


 青白く輝くラミナ鉱は、確かに、そこにある。


 しかし、その輝きを遥かに凌駕する圧倒的な存在感が、俺の全身を圧迫していた。

 

 ラミナ鉱なんて言っている場合じゃない。


 巨大な蛇型の魔物が鎮座している。


「あれは……」


 その体は、数千もの宝石を散りばめたかのように眩いばかりの輝きを放ち、見る角度によって色を変える鱗は光を反射して洞窟を照らし出す。

 頭部には巨大な王冠のような骨質の突起がそびえ立ち、そこから滴る琥珀色の液体が、床をじりじりと焦がしていく。口には暗い空洞が広がり、そこから覗く巨大な牙は、今にも俺の命を断ち切ろうとしているかのようだった。その目は、冷たい知性と底知れぬ怒りを湛え、俺を穿つように見つめていた。


「ラミナス・ドラゴン……」


 掠れた声が、俺の喉の奥から絞り出された。うわさに聞くラミナス迷宮群の深淵を守護する存在。その姿は想像を遥かに超えていた。


 その存在感は、今まで出会ったどの魔物よりも圧倒的だった。

 魔物はゆっくりと体を起こし、巨大な頭をこちらに向けた。その瞳には、底知れぬ憎悪が宿っている。


『宿主。ラミナ鉱の確保を優先しましょう』


 ミミズの声が頭の中に響く。


『修復します』


 ミミズの言葉に俺は祈った。ミミズの力なら、どうにかできるかもしれない。

 次の瞬間、ミミズの黒い触手が俺の欠損した腕からニョキニョキと生えてきて、絡みつき、うねり始めた。触手は、まるで生き物のように脈打ち、再生を促す魔力を放っている。

 触手の先から、新たな肉と骨が形成されていく。それは痛みを伴うが、同時に、生命力が満ち溢れていく感覚もあった。


 まもなく完全に修復された腕が、俺の前に現れた。


「ありがとう、ミミズ」


『さあ、ラミナ鉱を。さらなる修復のためには燃料が必要です。そして、それを吸収すれば宿主の魔力を増幅させて強くなれます』


「ラミナ鉱をどうする?」

 俺はラミナ鉱に手を伸ばした。


「ラミナ鉱を……食べるのです」


「え?」


「グオオオオ!」


 ラミナス・ドラゴンは地響きのような低い唸り声と共に襲い掛かってきた。


 次の瞬間、強烈な痛みが俺の体を襲った。


 轟音と共に、ラミナス・ドラゴンの強靭なしっぽが俺の腹部を直撃した。


 鈍い衝撃とともに、内臓が軋むような激痛が全身を走り、俺は宙に舞い上がる。

 激しい勢いで洞窟の壁に叩きつけられ、息が詰まる。

 視界が歪み、意識が遠のいていく。


『よかった。大丈夫です。複雑骨折、内臓破裂、身体欠損半分くらいです。死にません』


 ミミズの冷静な声が、暗闇の中で響く。


「……死にません、って」


 俺はつぶやいた。


『宿主、食べてください。すぐに修復するのです』


 俺はその声に縋るようにラミナ鉱を口に含んだ。

 ミミズはラミナ鉱を吸収し、俺の意識が途切れる前に修復を開始した。みるみるうちに俺の骨が再生し、筋肉が回復していく。

 触手が再び動き出し、俺の飛び出た臓物を身体に引き込み修復していく。


 痛みが引いてくると俺は立ち上がり、身構えた。


「よし、次は避けるぞ」


 震える手で銅剣を握りしめ、俺はラミナス・ドラゴンを睨みつけた。

 巨大な魔物は、再び地を揺るがすように襲いかかってくる。その動きは素早い。

 俺は、ギリギリのタイミングで身をかわし、竜の攻撃をかろうじて避けた。


 避けたタイミングで、渾身の力を込めて銅剣を振り下ろした。剣は魔物の鱗に当たり、火花を散らしながら僅かに傷つける程度だった。

 それでも、鱗が1枚剥がれ落ちたのを確認した。


「一振りで鱗ひとつか。だが、最低ラインは、見えてきた」


 1万枚の鱗でも、この調子で1枚づつ地道に削って行けるはずだ。

 それが無理でも、敵がこちらに集中し、それを避けていれば、リナのあのチート魔法をお見舞いできる。


「リナ! 俺がこいつの注意を引き付ける! 準備はいいか?」


 俺はリナに念話を飛ばした。


「え……?」


 しかし、その時。


「グオオオオ……」


 再び地響きのような低い唸り声が、洞窟内に響き渡った。


 俺は振り返った。


 振り返った瞬間、背筋が凍り付く。


 そこには、さらにもう一頭のラミナス・ドラゴンが口を開け、威嚇していた。


 いつの間にか、二頭のラミナス・ドラゴンに、俺は挟まれていた。


 ますます危機的な状況に陥ってきたのは明らかであるが、俺は諦めない。

 リナのチートもある。というか、リナのチートがある。


 その時だった。


 俺の脳内に、リナの念話が届いた。


「レン!」


 やっとか。そろそろかな、と期待していたところもある。


 さあ、あのチート魔法の出番だ。ぶちかましてくれ。


 しかし、


「迷っちゃった……」


 リナの声は、どこか困惑していた。


「え? どうした? 穴は一つで、一方通行だったはずだ」


 俺の問いかけに、リナはあたふたと答えた。


「ラミナス・ドラゴン探してたらどこがどこだかわからなくなっちゃった」


 ラミナス・ドラゴンはここにいるのだが。


 ……。


 こうなったら単独で何とかしなければならない。


 まだ終わっていない、まだ始まったばかりだと俺は自分に言い聞かせるのだった。


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