第14話 封印地下牢
『宿主、ロンバは奥の部屋にいるみたいです』
ロンバはミミズと同じく魔王の魂の一部でできているから居場所がわかるのだそうだ。
俺は投石のなか、石や棒の当たる金属音をごつごつ響かせながら地下牢への道と進んだ。
手枷に引かれながら進む地下牢はひどく黴臭かった。
石壁からは冷たい湿気が染み出し、足元にはドロドロとした泥がへばりついている。
鼻をつくのは黴臭さに加え、古びた鉄錆と、どこか甘ったるい腐敗臭。
壁には無数の傷跡が刻まれ、巨大な獣が爪で引っ掻かいたのかと思った。
牢獄の奥へ進むにつれ、空気はさらに重く、静寂が支配していく。
時折、どこか遠くからうめき声や鎖が擦れる音が聞こえてくる。
囚われた魔族や人間たちの怨念が、染み付いた石壁から滲み出しているようだった。
俺は手枷を揺らし、少しでも楽な姿勢を見つけようとした。
『ルリアを呼んでロンバを転送してもらいます』
ミミズは魔王様の魂の一部でできているからルリアと念話で情報を伝えることができるそうだ。
ルリアの転送によってロンバを取り戻し、魔王はここの襲撃を取りやめる。そうすれば街の人々も救われることになるだろう。俺も勇者としての責任を果たすことができる。
しかし、ルリアはなかなか来なかった。
冷たい石壁にもたれながら、俺はため息をついた。息が白い。
地下牢の牢屋は想像以上に質素だった。石壁はひび割れ、苔むしている。床は泥と埃が混ざってぬめりつく。粗末な寝台が置かれており、藁が散乱していた。
隣りや向かいの牢屋には、痩せ細った人間、角の生えた魔族が数人。呻きながらこちらを眺めている。
「オマエ魔界の匂いがする。ナツカシイ匂いだ」
向かいの牢屋の魔族が呟いた。痩せ細った体には拷問の跡が刻まれている。
別の牢屋の半魚人が、うめき声で「み、ず…」と呟いた。
その声は、魂が抜けかけているように虚ろだ。
『宿主、焦らず待ちましょう。ルリアはきっと来ますよ』
ミミズの声が脳裏に響く。
しばらくしてルリアがなかなか来ないことに、俺は少し心配を感じはじめた。
出られなかったらどうなるのだろうか。何年も閉じ込められるのだろうか。
他の囚人たちはまともな形をしていない。それが拷問によるものなのか、実験とやらによるものなのか。
ギルバートは実験材料と言っていたな。
「ミミズ、ルリアは一体何をしているのだろうか? 転送スキルは得意そうに見えたけど」
『ルリアは一度行ったことのあるところにしかテレポートできないんですよ。彼女が今まで訪れたことがない場所のようです。それと人間のおめかしも必要だとのことです』
なるほど。転送スキルはそういうものなのだな
「そうか。で、なぜ人間のおめかしが必要なんだ?」
『美意識過剰です。ルリアは、いつも人間の町に入るときは、人間の見た目にするです。噂ではバンパイアの見た目で人間の町に入ってひどい目にあったことがあるみたいです』
本当に来てくれるのだろうか。
ギルバート卿がルリアを知っていただけではなく「ルリア様」とつぶやいていたことが頭をよぎる。
「リナに何かできることはない?」
リナは、俺の周りをひらひらと舞いながら言った。
「では、転生者自慢のチートスキルを見せます! アイテムボックス! どう? 手で触れたものをいくらでも入れられるんだよ!」
「どう?」とリナは問いかけるように言ったが、だんだん声が小さくなっっていく。
そしてしょんぼりして見せた。
「でもリナは蝶だから何も入れられない」
「それは手じゃないの?」
胴体から6本ほど生えている部分を指さした。蝶の胴体は人間のような形をしていて、いくつもの小さな手がついている。
「蝶だから。全部、足」
リナはさらにがっくりした様子で言った。
「はやく人間になりたいな。手もあるし。そして美少女冒険者になる!」
リナは、切実な表情でつぶやいた。転生前がどんなだったのかはわからないが、リナの美少女への憧れは、ひしひしと伝わってきた。
『宿主。ルリアは魔王様にも教えたよ。魔王様は言っていました。ロンバがいたころの魔王城は埃ひとつなく美しかったと』
ミミズは期待に満ちた声で言った。
「奥の部屋にいるの?」
リナは、急に思い出して興奮した様子で言った。
「奥の部屋ね。自慢のスキル2番目! 透視スキル! すごくきれいな部屋だよ!」
そのあと、はっとした顔をした。
「動き回っているのは……。ん? あの色は……。エミちゃんちのルンバがなんでここにいるの?」
「何?」
リナは、さらに詳しく説明した。
「そう、あの丸い掃除機だよ! 奥の部屋を隅々まで掃除してる!」
「……」
ロンバは、まさか、掃除道具なのか?
『あれ、言わなかったっけ? もちろん、ロンバは魔王様の愛する道具ですよ。意志を持つ掃除道具なのです』
ミミズの言葉に俺は唖然とするほかなかった。
そんなもののために王国を襲撃するものなのだろうか、とも思う。
まあいい。
魔王を止められるかどうかはその掃除道具ロンバとやらにかかっている。
俺は焦る気持ちが募っていくなか、ただただ状況を待つことしかできなかった。