ある貴族のエピローグ
「――――――はい、確認しました。これで『バー・ファルカ』と『マレーン商会』間の契約を終了します。契約書の控えをお渡ししますので、無くさないように保管していてくださいね」
大柄で見えるところ全てに傷跡がある男、『バー・ファルカ』店主のファルカ・グレイドーンと髪をワックスで整え、スーツに隠されているが鍛えられた体の『マレーン商会』代表オット・マレーン。そして、机越しに向かい合っている二人の間に青年が座っている。
「いつもありがとうございます、ケイト様。わざわざ寂れた酒場にまで足を運んでいただき」
「おい、マレーン。俺の酒場を寂れたとは言ってくれる。今は昼だから客がいねぇだけだ。夜に来てみろ、そりゃあ盛況だっ!」
「おや、馬鹿にしたつもりはありませんよ?なんなら、今夜はこの酒場で契約完了の祝杯でも上げましょうか?」
「はっ!上等だ朝まで飲み比べと洒落込もうやっ!」
「ふふっ、本当にお二人は仲がいいですね。羨ましいです」
ケイトと呼ばれた青年はニコニコと笑いながら胸ぐらを掴み合っている二人を見ている。
「やめてくだせぇ坊ちゃんっ!こんなスカした奴と仲がいいなんて怖気がしますぜっ!」
「それは私のセリフだ筋肉達磨っ!今夜は覚悟しろっ!先に酔い潰れるのは貴様の方だっ!!」
「あはは・・・・・・あまり喧嘩しないでくださいね」
ケイトは酒場の壁にかけられている時計を確認すると机の上に置いている本やペンなどを鞄に直して席を立つ。
「それでは僕は帰ります。お二人ともあまり飲み過ぎて体を壊さないでくださいね」
ケイトは鞄を肩にかけて一礼して店を出て行った。ケイトを見送ったファルカはカウンターに近づいてグラス二つとワインで満たされている瓶を手にして戻ってくる。
「・・・・・・坊ちゃんの『天職』が『契約魔法』って聞いた日はこの店も終わりだと思ったが、なかなかどうして立派じゃねぇか」
「ええ、ケイト様は貴族達のあいだでは笑いの種のようですが『商人組合』では好意的に受け止められている」
「それに比べて異母弟のレオナルドのボンクラと来たら・・・・・・」
ファルカはグラスに注いだワインを一気に飲み干し、グラスを机に叩きつける。
「おい!誰かに聞かれたらどうするっ!?」
「はっ!聞かれたらところで困りゃしねぇよ。坊ちゃんに比べてレオナルドの素行の悪さは折り紙つきだ。昨日もタダ酒飲んで酔い潰れやがった」
「お前のところもか。私のところもどこから聞きつけたのか王国北方でしか作られていない希少な酒をタダ同然で持って行かれたよ」
「本当に似てねぇ兄弟だな坊ちゃんとレオナルドは。まあ、このまま順当に行けば坊ちゃんは領主に、ボンクラレオナルドはどこぞの貴族の娘に婿入りだ」
「そうなればこの領地も安泰だな」
ファルカとマレーンはグラスをぶつけて、ワインを一気に飲み干した。
(随分と手慣れてきたな、ケイト)
契約の立会いが終わった帰り道、頭の中で女性の声で話しかけてくる。
(教えてくれる先生が丁寧だからね。それに『契約魔法』を発現して以来、魔法の使い方を考えたり教えられたりしてたんだ。これぐらいのことは出来ないと)
(嬉しいことを言ってくれるじゃないか。お前は私の自慢の生徒だ。『契約魔法』を発現した人間でお前ほど扱いが上手い人間はいなかった)
「契約魔法』を発現してから聞こえるようになった声は声曰く『契約魔法』の説明をするために存在しているらしい。僕はこの声を『アドバイザーさん』と呼んでいる。アドバイザーさんの声は僕より前の『契約魔法』を発現した人間には聞こえていなかったそうだ。
(お前なら『契約魔法』のもう一つの契約方法を使えるかもしれないな)
(もう一つの契約方法?そんなの教本には書いてなかったけど?)
