動き出した世界(3)
翌朝、カーテンの向こう側は晴れていた。高い建物のない村には蒼く澄んだ空が昨日まで歩いてきた森の先まで続いている。薄っすらと白い雲が島の間を浮かんでいるが、大雨になるとは思えない程だった。
サラは昨日約束した通りロアとミア3人で村へ出かけることなった。昨日貰った服を着ると、まだ見慣れない自分の姿が鏡に映っていた。次着る時の為にシワにならないように丁寧に畳んだスーツとシャツは机の上に置いたまま。
「サーラー?早くしろよー」
玄関先でロア声が響いた。サラは急いで部屋を出ると玄関にはすでにロアと見送る為にユーイがいた。
階段を降りて玄関までおりると、慣れた様にユーイが玄関先までエスコートしてくれた。ふわりとほほ笑む表情にわざとらしさはなく持って生まれたものを存分に引き出していた。
「気を付けてね」
「はい。行ってきます。夕方までには戻りますね」
「早くしろよーミア」
「ちょっと待って。すぐ行く」
「2人もサラを頼んだよ。ちゃんと護衛してね」
「はいっ」
「へーい」
サラは『護衛』だなんて大袈裟だと感じつつ、実際は年長者である自分がしっかりしなくては、と内心思っていた。昨日も村に来たロアが市場まで案内してくれた。サラは前にいる2人の後姿に自然と和んでいた。
(そういえば、この二人の能力が私をこの世界に連れてきたって前言ってたけど…
あれってどういう意味だったんだろう)
市場へやって来ると、そこには色とりどりの果物や野菜、そしてアクセサリー、仕立てる前の布などが
狭い通りにひしめき合い賑わっていた。サラはこの市場まで来る途中、路上で横たわる人を何人か見かけた。住人たちの衣類は、今自分が着ているものよりも古く、劣化していた。ユーイたちが着ている服ももちろん上品であった。やはり城に仕えている者と、離れた町では貧富の差があるらしい。
「サラ、クッキー買って行こう。あ!こういうのだったら皆も食べれるかな?」
「うんっそうだね。お土産に買ってこう!どれにする?」
「えっとね、これと、これと…ロアはどれがいい?」
「あれ・・・?」
突然、ミアの隣にいたはずのロアが居なくなっていた。2人は店を離れ、辺りを見渡すがロアの姿はない。
市場の引き込む店主の声や奥で水洗いをする食器がぶつかる音、村の雑音だけが先ほどと変わらずに響いている。
「ロア??」
「どこに行っちゃったんだろう」
泣きそうになるミアを横に焦るサラだったが、できるだけ優しくミアに告げた。
「きっと大丈夫だよ、ロアは昨日もこの辺りで遊んでいたんだし一緒に探そう?」
「うん…」
(ユーイ達は私たちが出かける事を止めなかった。
と言う事はこの街の治安は悪くはないはず・・・)
ミアは強く頷くと、溜まりかけた涙がスッと奥へ引いて行った。サラはそれ確認しもう一度辺りを見渡した。2人は市場をを何度も往復し、宿までの道を歩いたがロアの姿は見当たらない。あれ程晴れていた空も次第に雲行きが怪しくなっていく。イオーレの予報は当たるみたいだ。市場の奥に来ると、賑やかさが薄れとても静かだった。
□□□
その頃ロアは、村の外れにいた。昨日抜けた森の中に再び入っていくと、道ではない方へ進んでいた。荒れた草木を掻き分けながら何かを探しているようだった。遠くの方で雷が鳴っていた。頭上には自分よりも大きな鳥が羽を広げている。
「クソ…雨が降る前に帰らないとユーイに叱られる」
額にじんわりと滲んだ汗を腕で拭うとロアは再び歩き出した。しばらく歩くと開けた場所に出た。そして大きな大木がそびえ立っていた。ロアはその前に立ち再び空を見上げた。
「おーい」
大木は太い枝がいくつも分かれていた。その1つに枝にもたれかかる人影がある。ロアの声に目を隠していたバンダナを半分上げた。
「やっと来たか」
ロアの姿を確認すると、青年は口角を上げた。高い枝の上で身軽に立ち上がるとそこからは村が一望できた。空に浮かぶ島にも届きそうなほどその大木は高くそして力強かった。
