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第31話 古代遺跡への誘い

 レイオン要塞への援軍派遣命令が下り、諜報機関本部の秘密施設は騒然とした活気に包まれた。


 しばらくすると、レイオン要塞から魔王国方面へ偵察に出た斥候から、魔王軍の虫の群れが確認できたと、通信魔法で連絡が届いた。


 王国軍はこれから本格的に防備を固めることになる。

 望んでいた通りの動きだが、安堵感だけではなく拭えない不安が胸をよぎる。


 この瘴気は邪魔だ。


 いまは良くても、後々厄介なことになる。

 王国民とは会うだけでも怖がらせてしまう。

 王国の兵士とも一緒に戦えない。


「なあ、ミミズ。瘴気を止める方法はないのか?」


『止めることはおすすめしません。ルリアの眷属とやり合うには力不足です。宿主はもっと瘴気を練り上げて、魔王様みたいに凶悪な紫色の瘴気をまとうのです』


 瘴気を強化しろ、だと?

 それは避けたい。

 瘴気なんて、今すぐにでも消し去りたい。

 ……。

 でも、ミミズの言うこともわからなくはない。今の俺には寄生のおかげでなんとか身を守れる程度の力しかない。

 ルリアの眷属たちの強大な力に対抗するためには、何か特別な力を手に入れる必要がある。瘴気もそのひとつなのだろう。


『……ラミナ鉱を手に入れるという手もあります』


「ラミナ鉱? 古代遺跡の?」


 エメリア王国には、古の秘宝が眠っているという。幹部会議でルリアが言っていた、ラミナ鉱だ。古代遺跡の最深部に眠ると言われる、魔法力を増幅させる鉱石。ルリアはその鉱石に特別な力があると何か言っていたはずだ。


『ラミナ鉱を手に入れれば、魔力制御ができます。《《魔力の究極の進化系》》である瘴気をより自由に操れるようになり、瘴気を抑えることも、強力な防御壁を張り巡らせることもできるのです』


 瘴気を自由に操れるのか。

 魔力制御……か。

 それで瘴気を抑えられると。


 ラミナ鉱の力。

 それには多少の希望を持ってよいのかもしれない。

 


 作戦指令室の喧騒から逃れるように、外へ出た。

 馬車での長旅のせいで、地理感は完全に喪失している。


 リナが姿を消したまま、俺の肩に飛び乗ってきた。

 「次のイベントは古代遺跡? リナも一緒に行くよ!」


 古代遺跡への道はたしか山越えもあって複雑だ。どうやって辿り着けば……。


『宿主。歩いて行けば一ヶ月はかかります。その間、レイオン要塞が持ちこたえられるならいいのですが』


 その時、背後から、聞き覚えのある女性の声が響いた。


「一人でぼんやりと何を考えていらっしゃるんですか、レン様」


 振り返ると、食堂で俺にゲロゼリーを勧めてきた女性店員が立っていた。彼女は、馬車の御者も務めていた諜報員だった。

 

 他の兵士たちとは違い、彼女は恐怖に怯える様子が見受けられない。

 

「レン様。王国にお力添えありがとうございます。私は、アニー・ハニービーと申します。王国の諜報部に所属していることは、ご存じですよね?」


 アニーは近づいてきて、あの時と同じ、甘くそれでいてどこか余裕のある笑みを浮かべた。

「ゲロゼリーの件、ごめんなさいね」

 と言いながらも、その柔らかな微笑みに謝罪の色はなかった。


 酷い目に遭った。

 瘴気が出るようになってしまった。

 自動的に汚物をまき散らしているようなものだ。


「虫下しのお薬で、こんなことになるなんて、思ってもみなかったの」


「気にしないでください。それより、何というか、怖くないんですか」

 みんな瘴気でおかしくなっている感じなのに。

 おかしいといえばおかしいが、ほんとうに堂々としている。


 アニーは上気した顔になって答えた。

「平気です。むしろ和みます」


 アニーは、俺の視線をじっと見つめ返していた。その瞳はどこか照れくさそうでいて真剣さも感じられた。


『魔王城の虫にとって瘴気は故郷の香りみたいなものですよ』

 と、ミミズは意味深なことを言った。

 その言葉に隠された意味があるとしたらなんだろう。

 そう、アニーも魔王城の虫なのです、と言いかねないほどの言いぐさだった。


「レン様は、どこかへお出かけですか?」


「ええと……」

 俺は言葉を探しながら、少し間を置いた。


『アニーがだまそうとしてくるのなら、だまされてみればいいのです。何をしようとしているかわかりますですよ』

 また、ミミズは難しいことを言う。

 というか、それゲロゼリーのときも言っていたよね。『罠にはまってみましょう』とか。それで大変な目に遭った。


「言いにくいことを聞いてしまったのならごめんなさい」

 アニーは前かがみにお辞儀した。

 少しだけ開いた襟元からふっくらとした谷間が見える。


 まあ、どこへ行くかなど隠すようなことではないかもしれない。

 古代遺跡がどの方角にあるのかも知らないし、場所も知りたいし……。

 逆に、王国の諜報員なら知っておいてもらった方がいいという考え方もある。そう思いついたとき俺は言葉を発していた。


「いえ、古代遺跡へ行こうかと考えてます」


 その言葉を発した瞬間、アニーの表情が一瞬だけ変化した。

 ほんの一瞬、喜びとも、興奮ともつかない感情が、彼女の瞳に浮かんだ気がした。


「奇遇ですね」

 アニーは、まるで待ち構えていたかのように、穏やかな声で言った。


「私も古代遺跡へ調査のために行くところでした。ご一緒しましょうか?」


「え……?」


 アニーの言葉に対する返答を迷う。


 鵜呑みにできないところがあったが、渡りに船でもあった。俺は少し考えてから、いや、考えていないかもしれないが、彼女の申し出を受け入れることにした。


「いいんですか?」


「もちろんです。それに王国諜報員として王国の救世主にお手伝いすることは、光栄な任務です!」


 アニーはウールの女性用チュニックに、分厚い革のブーツと手袋という馬車御者には相応しい身なりをしていた。すでに準備万端と言ったところだった。


「馬車の御者は任せてください。仕事柄、古代遺跡への道には慣れています」


『さあ再び罠にはまりに行きますか』

 とミミズは言う。

『古代遺跡と呼ばれていますが、学術名称はラミナス迷宮群というのです』


「迷宮……、ダンジョン? 冒険者と言えば、ダンジョンだよね?」とリナはいつもの転生者的興奮を始める。


『そうです。モンスターを苦しませて殺戮したり、残酷に虐殺する、まさに、リナが大好きで得意とするところです!』


「言い方! ……だけど、やったー! 楽しみ!」


 アニーの案内で、俺たちは再び馬車に乗り込んだ。


 窓から見える景色は先ほどと変わらず、埃っぽい街道が続いている。

 馬車はゆっくりと動き出し、古代遺跡へと向かう道を走りはじめるのだった。


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