第27話 夢と希望
眩い光と、歓声。
目の前に広がるのは、鮮やかな旗と花で飾り立てられた王都の街並みだった。
人々は笑顔で俺に手を振り、歓声を上げている。
「レン様! レン様!」
「英雄レン様、万歳!」
俺は輝く鎧を身にまとい、白馬に乗って王都をパレードしていた。
魔王を討伐した英雄として、人々から熱狂的に歓迎されているのだ。
王都は、かつて見た光景とはまるで違っていた。
街は美しく再建され、人々は希望に満ちた笑顔を浮かべている。
子供たちは俺に花束をプレゼントし、女性たちは優しい眼差しで俺を見つめていた。
『ふう、危ないところでした。宿主、幻想です。現実ではありません。殻の作り出す世界に囚われていてはいけません』
ミミズの声が遠くから聞こえてくる。
『ぶち壊さないと殻から出られなくなります。お願いです』
白馬に揺られながら王城へと向かった。
城の中に入ると豪華絢爛な装飾が施された長い回廊が広がっていた。
壁には過去の英雄たちの肖像画が飾られ、床は美しい絨毯で覆われている。
回廊を進むにつれて周囲の喧騒は大きくなり、やがて広々とした王の間へとたどり着いた。
王の間には、大勢の貴族たちが集まっていた。彼らは皆、華やかな衣装を身にまとい、俺の到着を待ち構えていた。
「レン様! お帰りなさい!」
「英雄のご帰還を心よりお祝い申し上げます!」
『宿主……もう、時間がありません。この夢を、ぶち壊してください』
でも、もうちょっと待って。つぎは勲章の授与だ。
貴族たちは俺に深々と頭を下げ、歓声を上げた。その笑顔は心からの喜びを表現しているようだった。
「レン様、素晴らしいご功績に、心より敬意を表します」
「魔王討伐は、レン様のおかげです。感謝の念に堪えません」
彼らの言葉は甘い蜜のように俺の心を蕩かしていく。
王の間で、厳粛な雰囲気の中、勲章の授与式が行われた。
金色の輝きを放つ勲章を授与され、俺はさらに英雄としての地位を確立した。
「レン殿、この勲章はあなたの勇気と功績を称えるものです」
「魔王討伐という偉業を成し遂げたあなたに、心より敬意を表します」
ミミズの声はもう聞こえない。べつにぶち壊さなくても。住みたい世界に住んでもいいじゃないか。
それでいい。それがいい。
すばらしい。
その時、国王が口を開いた。
「レンよ。そなたは魔王討伐という偉業を成し遂げ、王国に多大な貢献をした。その功績を称え、わが娘、第三王女アイリスと婚姻を結んでいただきたい」
会場は一瞬にして静まり返った。
貴族たちは姿勢を正し、厳粛な雰囲気になっている。
第三王女は美しいドレスを身にまとい、ゆっくりと歩み寄ってきた。
天使のように輝くその瞳は、優しさと知性に満ちており、俺の心を惹きつける。
「レン様。あなたと共に、この王国をより良い未来へと導きたいと願っています」
彼女の言葉に、俺は息を呑む。
俺は第三王女アイリスと婚姻を結び、王国を共に治めることになる。英雄として、愛するアイリスと永遠に幸せに暮らすのだ。
「ダンス!」
その時。突如として、けたたましい音楽が流れ始めた。
国王をはじめ貴族たちが、一斉に、狂ったように踊り始めた。
その姿はぎこちなく表情は戸惑っていた。
「ダンス! ダンス!」
リナの声が、王宮中に響き渡る。
華麗なドレスを身に着けた老婦人貴族が、突然、逆立ちを始め、くるくると回り始めた。
隣にいた厳格な顔つきの男爵は、踊りながら服を脱ぎ、膨れた太鼓腹をぺしぺしと両手の手のひらで叩いている。
「うっひょおおお」
と叫びながら司会を務めていた老臣はテーブルからテーブルへと曲芸をしながら乗り移っている。
踊るにつれ彼らの顔はだんだん歪み、目は血走りだした。手足を方々から引っ張られているかのように、必死に踊り狂っている。
『夢です。ぶち壊しです』
ミミズの声がした。
意識が戻る。拘束された手足を必死に動かそうとするが、思うように動かない。
俺の身体は馬車で運ばれていた。
馬車は古びた木製の椅子が二脚並び、薄暗い茶色で何年も手入れされていない壁にある窓は埃を被ったガラスで覆われている。
革のベルトが擦り切れて、あちこちほつれている。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、薄暗い光の中で不気味に揺れ、軋むような音が絶え間なく響き渡る。
床は薄汚れていて、古びた布の破片が散乱している。
窓の外には王都の街並みがあり、繁華街の光が馬車の中を照らしていた。
馬車の中を蝶のリナは飛び回っている。
「試しにダンススキルかけてみたら起きた! 我ながらすごい! リナ最強!」
リナは、得意げな顔で言った。
『よかったです。殻の夢から脱出できたようですね』
とミミズはささやく。
俺は呆然と窓の外を見ていた。
なにもかも失った気分だ。
いや、もともと何も持っていなかったか。
『なるようにしかならないのです。宿主』
脱力しながら流れる景色を見てつぶやく。
「第三王女アイリス様はきれいだったな」
王都内を駆ける馬車は、さらに加速して目的地への進みを速めていく。
馬車の揺れは激しくなり、窓の外の景色がぼやけていった。