青年は指を口に運ぶと音を鳴らした。笛の様な音に、飛び交っていた怪鳥の1羽が青年の所へ向かってきた。怪鳥は音を立てて大木に近づくと、青年は簡単にその背中に飛び乗った。怪鳥の羽1枚ほどにしかない青年の体を乗せ怪鳥は地上へと下降していく。ビュンビュンと急下降していくと地上ギリギリの所で青年は怪鳥から降りた。
「遅かったなロア、待ちくたびれたゼ」
「アクシデントがあったんだよ」
「アクシデント?」
「まぁ大したことじゃない」
□□□
遠くの方で鳴っていた雷が次第に近くなってきている。夕方から雨が降るからそれまでには宿に戻るようにとユーイに言われている。村のメイン通りや来た道を何度も往復しているがロアを見つけることができなかった。どれほどの時間がたったのか時計を確認しようと腕を見たが、壊れた為部屋に置いてきたのを思い出した。隣で心細そうにするミアにサラはやはり宿に戻り、誰かに相談しようと考えたその時だった------
「あ!ミーアー」
突如聞こえたロアの声に二人は路地裏を覗いた。メイン通りから1本入った道だ。
「ロア!!」
「よかった」
ケガもないロアの姿にほっとするサラ。ミアはロアの前に立った。
「もうっ!!どこいってたの!!心配したんだから」
ミアが声を張りロアに怒った。ここ数日一緒にいるが、こんなミアを見るのは初めてだった。それに驚いたロアの様子からも、普段とは違うのだと感じ取れたサラ。
「どこって昨日も遊んでたゲームの所だけど、俺お前にちゃんと言っただろ」
「聞いてないっ」
「言った!」
「聞いてないもんっ‼勝手にいなくならないって約束したのに」
2人は声を荒げ怒りりだした。その2人の姿を見てサラは、ふと似たような場面をまた思い出した。
(そういえば…私も小さい時、怜ちゃんにこうやって怒ったことあったっけ・・・
あれは確か----近所の夏祭りのお化け屋敷だった。怜ちゃんが先に行っちゃって、私だけそこから出れなくて…その後怜ちゃんは直ぐ戻ってきてくれたのに拗ねた私は一言も話さなかったんだ・・・)
「ロア、ミアすごく心配してたから。私も心配だったし…
だから謝った方がいいよ。ロアが言ったのは本当かもしれないけど心配かけたんだから」
ロアは反論したそうな様子でサラを睨んだが、ミアが怒ったまま、来た道を引き返し始めた姿を見て不安そうになっていた。
「ほら、行っちゃうよ。時間たつと余計言いづらくなるから・・・ね?」
「・・・わかったよ」
俯かせた顔を上げ、ロアは歩き出したミアの元へ向かった。ぎこちない2人の姿もまた可愛らしいと思ったサラ。夕刻に近づき、そろそろ帰ろうとした。
「こいつぁ~驚いたな」
「まさか本当だったとは」
サラの背後から聞こえる気味の悪い男の声に背筋が凍り付いた。
「本当に姫がお忍びでこんな村に来るとはな」
「ケッケッケだから言っただろうよ。昨日見かけたって奴が何人かいたからな」
サラが恐る恐る振り返ると、そこには体格のいい3人の男達がいた。こちらにやって来る男達に恐怖を抱き離れる様に、一歩後ずさりすると、荒々しく腕を掴まれた。
「痛っ」
「へっ護衛も付けず丁度いい!絶好の機会だ!!参首の騎士様はご一緒じゃないんですかっお姫様」
「こいつは都合がいい。隣国のバッカスにも売り払ってやろうぜ」
「「サラっっ!!」」
サラの叫び声に気付きミアとロアが振り返ると、サラを取り囲む大柄の男達。メイン通りからの中道は人通りが少なく、通行人もいなかった。
「お前らも動くなよ。動いたらどうなるかわかってるだろ」
サラの腕を掴んでいる男が、ポケットからナイフを取り出しサラの首筋に突き付けた。掴まれている腕に痛みを感じるサラ。首筋のナイフが視界に入り恐怖でギュっと目を閉じた。
「誰だよお前ら!」
「おチビちゃんたちには関係ねぇーよ」
後ろにいた男が何かに気付き、ロアとミアに近づいていく。
「お前ら、その首からかけてるもんはもしかして」
ロアとミアは2人の体にしては大きい目のロザリオをいつも首からぶら下げている。銅色の少し古びたロザリオは星座を象った様にも見える。
「まさかディーガル族の-----だったらなんでこんな」
「八ッそれこそお前らに関係ねぇーよ。行くぞミア」
