第11話 領都ルドリア
転送魔法の残滓が、じんわりと肌を刺すように収まると、俺たちは王国のルドリア領都郊外に降り立っていた。
丘の上から眼下に飛び込んできたのは、見慣れた人間の生活圏。
赤茶けた石造りの家がぽつぽつと並び、畑では土埃を舞い上げながら農民が鍬を振るっていた。
しかし、度重なる魔王軍の侵略のせいか、どこか活気が欠けている。
刈り入れを終えたばかりの田は、所々枯れ始め、空には鉛色の雲が重く垂れ込めて、憂鬱な影を落としていた。
その憂鬱や影とは何のことかと、
「やったー! ついに人間界! 待ち焦がれた景色!」
リナは元気よく嬉しそうに言った。
『宿主、死体を連れてくるのは、まだ疑問です。せっかくの食料を。貴重な栄養源を』
ミミズの声が脳裏にこびりつくように響く。
死体が食料だというような言葉にはもう慣れた。
いや、慣れてきたのか、それとも、もう寄生虫に心が蝕まれているのだろうか。
「親族はきっと遺体を丁重に弔ってくれるだろう」
俺はそう言って、ゾンビ化した勇者たちを率いてルドリアの街へと歩き出した。
「うがあ」
「うう…」
「ぐえぎぎ」
ゾンビたちはミミズの微かな力で繋ぎ止められているだけだ。関節はぎこちなく、歩くたび不気味に軋む音が響く。皮膚は血の気がなく、生前の傷跡が痛々しく浮かび上がっている。それでも辛うじて歩ける程度の力は残っている。鼻先からは腐敗臭が漂い、時折、蛆が這い出ている。
街に近づくにつれ、人々のざわめきが大きくなっていく。老婆は唸り声を上げ、子供は母親の脚に隠れ、男たちは鍬を握りしめたまま後ずさりする。そして蜘蛛の子を蹴散らすように、人々は俺たちから逃げていく。
「ゾンビが攻めてきた!」
「魔王軍の先駆けだ!」
「勇者様たちが魔王軍に堕ちたのか!」
聞こえてくる声は、どれも悲鳴に近い。恐怖と混乱が入り混じった、絶望的な叫び。
『宿主、予想通りの反応ですよ』
ミミズは得意げに声を響かせる。
リナはハイテンションな声で、
「大丈夫! 転生者としては、よくある光景です!」
とフォローする。たぶんフォローのつもりだろう。
確かに、言われてみると気づく。
死体を連れて歩いてもなんとも思わないのは間違っていた。
俺の精神が蝕まれてはならない。
ルドリア領都内の道は轍が深く、雨水でぬかるんでいた。何度もゾンビがよろめきながら立ち上がっていた。
街道を歩く人々は、疲れ切った表情をしており、希望に満ちた様子は見られなかった。
鎖でつながれた奴隷が並び、ゾンビにも関心を払っていない者も多い。そんなことに関心を持つ余裕などなさそうだった。
奴隷でなくても物乞いをしていたり、ゴミを漁ったりしている。
「わーい! 大きな門。名所だね」とリナ。
ルドリアの城門は、磨き上げられた巨大な石造りの門だった。
門番の兵士たちは、俺たちの姿を見つけると、すぐに長槍を構えた。
陽光を反射して、槍先がキラリと光る。
「何なんだお前ら。名前と用件を言え」
兵士の一人が低い声で言った。
『宿主は、いちおう、勇者メンバーだったから、話くらいはできるはず。だよね』
ミミズが気楽そうに呟く。
そうだった。「いちおう」俺は勇者だということを忘れてはならない。
勇者は王国を救うために存在している。
魔王軍は敵なのだ。魔王城では頭が空っぽになって服従していたため正直忘れているところもある。
ミミズもリナもルリアも、最終的には敵になるという可能性についても…それは恐ろしいことだ。
俺は兵士たちに近づき、少しだけ緊張しながら声をかけた。
「俺は勇者レンだ。魔王討伐隊の一員だ」
「勇者?」
兵士たちは警戒しながらも槍を下ろした。その顔には困惑が入り混じっていた。
「勇者レン様! どうしてゾ、ゾンビを連れて?」