(当然だ。教本というのは世に多く知られている『天職』を分かりやすく説明するためのものだ。代表的な職は『剣聖』に『賢者』、『医神』、『戦神』、『軍神』。そして――――――『勇者』。有名所を上げ始めたらキリがない。そういった『天職』は教本によってよく言えば安定した教え方、悪く言えば進歩も面白味もない。『契約魔法』のような『天職』はろくに調べられずに『ハズレ』と言われている)
『契約魔法』は多くある『天職』の中で『ハズレ』と言われている。重宝される『天職』の多くは戦闘向きの『剣聖』や多種多様な攻撃魔法や補助魔法を使える『賢者』、瀕死の人間を蘇生できる『医神』は特に優遇されている。王立学園の入学費に月の学費、収める税にしてもかなり軽減されている。逆に『ハズレ』と呼ばれる『天職』は優遇はされない代わりに不遇な扱いも無い。せいぜい街や貴族間で笑い物になるぐらいだ。
(人間という生き物は権力者や知識人が勝手に貼ったラベルを信じたがる。そのくせ自分で考えて調べようとする者は異端者として拒絶し、否定して集団で袋叩きにしてその意見を封殺する。集団心理とは恐ろしいな)
(ねえ、話が脱線してるよ。もう一つの契約方法ってなに?)
(むっ、そうだったな。そうだな・・・・・・もしもその時が来たら教えてやろう)
(えー、ここまで引っ張っといてそれは無いよ)
(ケイト、女というのは秘密があればあるほど美しくなるんだ。その秘密をほじくり返そうとするのはマナー違反だな。そんなだから十八になっても恋仲の女も出来ないんだ)
(恋仲って・・・・・・僕は貴族なんだから好きな女性が出来てもその人と結ばれないよ。政略結婚か、お見合いして相手を見つけるかになる。仮に見つかっても『契約魔法』の僕と結婚したいと思う女性はいないよ)
貴族でありながら『契約魔法』を発現した僕は貴族のあいだでは嘲笑と蔑みの対象だ。仮に結婚できたとしても財産を食い潰されるだろう。
(はぁ・・・・・・お前という奴は。んっ?おい、ケイト。門の前にセバスがいるぞ)
(本当だ。今の時間なら父さんの手伝いをしてるはずなのに)
セバスは我が家の家令でお爺様の代から働いてくれている。父さんからの信頼も厚く、僕の教育係も担当してくれていた。そんなセバスが暗い顔で立っている。
「お帰りなさいませ、ケイト様・・・・・・」
「ただいま、セバス。セバスが出迎えてくれるなんて珍しいね。父さんの手伝いはいいの?」
「ええ、旦那様直々にケイト様を出迎えるように仰せつかりましたので。旦那様が執務室でお待ちです」
父さんからの呼び出しも珍しい。いったいなんの話だろう?家を継ぐ話をするには父さんは現役だし、僕個人で営んでいる『契約屋』もようやく軌道に乗ってきたからまだ継ぐきは無い。執務室の前に着くと扉をノックする。
「父さん、ケイトです」
「――――――入れ」
「失礼します」
「遅いざますっ!!貴方はいつまで私達を待たすつもりですの!?」
「そうだぞこの役立たずがっ!!テメェと違って俺達は忙しいんだよっ!!」
執務室に入ると父のアレックス・マグナスと継母のシャーリーンと異母弟のレオナルドがいた。この二人も執務室にいるのは珍しい。父さんが本当に重要な時以外は二人を執務室に入れることは決してない。
(ふんっ・・・・・・阿婆擦れと愚弟まで呼んでるとは。よほどこの家に関わる重要な話みたいだな)
(『契約屋』は父さんから許可も得てるし、街の人達からも評判だから問題になるような事はしてない筈だけど・・・・・・)
「ケイト、お前に大切な話があるんだ」
「話ですか?『契約屋』の件で何か問題が?」
「いや、その件じゃないんだ。言いづらいんだが――――――」
(気をつけろよ、ケイト。阿婆擦れと愚弟がニヤニヤと気持ち悪い顔で笑っているぞ)
父さんは言いづらそうに、何より辛そうな顔で口を開いた。
「ケイト・マグナス、君をマグナス家から廃嫡とする」