第123話 小さな箱庭
石橋を渡り終えた一同は辺りを見渡した。人工的に作られた箇所は橋の周囲だけのようで先は洞窟の壁、他は地底湖に沿った整備されていない道があるだけだ。
「この地底湖に沿った道を進むしかないようね。
また魚が襲ってきてもおかしくないし、セキトモとレオは地底湖側ね」
「また壁役かよ、飽きてきたぞ」
「まあ、まあ。僕たちで役に立てるんならそれで良しとしようよ。
この先、何があるか分からないし適材適所で進むのが一番だろ?」
「しゃーねぇな、だが大型が出たらオレもやるからな」
「はは、ロッカが早い者勝ちって言いそう。
やるならいち早く見つけないとね」
セキトモは大盾を右手に持ち変えた。周囲が明るいのでランタンを持つ者は腰のベルトや鞄に引っ掛けて両手が空いた状態にしたようだ。
地底湖に沿った道をしばらく歩いて行くと、道は地底湖から離れていき壁側に近づいていき壁を迂回している事が分かった。そして、到達した場所には大きな鳥居のような門が建っていた。門の先は林のように木々が生い茂っているのが見え、滝のような水の流れる音、鳥のさえずりさえも聞こえる。
「ここって迷宮の中ですよね?」
「不思議な場所ですね。
水と光があるので植物が育ってもおかしくはないですが樹齢何百年と言ってもいい大樹まであるなんて」
「木にも寿命はあるよな?
あの木だって何回入れ替わってるのか想像すらつかないよ」
「この先は確実にいると思ったほうがいいわね」
一同は門を潜り抜け、林の中へ足を踏み入れた。荒れて果ててはいるが入り口から石畳の道が奥へと続いているようだ。
「ここはヤバいかもしれない。
見ろよ、見たことない虫がいるぞ」
他にも虫はいるがクルーロが指さした飛んでいる小さな虫はムカデのような体で羽が何枚も生えている虫だ。不規則な軌道を描き、移動速度が速い。停止、移動、停止、移動を繰り返して飛んでいる。
「新種? いや、絶滅種でしょうか?」
「絶滅種か。名付けるなら『羽ムカデ』ってところかな。
こいつらがモンスター化してるとなると特性なんて分からないぞ」
「虫なら一緒だろ。デカくても関節斬れば倒せそうだ」
「ならいいけど、考え過ぎか・・・」
このダンジョンは岩盤だらけの山脈の為、生い茂る木々は岩盤を砕き貫き根を張っているのだが上部は土の大地となっている。
セキトモは大地に触れた。
「この土、少し湿ってるな。
ここで雨が降るわけないし、大地への水分は地底湖から染み出て来てるのかな?
いや、その前にこの土は運んできたものだろうか?」
「セキトモ、考えるだけ無駄だよ。
こんなん解明しようとしたら途方もない時間かかるぞ」
「はぁ~、今はこの環境を素直に受け入れていくしかないか~」
一同は道に沿って進むことにした。
しばらく進むと茂みから音が。
「さっそくお出ましか?」
出て来たのは小さな兎だった。飛び跳ねる動きは小さい割に速い。今は動きを止めて物珍しそうに一同を眺めているといった感じで警戒まではしていないようだ。
「モンスターじゃなさそうね。こいつ小さくて可愛いんだけど」
「そいつじゃ量が足りないな」
「レオ! 何食べようとしてんのよ!」
ロッカがレオを睨みつけたときだった。
”バクっ”
トカゲのような素早い生き物が飛び出して来て小さな兎は食べられた。
「あ、食われた」
「え?」
兎を食べたトカゲのような生き物は頭が大きく、前足が短い。そして後ろ足と尻尾が大きい。特徴的なのは二足歩行をしているということだ。単なるトカゲと判断するには違いが大き過ぎる生き物だ。
「もしかして、あれって恐竜ですか? 本の絵でしか見たことないけど」
「モンスターじゃなさそうだし、あれも絶滅種だろうな。
過去に化石が見つかっているし、生存していたのは確かだけど・・・恐竜種まで生き残っているなんてビックリだな。
でも発見された恐竜種の化石ってモンスターの大型か巨大を超える大きさだったような・・・子供?」
その恐竜は腰の高さくらいの大きさだ。モンスターで言えば中型に該当する。
「誰かあの恐竜種の名前覚えてる人いる?」
「二足歩行の恐竜だし、『二足竜』でいいだろ」
