向かう先へ(1)
「約束してユーイ・・・
例え、この先何があっても私の心は貴方の中に在って
貴方の心もまた私の中に在ると言う事を」
「約束致します。この先何が起ころうとも私は--------」
□□□
ゴンゴン
「おいー!!いつまで寝てんの!?朝だぞー!!」
サラはけたたましくドアを叩く音に目を覚ました。木製の簡易的なドアが壊れるのではという勢いでずっと叩かれている。視界に入ってくるのは見慣れない天井と、カーテンの間から見える外の景色だった。
ゴンゴンと叩く扉の向こうでロアが呼んでいる。
「・・・夢じゃないのか」
目尻の横に残る乾いた涙の痕。昨夜ユーイから話を聞き、そのまま泣き疲れ眠ってしまっていた。
「ロア、ドア壊れちゃうよ」
「だってサラの奴ちっとも起きないんだもん」
「もぉーこれだから男の子は。サラー?出発前にご飯食べないと」
ロアとミアの声が扉の向こう側で聞こえた。2人のにぎやかなやりとりにサラは重い体を起こしドアを開けた。
「あっ!やっと起きたっってうわっ」
「サッサラ顔どうしたの、ひどい顔してる」
「ん~いろいろ考えてたら寝れなくて。顔洗ったら行くね」
サラは顔を洗う為、部屋に備え付けてある洗面台の前に立った。
ロアとミアが言うようにひどい顔をしている…
目は赤く腫れ、顔もむくんでいる上、髪はぼさぼさに跳ねている。
サラはパンッと両手で顔を叩き蛇口をひねった。流れて来る水はとても冷たく引き締められるようだった。
「おはようございます」
「サラ、おはよう。昨日はちゃんと眠れ…てなさそうだね。体調大丈夫?」
「大丈夫です。ちゃんと眠れてます」
「そっそう?それならいいけど。朝食を食べたら出発だから」
「はい。・・・イオーレとギルさんは?」
「2人は先に出てたよ。イオは珍しく村のはずれにある工房で買い物するらしい。
ギルは裏で経路の最終確認をしている。」
「ミアー俺たちも暇だからギルの所行ってようぜ。いいだろユーイ」
「あぁ。いいよ。邪魔にしないようにね。僕たちもすぐ出るから、時間になったら村の教会に来るように」
「おーう!!」
ロアとミアは小走りで宿から出て行った。ドアがバタンと閉まると、部屋は急に静まり返った。
テーブルの上に用意されていた食事にサラは手を伸ばした。
「2人のこと悪く思わないで欲しい・・・」
「・・・ロアとミアの事ですか?」
「あぁ…君をこの世界に連れて来てしまった事は僕らにも責任がある」
「例え今の現状が2人がきっかけだったとしても、2人を責めたりしないですよ。
帰れないことを理解するには時間がかかると思いますけど。私は来るべくして、ここへ来たんだって…そう思えるようになりたいです」
(あの日…雨の中、怜ちゃんと西沢さんの姿を見て現実から逃げたいって強く願ったのは私自身だった。次元の行き来なんて非現実的な力のことはさっぱりわからないけど、逃げたいって強く思わなければここに来てなかった気もする)
「僕たちもできる限りの協力はするよ」
ニコリと優しく微笑むユーイは朝日が当たり輝いて見える。その微笑みに胸が高鳴っていく。
「それにしても、不思議な力が使える世界なのに移動手段は徒歩なんですね」
「そうなんだよね。特に僕たちが歩いてきたあの森はゴブリンや珍獣がいるから目立つ乗り物が使えなくてね。飛行船とかもあるにはあるけど、怪鳥が襲ってくるから時間は掛かっても徒歩が一番安全なんだよ」
「そうなんですね」
「この村のビスコっていう猛獣使いに頼めば、怪鳥やこないだ襲ってきたゴブリンに乗って移動だってできるんだけど、今いないみたいだから」
ユーイの言葉にサラはビスコという人物が留守で良かったと思った。あんな恐ろしいゴブリンや巨大な鳥に乗るなど考えただけでも身震いした。
□□□
サラとユーイは支度を終え宿を後にし教会まで歩いた。着ていたスーツとパンプスはそのまま置いてきた。徒歩での移動となれば、荷物は極力少ないほうがいい。少々後ろめたさもあったが新しい服と靴を身にまとうと気持ちが前向きになるような気がした。
「そういえば『怜ちゃん』って君の恋人?」
「えっ!?」
「昨日取り乱した時に言っていただろう?」
「そっそうでしたか!?」
「うん」
サラは頭を抱えながら深く息をついた。昨日のことを思い出しても全く覚えてなかった。覚えてはいるが自分が怜の名を口にしたことは無意識だった。
「両親の後にすぐ名前が出て来るから『ちゃん』って呼んでても恋人なのかなと思って。あたり?」
「怜ちゃんは恋人じゃないです、私の好きだった人です・・・」
「だった?」
「怜ちゃん…結婚するんです。だから、私は完璧失恋です」
「…そうか。ちゃんとサラが想いを伝えられてから、こちらに来られれば良かったのに」
「えっいえ。それは…どうせ失恋ですし・・・」
「そうだとしても、想いを伝えることは大切だよ。
自分の想いをその人に伝えることができる。それだけでも特別なんだよ」
イオーレの言葉にはサラはどうして今まで怜に自分の気持ちを伝えなかったのか初めて疑問がわたいた。しかし今となっては全てが遅い。昨日聞いた「政略結婚」の話もあり、ユーイの言葉が重く感じた。
狭いトンネルを抜けると、小さな教会が見えてきた。入り口には既に皆が待っている。
屋根の上に小さな十字架が見えた。
「よし!全員揃ったな!!
ここから城までの最短ルートを確保した!ちょっとばかし道中荒れてる所もあるが、まぁここでの1日分を取り戻さねぇとな」
「あーあーここからまた歩きかぁ…」
「ロア、文句言わない」
「だってよー」
皆が歩き出す中、サラも一歩踏み出す。空は昨日の嵐が嘘だったかのように快晴だった。
土のぬかるみが残るが、直ぐに干上がりそうだ。