男が驚いている一瞬の隙で、ロアとミアは目の前から姿を消した。それはイリュージョンステージの様な鮮やかさだった。サラは突き付けられたナイフの存在を忘れるくらいだった。
「どっどこいったあいつら!?」
男たちは辺りを見渡すがどこにもいない、すると
「くらえぇぇええ!!」
「ロアちゃんと狙い定めて。サラに当たっちゃう」
声は地上からではなく頭上からした。それを辿ると頭上より、遥か高い所からロアとミアが下降してくる。銅色だったメダルは銀色に光り、ロアが呪文を唱えるとロザリオから短剣が出てきた。
「なっなんだあいつらっ」
「知らねぇよっいつの間にあんなところに・・・」
「逃げっわっわっわわぁぁぁぁあああああ」
ドドドドドッゴォォォオオン
爆音にも似た激しい音を立てながら、辺り一面砂煙が舞った。
「げっほっげほ」
「クッソ聞いてねえぞ…なんなんだあいつら」
「いいからあの女だけでも捕まえて逃げるぞ」
砂埃にサラがむせていると、衝撃で男の手が離れたことに気が付いた。慌てて逃げようとサラは砂煙の中立ち上がっが視界が悪くどちらへ向かえばいいか戸惑うサラ。
ブゥゥゥウウウウン
「えっうわあっ」
突如、突風が吹き荒れ全身に力を入れなければ立っていられないほどだった。立ち込めていた砂ぼこりは一瞬に消え去り、霧のように視界を濁らせていた砂埃が晴れて行く。
「ミア・・・?」
風の方を見ると、今度はミアのロザリオから突風が吹き出ていた。
(そうか…ユーイが外出を止めなかったのもこの街の治安云々じゃなくて、ロアとミアが一緒だったから・・・?)
「やっぱりあの物…ディーガル一族の所有するモンだ」
「どうするよ兄貴」
「あのガキなっ-----うぐっぐあっ」
男たちが持っていたナイフは衝撃で飛び、体中に細かな傷を負うはめになった。次の手を考えているその時だった。
「はーい。終了~」
「「ギル!!」」
ロアとミアの声にサラも振り返ると、ギルがそこにいた。そして男の腕を簡単に持ち上げていく。
「いでででっ離せっはな」
「おっお前はっ!!参首の騎士っっ」
「この野郎っ」
「危ないっ」
ギルが掴んでいる腕の反対方向から男が殴り掛かろうとした----
しかし男の拳が届く前にギルが男の拳を掴んだ。
「言っとくが、3対1でも俺は負けねぇよっっ」
ギルは言い終わらないうちに、掴んだ2人の男を勢いよく3人目の男の方へぶつけた。
「「「ぐはっうあ・・」」」
男たちはその衝撃で3人とものびてしまった。ギルとの力の差に驚きつつも安堵するサラ。
「大丈夫か?」
ギルはサラの方にやってくると声をかけた。
「はっい。大丈夫です。ありがとうございます」
「お前らまた勝手にそれ使うとユーイに怒られるぞ」
「だって緊急事態だったんだから仕方ないだろ」
先ほどの光景を思い出すサラ。自分が異世界へ来た事を改めて認識した。姿は同じでもこの世界は自分がいた所とはまるで違う法則で動くものがあるのを肌で感じた。ロアとミアは一体何者なのか、サラは男たちの言っていたことも気になっていた。
「皆ー大丈夫??」
ユーイとイオーレが少し遅れてやってきた。どうやら表で騒ぎになっていたらしく、たまたま見かけた通行人が3人に知らせてくれたらしい。
「俺たちだけでも十分だったよな!ミア」
「ごめんね、恐い思いをさせて。ケガはない?」
「大丈夫。ロアとミアが助けてくれたし、すぐにギルさんも来てくれたので」
「よかった・・・」
「あの、この世界はあまり平和ではないんですか?
さっきの男達は私の事お姫様と勘違いして、どこかに売り払うって言ってましたけど…
なんて言ってたかな…バッサ、バザ」
「・・・バッカス」
「あっそうです。そこです」
サラがユーイを見ると、少し考え込み再び顔を上げサラを見た。
「ごめんね。危険な目に合わせてしまって。君にちゃんと話すよ」
「いいのかユーイ。もしかしたスパイかもしれねぇーぞ」
「これも何かの縁だろう。イオもいいね」
「ユーイがそうしたいなら、俺は構わない」
遠くの方で雷の音がした。空はどんよりと分厚い雲が広がり、イオーレが予報した通り雨が降り出した。
…