誘因
「うぅ……はぁ! はぁ!」
小学校の帰り道、僕は家に向かって全力で走る。背後から黒い塊が地面を這って追いかけて来るからだ。毎日、僕が一人になるとこの黒いのは、僕を追いかけてくる。
背中のランドセルが重たくて、投げ出したい。しかし、これは兄ちゃんのから貰った大切なランドセルだ。黒いのに飲まれた物は盗られて二度と帰ってこない。以前は給食袋を盗られた。
「わっ!? ……いたぁ……」
地面の凹凸に躓き、僕は盛大に転んだ。両手の掌と両膝が、熱く痛い。泣きたいけど、今は逃げないといけない。黒いのに飲まれたら、大好きな兄ちゃんに会えなくなってしまう。それは嫌だ。
「やぁ! こないでぇ!」
立ち上がろうとしたが、足に力は入らず。少しでも黒いのから距離を置こうと、尻餅を着いたまま後退り叫んだ。
「友樹! 大丈夫か!?」
「……っ! にいちゃん!!」
黒いのが僕の靴先まで迫ると、一番聞きたかった声が響いた。そして優しく抱き上げられると、その温もりにしがみついた。
「っ! 怪我したのか!?」
「にぃちゃ……ふぇ……また黒いのがぁ……」
心配する兄ちゃんの声に、原因となった物を伝える。
「またか……」
兄ちゃんが黒いのを睨むと、透明になり景色に溶けるようにして消えた。兄ちゃんは僕と同じで、黒いのが視える人だ。そして唯一の理解者であり、救いである。黒いのは兄ちゃんに勝てない。何時も兄ちゃんが睨むと逃げるのだ。僕の兄ちゃんは強い。
「大丈夫だ。兄ちゃんが付いているからな」
「……うん、兄ちゃんといる……」
優しく頭を撫でられ瞼が重くなる。全力疾走の疲れと恐怖から解放され、頼れる優しい温もりに瞼を閉じた。
「ちょっと、やり過ぎたかな? まあ、怪我が治るまでは控えさせるか……」
寝てしまった僕は、兄ちゃんが楽しそうに笑い。その足元に黒い塊が蠢いていたなんて知らなかった。