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第28話 ルリアの計画

 ガタガタと揺れる馬車の中で、俺は気がついた。

 もしかしたら、ルリアの手のひらの上で、あざ笑われているのではないか。

 一度気がつくとその考えが頭を離れない。

 ちょっと真面目に考える必要がある。

 いま俺にできることを、ミミズに確認する必要がある。

 

 まず、魔王の王国侵略の命を受けて、実行計画を立てているのはルリアだ。エメリア王都襲撃は約一か月後になる。

 つぎに、俺たちはそのための偵察攪乱要員として送り出された。主に情報収集目的という名目だったはずだ。

 だが、俺は王国側の味方になり、魔王の王国侵略を阻止したいと考えている。


「なあ。ミミズは王国襲撃に対抗する手伝いをしてくれるんだよな?」

『もちろんです。試練を越えて強くなった宿主の力で、ルリアの眷属などという使いっ走りの小虫どもは、こてんぱんにしてやりましょう』

 ミミズはいつもの穏やかな口調で言った。

 まあ、それは大前提だし、信じることにする。ちなみに強くなった自覚はない。


 幹部会議で、ルリアがもっとも大きな障害と言っていたのは、灰色の影による魔道具通信の情報共有だった。

 リナの共鳴スキルによる魔法通信の傍受を聞いていてもよくわかる。

 王国諜報機関・灰色の影の内にある情報共有が王国の戦力を強くささえている。


 俺たちは、その彼らの情報を攪乱しまくっている気もしてきた。

 俺のどうでもいい情報とかに惑わされて、魔王の軍勢が迫っていること、王国の要塞が危ないことに気がついていないのではないだろうか。


 王国への妨害工作というのはルリアが望んでいたことでもある。計画通り、とか言うルリアの高笑いが聞こえてきそうだ。


「いまの戦況はどうなんだ。ルリアの動向は?」

『ルリアは魔王城の虫たちと眷属のギルバートを伴ってエメリア王国の国境まで到達しています。場所的に、明日、レイオン要塞を攻めるようなのです』

 魔王城の虫同士ではおおよその位置は把握できる。相手がどのあたりにいるか大体はわかるらしい。

 また、魔王城の虫同士で通信も可能なようだ。


 それにしても、もう攻めるのか。

 王国襲撃の阻止のため、無理目でも聞いておきたい。

「その襲撃を待ってくれないか相談できないか?」

『ルリアに伝えますか』

「頼むよ。どうせ無理だろうけど」

 ……。

『やっぱり明日レイオン要塞を破壊すると言っていますね』

「やめるのは」

『阻止できるのなら阻止したらいいですわ、とのことです。というかいつものルリアとの会話です』

 いつもルリアとは口喧嘩をする仲らしい。

 ある意味いつも通りなので、こちらが魔王軍の阻止にどれだけ動いても本気で扱われないかも、と考えることもできる。


『ただ、無理なことを言ってきました』

「どんな」

『連中の通信を止めろ、とのことです』

「止めると言っても」

『全部の通信用魔道具を破壊したらいいと言っています」


 すべての通信用魔道具を破壊する?


「そんなことしないし、そもそもできるわけがない」


 街のあらゆる場所に諜報機関の魔道具マイクが張り巡らされている。どこを見ても、見られているような気がした。

 あらゆる天井だけでなく、冒険者ギルドの受付嬢の胸元にも、酒場の配膳係の胸元にもあった。

 わざわざ言わなかったが、食堂の女性店員「ハニー」諜報員の胸元にもあった。


『そうです。とても難しいことです』


 飛び回っているリナが言う。

「リナにも難しいな。共鳴スキルのグループチャットで何話しているかよくわからないよ」


 共鳴スキルの発動で、諜報機関・灰色の影による情報共有が聞こえてきた。


「影の者F」:「現在馬車はC地点を通過しました」


 いつもの形式だ。話者の名称とその発言の羅列。『共鳴スキルはあらゆる情報を取得できるスキルです』とミミズは言うが、魔道具マイクの通信傍受スキルでしかないと思われる。まあ、それだけでもすごいことだ。「グループチャット」とリナは言うが、転生者用語はよくわからない

 

 リナが言うところの「難しい」発言が共鳴スキルで流れている。通信傍受は貴重な情報源だ。こちらにとって王国内部のやり取りを知ることができるのはアドバンテージでもある。


「影の者A」:「司令殿、現在把握している情報をまとめます。」

「影の者A」:「1.王都北のルドリア領が魔王のスタンピードで完全に陥落しました。」


 報告者はルドリア領壊滅を最初に報告した。俺たちはその流れで疑いを持たれていたらしい。


「影の者A」:「2.壊滅の前に、対象は魔王討伐に失敗し、魔王国からゾンビを連れてルドリア領都に入ったため、ルドリア領主は対象を捕獲して地下牢に幽閉していました。これは多数のルドリア難民からの証言を得ています。」


 俺が怪しい状態でルドリアで捕まっていたことも彼らは認識していた。俺はルドリア壊滅のキーパーソンだな。


「影の者A」:「3.警戒対象のひとり偽勇者レンがエメリア王都に現れました。厳重警戒態勢に入りました。対象が巨乳好きであるという重要な情報が得られています。」


 その情報は重要なのだろうか。


「影の者A」:「4.リナという魔王幹部と一緒にいたこと。これは冒険者ギルドのクラス判定機で確証済みです。魔王幹部は冒険者によって仕留められた可能性もあります。」


 リナの人型は壊されて、今は蝶の姿だ。彼女曰く「自慢の」隠蔽スキルで隠れている。


「司令官」:「ご苦労。対象は、王国にとって喫緊の脅威である。迅速かつ慎重な対応を求められる」

「司令補佐」:「王都に危険を及ぼす可能性がある。離れた辺境の砦へ移送し、厳重に拘束することにも考慮の価値がないかね」

「司令官」:「情報を一切漏らさないことのほうが重要である。速やかに秘密施設へ移送し、詳細な尋問を行うこと」

「影の者A」:「ははっ。現在諜報機関の秘密施設へ向かわせております」

「司令官」:「全体に伝えよ。情報収集と尋問を最優先とし、魔王軍の計画を阻止することに全力を尽くせ」


 そのとき、リナがついに不満を漏らしたのだった。


「リナ」:「何言っているかわからないよー。もっと簡単に言ってほしいな」

「影の者A」:「誰だ」

「司令官」:「誰だ」

「リナ」:「魔王様の配下、リナだよー」

「司令官」:「ま、魔王の? 貴様、割り込むとは…。ぐぬぬ」

「影の者A」:「魔王軍に筒抜けです! 早急に対策を!」

「司令補佐」:「乗っ取られてる! セキュリティの危機だ!」

「司令官」:「全員、至急、魔法通信道具をただちに破棄せよ!」

「影の者F」:「破棄します」バキッ

「影の者A」:「破棄します」ボキッ


 魔道具マイクは破壊されるときに、かなり大きな破裂音をたてて通信がとだえる。

 しばらくの間、バキッボキッという音が鳴り続けた。

 

「失敗。リナが入室したら、みんな退出しちゃった。てへ」とリナは照れ笑いを浮かべる。


 魔道具の破壊音は数が減るにつれ次第に小さくなり、情報網が破壊されていく。

 

 ルリアの望み通り、王国への妨害は着実に進んでいくのであった。


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