「安易だな。わはは」
膝を落として愕然としていたロッカはゆっくり立ち上がると、怒りを抑えきれずに双剣を抜いた。
「なんなのよ!」
「やめろ、ロッカ! あいつはモンスターじゃない」
「でも、兎が!」
「俺たちを狙ってきた訳じゃないんだ。
仕方がないだろ。弱いやつは食われる、それが自然の摂理だよ。
それにあいつを殺しても食われた兎が戻ってくるわけでもないだろ?」
「・・・分かったわよ!」
二足竜は一同を振り返りながらも急ぎ早に去って行った。
「う~ん。さっきの兎や二足竜といい、何か小さい気がしない?」
「言われてみれば知ってる虫も若干サイズが小さいような気がしますね。
それに動きが速いです」
「もしかしたらこの環境に適合したのかもしれないね。少量の食で済むように体を小さく、そして簡単には捕まらないよう速くなったのかも?」
「この領域は精々1~2kmってところだろうし、地上と比較すれば小さな箱庭って感じだからな。
ここで生き残る為により小さく速く動けるよう進化したってことか」
一同はロッカを見た。
「なんで私を見るのよ! 進化じゃないから!」
「ロッカは沢山食べますよ」
「バン、それフォローになってないにゃ」
「燃費の悪い進化だな」
「「わはは!」」
一同は更に道に沿って進んだ。
「とうとう出て来たみたいだぞ」
大きな羽音と共に出て来たのは最初にクルーロが懸念した大型の羽ムカデのモンスターだ。一同が羽ムカデとの戦闘を開始しようとした瞬間、横から巨大な蜘蛛のモンスターも乱入して来た。
「どわっ!」
「なんにゃ?」
皆、なんとか突然現れた蜘蛛の乱入をかわした。
「トウマ、私たちで蜘蛛をやるわよ! あんた得意でしょ」
「別に得意ってわけじゃないですよ!」
羽ムカデにはレオ、セキトモ、クルーロ、ギル、チナが向かった。残りのロッカ、バン、トウマ、イズハ、タズが蜘蛛の相手だ。
羽ムカデは飛んでいる。口元の牙に加え、無数にある脚の爪、尾の部分は刃物のような三日月形状だ。
セキトモが羽ムカデの数多い攻撃をなんとか防いでいる。レオが羽ムカデに向けて大剣を振り抜いたが不規則な素早い動きでかすりもしなかった。
「チッ、でかい図体のくせして速いじゃねーか」
「狙うなら空中で停止した瞬間だぞ。それ以外は追えない速さだと思え。
おっと、炎の球はここではマズいか」
「停止したらボクが羽を撃ち落とすにゃ!」
先に倒されたモンスターは蜘蛛のほうだった。ロッカ、イズハ、タズの3人が蜘蛛の足を斬り落としてとどめはトウマのブースト2倍で一刀両断だ。バンが背負った荷物を降ろしてる最中の早期決着だった。
「トウマ、あんたやっぱり蜘蛛相手だと確定でブースト使えるのね」
「だから蜘蛛は偶然ですって。さっきのは特訓の成果!」
「トウマさん、ブースト自在に出せるようになってたんですね。
凄かったです!」
バンは落ちた魔石・中を拾った。
「羽ムカデのほうはまだ戦っているようですね。
加勢に行きましょうか?」
「ちょっと速いだけの大型だし、あいつらなら大丈夫でしょ」
羽ムカデが一旦セキトモから距離を置いて空中で停止した瞬間、チナが放った矢が見事に命中。胸部を狙った矢は弾かれたが羽を狙った矢は羽を貫いた。
「やったにゃ!」
羽ムカデはフラフラと飛ぶ動きを鈍くした。
「うるぁ~!」
ギルが飛び上がり羽ムカデの尾のほうを斬り落とした。
「チッ、届かねえか」
「いや、上出来だ、落ちて来るぞ。
オレがしとめるから離れてろ!」
関節を狙う事など考えもしない、羽ムカデを頭から斬り裂くレオの大剣による一刀両断だ。
羽ムカデが霧散しいく・・・。
「ヒュ~、お見事!
俺の剣じゃ、あの堅い甲殻を縦に一刀両断なんて無理だぜ」
魔石・中とギルが斬り落とした刃物のような三日月形状の尾が素材として残った。
「この素材は斬り落とした俺が貰ってもいいよな? いい土産になりそうだ。
・・・高く売れるよな?」
「品質次第かもね。擬態元が絶滅種と言っても信じて貰えないだろうし、ただのムカデの尾って判断されたら大したことないかもよ」
「・・・これが安かったら泣けてくるぜ」