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第3話 掃除の始まり

<<我を怖れよ>>

<<掃除せよ>>


 魔王の命令が、まだ耳にこびり付いている。

 魔王は玉座からいなくなったが、紫色の瘴気しょうきはまだ玉座のあたりに立ち込めている。

 瘴気はただの煙ではなく、何かの影のようにゆっくりと形を変えながら広間を這い回っていた。

 腐敗した肉と硫黄が混ざり合ったような強烈な臭いが鼻腔びこうをくすぐり、肌がじんわりと冷え、骨の髄まで染み渡るような寒気が襲ってくる。


 後ろを振り返り、床の虫の死骸を踏みしめながら、また同時に、勇者たちの死骸を避けながら、広間の入口へと歩いた。

 逃げられないかどうか確かめる必要がある。

 うっすらと赤い半透明の壁があり、手を付くと跳ね返される。ひんやりとした感触が指先に残った。


 結界だった。

 結界は脈打つように微かに震えて赤い光が煌めき、魔王の強大な魔力を帯びてその奥の景色を歪ませる。


 魔王ルームに入ることはできても出ることはできないと言われていた。

 やはり聞いていた噂の通り、広間からは出られないらしい。


『宿主。魔王様の命令に従わざるを得ないのですよ』


 俺の身体を修復し、今も内部で蠢いているミミズに意識を向ける。


「掃除か。だが、なんで掃除なんだろ」


『それは。いつも掃除していた仲間をみんな殺してしまったのは宿主だからです』


 ミミズは特に攻めるような感じではなく、はきはきとした楽しそうな声で答えた。

 いつも掃除していた虫が俺たちのせいで今はいないというような理由で俺が掃除をすることになったということなのだろうか。

 仲間を殺されながらも、特に敵とか脅威というふうには思われていないのはわかった。


 命令にそむいたらどうなるか。ここは従うしかない。

 何とか生き延びるしかない。

 這いつくばってご機嫌を取りながら、打開のタイミングを見つけるしかない。


 決まりだ。言われたとおりに掃除する。

 さて、どうやって掃除すればいいのだろうか。


 魔王城の部屋は広大で豪華だった。しかし同時に異様な汚さがあった。勇者たちの血痕が紫色の石畳に染み込み、壁には異形の魔物の姿が彫られているようだが、魔王から吹き出ていた瘴気の残滓ざんしがねっとりとへばり付いている。

 天井からは巨大な水晶が吊り下げられ、紫色の光を放っているが、その光の下には虫の死骸が散乱している。無数の死骸が絨毯じゅうたんのように広がり、時折、腐敗臭が鼻をつく。


 手持ちの冒険者装備は血と泥にまみれたままだ。村でやっているように石灰の粉をまぶして、ほうきで掃き出すのだろうか?


「ミミズ、どうやって掃除するんだ?」


宿主やどぬし、ミミズじゃないです』


「そういえば……、何者?」


『この魔王城一番の古参こさん。古代から魔力と瘴気を吸収して進化してきたすごい虫ですよ』


「じゃあ、なんと呼べばいい」


『ミミズでいいです』


「……」


『掃除は簡単ですよ』


 ミミズの声は、頭の中で直接響いてくる。耳の鼓膜が震えているように感じるが、ちがうかもしれない。


『まずは、食料とゴミを分別するのです』


 食料とゴミ…?


「食料とは?」


『宿主の仲間と我らの死骸ですよ。栄養満点です』


 勇者たちの寸断された身体や、虫の死骸は食料と呼ばれるのか。共食いか。


「ゴミは?」


『装備品です。武器や鎧、盾。どれもマジック属性ゼロ。おもちゃです』


 俺は、石畳に転がる勇者アレクの剣を拾い上げた。磨き上げられた刃は血で汚れているが、まだ鋭さを保っている。

 ゴミかなあ。ゴミではないよな。


『魔王様がたくさんお持ちの武器からすれば、すべてゴミカスです』


 俺は剣を隅に寄せ、他の勇者たちの装備品も同様に分別していく。聖女の美しい銀の装飾品、魔術師の杖、戦士の盾。どれもが王家秘蔵の一級品であり、彼らにとってはただのゴミだそうだ。


 籠には死骸を入れていく。ある程度集めてから黙祷もくとうをささげることにする。

 勇者が死ぬことはめったにないが、勇者隊にいる以上仲間が死ぬのは日常だった。いつもサポートメンバーから死者が出たときは、黙祷をささげている。


 魔王城に備え付けられた掃除道具は、意外と簡素だった。木のに束ねられた草でできた箒、石灰の粉、そして水を入れた木製の桶。村で使われていたものと変わらない。


 ミミズの指示に従い、箒で石畳を掃き、血や泥を落としていく。水桶から水を汲み、雑巾で床を拭いていく。水は冷たく、石畳の紫色をした冷たさをさらに際立たせる。


 魔王城の掃除は、想像以上に骨が折れる。

 しかし黙々と掃除をこなしていく。


「なんだか乗ってきた……」


 魔王討伐隊の掃除番、魔物使いのレン。その役目は、やはり掃除人であった。


 自嘲気味に呟きながら、俺は箒を振りつづけた。


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