其の伍
こちらの作品は作者が小学五年生〜中学三年生であった時分に完全に趣味で書いたもののリメイクになります。表現や言葉選びを除き、物語の本質は当時のものにそいながら書いております。支離滅裂な箇所もあるとは思いますがあまり気にしないでいただけると幸いです。
彼の目線と少女の目線が重なって、少女は力強く頷いた。彼は溜息を吐く。
「わかった。じゃあ───。」
そこまで言って、彼は言葉を詰まらせた。この先を言ってしまったら、もう後戻りはできない。でも、少女がそれを望んでいることは火を見るより明らかだった。彼にとっては不本意で、きっと後々、後悔することになるだろうことは容易に想像出来る。
それでも。それでも、彼より小さな少女が怪しげな取引に乗る勇気を見せている。彼自身、弱気になっていては駄目だと覚悟をようやくしたらしい。地面におり、少女の前に立って、その目を真っ直ぐに見て言う。
「契約成立だ。」
彼は彼女の手を取って、口づけを1つ。本来、そんなものは必要ない。彼なりに何か少女に契約がなされたと理解させるものが要ると、考えた結果のようだった。少女は顔を赤らめた。彼らは束の間の余韻に浸っていた。
また雪が降り始めた。まだ寒い冬のことだ。仕方ない。僕にとっては都合のいい雪だった。彼は少女の手を離し、再び元いた場所に居直った。雪が少女の頬に当たって溶けていく。彼女の辺りだけ春が近づいたようだった。うちの雪女もこんな風にかわいいところがあればいいのにと、そう思った。
どうやら、彼らは随分と馬が合ったらしい。日が傾き、空が赤や黄からそろそろ黒に金と変わろうかというほどまで縁側で話し込んでいた。彼が夜の足音に気がついて言う。
「こんな遅くまで引き留めて悪かった。早く帰った方がいい。下まで送ろう。」
少女も空を見て、素直に彼に従った。
彼は少女を鳥居の下で待たせ、灯りを取りに座敷の奥へと姿を消した。少女は雪の降る薄暗い境内で、手を擦り合わせながら待っていた。不意に、景色が明るくなる。少女はハッと嬉しげに顔をあげた。次の瞬間露骨にガッカリとした様子を見せる。僕が境内の燈籠に火を灯してやったのを、彼が戻ってきたのだと勘違いしたらしかった。悲しくなるよほんと。
暫くして、彼が朱の提灯を片手に戻ってきた。らしくもなく「行こう」とでも言うかのように手を差し出す。少女はその手を両の手で握りしめる。
「あの……、」
とおずおずと遠慮がちに彼に尋ねた。
「ま、また明日も、来てもいい、ですか…?」
いいと言うまで離さない。そんな態度を僕は感じた。彼女はまっすぐと彼の目を見ていた。彼は気まずそうに少女から目を逸らす。断りたかったのだろう。でも、断れなかった。ぼんやりと妖しく揺らめく灯りで彼の顔が滲んだ。少女には見えなかっただろうが、僕からは見えた。少し辛そうな表情だった。
言い訳がましく彼が言う。
「構わない。何時でも来ればいい。お茶くらいは出してやる。」
社交辞令ように彼がつきつけたその言葉が余程嬉しかったのか少女は
「じゃあ、また明日も来ますね。」
と嬉しげに笑った。
怪しげに光る赤い提灯を片手に少女の手を引いて、鳥居を潜り、彼は山を下り彼女を送っていった。
そのとき、少女の後ろ姿に懐かしい面影を感じた。僕のことを慕ってくれて、いつも追いかけて来るようなおてんば娘。かつて、僕が好きだった人。雰囲気もちがうのに少女に彼女が重なった。だから、僕も人知れず覚悟を決めた。彼と少女の結末を見届ける覚悟だ。ただの暇つぶしのつもりだったが、少女が死ぬまで見守ろうと、そう思った。
結果を言ってしまえば、それはバットエンドでもなければハッピーエンドでもない。複雑なものだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。作者はまだ学生のため投稿は不定期かつ大分間が空くことが予想されます。続きが気になる方は気長に待っていてください。暇を作って少しずつ制作していきます。