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第32話 ラミナス迷宮群

 馬車は街道をゆったりと進み、車輪の軋む音が心地よく響いていた。

 窓の外には、穏やかな丘陵と黄金色に輝く麦畑が広がり、時折、のんびりと草を食む牛の群れが目に入った。

 遠くに見える山脈が近づいてくるにつれ、目的地への期待感が高まってくる。


 俺たちは、古代遺跡ラミナスの迷宮へと向かっていた。


 かつて、魔力文明が栄華を極めた場所。

 その深奥には、魔法力を増幅させる鉱石、ラミナ鉱が眠っているという。

 冒険者だった頃、最初の階層まで足を踏み入れたことはあるものの、その深淵を辿ることはなかった。

 今回、俺はその最深部の第7層を目指すことになる。


「ねえ、レン! もうちょっとで着かない? あ! あれはダンジョンじゃないの?」

 リナは、馬車の揺れに合わせて体をくねらせ、蝶の羽を嬉しそうにばたつかせた。


「リナは、何が楽しみなのかな?」


 一体、何が彼女をそこまで駆り立てているのだろうか。

 いつも能天気な彼女の異様な熱意に、少し戸惑いを感じるのも確かだ。


「楽しくないの? ダンジョンだよ? みんなで盛り上がるのがいいのに」

 リナは、少し唇をとがらせて拗ねた口調で言った。

 

 転生した記憶を取り戻した時、彼女は興奮した様子で「ダンジョンに行きたい!」と叫んだという。

 初耳だ。


「ダンジョン……! やっと! ついに!」


 だが、リナは本当に楽しみにしているようだ。


「魔王城に閉じ込められて、ずーっと行けなかった。だから、チャンスなの!」


 彼女にとって、ダンジョンとは過去の夢を実現する場所なのかもしれない。

 そう思うとわからなくもない。俺も試練とやらで夢を見たばかりだ。


「……そうだ、馬車が盗賊に襲われるイベントも、悪くないかも」


 リナが、いたずらっぽく目を輝かせながら、そうつぶやいた。


「盗賊に襲われて、大乱闘! モンスターでもいいよ!」


「はあ」

 盗賊? やっぱり、わからないかもしれない。

 俺はため息をついた。

 とりあえず、リナのことは放っておこう。


 さっさとラミナ鉱を手に入れて、この瘴気をどうにかしたい。


 一方、ミミズは百科事典を読み上げるように滔々(とうとう)と解説をしてくれている。


『ラミナス迷宮群は、かつて強大な魔力文明を築いた種族の遺産です。豊富な魔力源を利用し繁栄を極めましたが、ある日、文明は滅び去りました。古代種族はラミナ鉱の力を制御できなくなり、自らを滅ぼしたのかもしれません』

 

 強い力とその代償というような歴史。

 瘴気を制御できるようになっても、ラミナ鉱の制御が必要だとか言い出さないよな。

 少し心配にもなってきた。



 そうこうするうちに、

「まもなく、到着しますよー」

 アニーが、明るく静かに声をかけてきた。


「王国が管理しているため、王国の許可証が必要になります」


 古代遺跡に入るには許可が必要とのことらしい。


「昔はそんなことなかったのに」

 俺は、少し驚いた気持ちで言った。「以前、冒険者として来たことがあるんだけど……」


「そうですね。最近厳重なんです。魔王信仰集団『深淵の使徒』が遺跡を占拠……するという噂があって」

 アニーはタイミングの少しずれた、どこか含みのある笑みを浮かべた。


「でもご安心ください! 魔王討伐隊の勇者であるレン様は許可証不要なのは確実です! 顔だけで通れるはずです」


「顔パスだね」と、リナは言う。


「顔パス?」


 俺は魔王討伐隊第1陣が王都出陣するときの王都民の大声援を、そんなときもあったなと、過去の栄光を苦い記憶として思い出す。


「顔だけで済むなら、それが一番楽だけど……」


 やがて、馬車は、巨大な石造りの門の前に停車した。

 門の脇には、威圧的な武装を身につけた兵士たちが、整然と並んでいた。


「止まれ! ここに立ち入りたい者は、身分証を提示せよ!」


 俺が馬車から降りようとした瞬間、兵士たちは一斉に動きを止め、俺を見つめ始めた。

 その目は、大きく見開かれ、口は半開きになっていた。

 彼らは次々と腰を抜かして後ずさった。


「ああああああ」

「だ……だれだ…? あ、悪魔だ……!」

「うわあ! 逃げろ!」


 兵士たちは次々と膝を付き、顔を歪め、失禁した。

 幾人かは悲鳴を上げ、隊列は崩壊した。

 冒険者たちも蒼白な顔で、俺たちから距離を取ろうとするのに必死だった。


 俺は呆然と立ち尽くし、周囲の異様な光景に息を呑んだ。


 瘴気か。

 まさか、俺の瘴気に誰も近づけないのか。


 アニーは、そんな騒動をものともせず、涼しい顔で門の中に足を踏み入れた。

「さあ、行きましょう!」


「やったね! 顔パスで済んだね!」とリナは愉快そうに笑った。


 アニーの後を追うように、ラミナス迷宮群の重厚な門をくぐり、俺は迷宮への重い一歩を踏み出すのだった。


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