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その時は突然に

青白い光に包まれ、心地よい浮遊感に漂っていると

 

全てから開放される、そんな不思議な感覚だった


胸の痛みが押し寄せ、逃げ出したいと強く思えば思うほど


やわらかな光が沙羅にそっと触れて宥めてくれた・・・。






□□□


「…っ」

「・・・いっ!」

「おいっいい加減起きろっ!」

「やめなよ。そんな大きな声をだすのは」


沙羅の意識がぼんやりと戻ると、浮遊感のある感覚はなくなり、入れ替わる様に重たい重力が体に圧し掛かる。土の匂いが混じる中、辛うじて沙羅の耳に男の人と子供の声が聞こえた。


「だいたいお前がミスったんだろ、なんなんだよこの女」

「知らないよそんなこと!」

「ロア、落ち着いて」


沙羅が目を開けると太陽の光にで眩んだ。先ほどまで雨が降っていたはず。自分の衣類もずぶ濡れだった。しかし頭上には晴天が広がっていて、自分の衣類も濡れている感じがしない。すると傍にいた男が横たわる沙羅の顔をのぞき込んだ。


「大丈夫?」


沙羅を覗いた男はまるで、絵本から抜け出したよう容姿だった。金髪の髪が太陽の光で透け更に輝きを増していた。整った顔立ちと、澄み切った水色の瞳は西洋の顔立ちに近い。これは夢だろう、とぼんやり考えながら沙羅は戻らない思考のまま、男を黙って見ていた。


「どこか痛む?自分の名前とかわかる?」

「…ら…沙羅」

「サラ?」

「喋った!!」


男の整った唇からやわらかな声が沙羅の耳に入る。背中にひんやりとした土に感触に自分は倒れていると気づき、身体を起こそうとしたが力が入らない。突如激しい頭痛に襲われた。内側からハンマーで殴られるような感覚に沙羅は顔を歪めた。


「あ、無理しないで」

「ごめん、なさぃ・・・」


そして沙羅はまた意識を手放してしまった。遠くで聞こえる声を、必死で手繰り寄せるが意識は重く深くへと沈んでいく------


「おぃおぃ、また寝むっちまったじゃねーか」

「どうするの?ユーイ」

「どうするって言っても、このまま置いていくわけにもいかないよ…見た所現世の人間みたいだし。目が覚めるまでは一緒にいてあげないと、ここは危険だ」

「放っておくと珍鳥のエサになるね」

「イオ、そういう冗談は言わない」

「・・・冗談じゃない」


ユーイと呼ばれた男性は、横たわる沙羅を軽々と抱え立ち上がった。森林の奥からは珍獣の遠吠えが響いていた。生い茂る木々の間からは珍鳥が飛び交う様子が切れ切れに見えていた。


「ロア、その子の荷物運んで」

「えーっなんで俺が!ギルにやらせてよ」

「元はと言えば君の転生術でこうなったんだろ。責任は君にある」

「それはそっちが!!」

「ロア止めて。私が持つから」


ロアと瓜二つの顔をした少女が、周りに落ちていた沙羅の荷物を拾い急いでユーイの後に続いた。


「ありがとうミア」


微笑むユーイに少し頬を染めるミア。ロアは不貞腐れながらもミアにならい後に続く。

彼らは5人で行動を共にしていた。沙羅を抱えるのユーイ、その隣には9歳くらいのロアとミア、先導するのは5人の中で一番体格のいいギルという男だった。最後尾には口数の少ないイオーレがいた。森林の中を慣れたように歩いて行くが、明かりはなく町すらも見当たらない。沙羅が走っていたビル街はどこにもなかった。



□□□


再び沙羅が目を覚ますと、辺りは暗闇だった。ゆっくりと体を起こすと近くに焚き火がある。橙色の温かみのある炎をぼんやりと見つめながら、沙羅は自分が何をしていて、ここはどこなのかを思い出そうとした。まだ残る頭の痛みに沙羅は眉間に皺を寄せた。沙羅が起きたのに気づき、火の番をしていたイオーレが沙羅に近づいた。


「動けるか?」

「・・・ここは…?私どうし…」


炎の明かりがゆらりと大きく揺れた。いつもいる自分の世界とは違うと直感した沙羅。警戒心や恐怖心を抱く前に自分の現状が全く理解できずにいた。先ほど目が覚めた時何人かの声がしたと思ったが、今はイオーレ1人しかいなかった。


「そうだな…説明する事がたくさんありすぎるから

出来たら俺じゃない方が適任なんだけど・・・今みんな食料探しに行ってて。もうすぐ戻ってくるとは思うけど」


男の黒髪が夜風でサラサラとなびいた。落ち着いた物言いに自然と頷く沙羅だった。ゆっくりと辺りを見渡すと、空には驚くほど近くに星々が輝き、遠くではフクロウが鳴いていた。


「あの、私今日中に家に帰れますか?」

「今日?それは無理。ここは君がいた世界と違うから」

「・・・世界ってえっと、じゃあどうやって帰れば」

「しばらくは無理だと思うよ。というか俺がどうこう言える話じゃないから」


無表情なまま言い続ける彼に戸惑う沙羅。心地よかった夜風も、次第に寒さを感じた。男は立ち上がり、サラに手を差し伸べた。


「寒いんでしょ?あっち、火焚いてあるから」


ギィィイイイイ


「キャアッ」


森の中から獣の鳴き声に驚き悲鳴を上げた。沙羅が身を強張らせる一方でイオーレは黙って森を見つめている。静まり返る辺りに、沙羅はイオーレにしがみ付いた。この時の沙羅は辺りが暗かった為、森の珍獣も空を飛ぶ怪鳥の存在もまだ知る由もなかった。そこは明らかに地球では存在しえない生き物たちが蠢いていたのだった。


「あっ…あの・・・」

「大丈夫。闇雲に襲ってきたりしないから」

「そうですか・・・うわぁっごめんなさい私っ」


沙羅はイオーレの背中にしがみ付いていた事に気付き慌てて離れた。無表情だったイオーレが一瞬クスリとすると、もう一度沙羅の前に手を差し述べた。あまりにも自然に差し出された手に沙羅も躊躇なく手に触れると、イオーレの指先はひんやりとしていた。沙羅はふと、男の人の手を握ったのは怜ぶりだと気づいた。

----あれは沙羅が小学校3年生の時、学校の帰り道で転んで蹲っていると、たまたま通りかかった怜が沙羅の手を引いてくれたのだった。


「・・・どうした?歩ける?歩けないなら抱えてくけど」

「ぁっ歩けます…」


そのまま焚火に近づくと、パチパチと爆ぜる音と火の粉が夜の闇を照らしながら舞っていた。そして自分が羽織っていた布をサラにかけた。沙羅は悪い人ではなさそうだと安堵した。


「ありがとうございます…えと」

「・・・?」

「お名前は?」

「あー俺はイオーレ。あんたは?」

「私は-------」


沙羅が名乗ろうとすると、賑やかな声が少し離れた森林の中から聞こえてきた。森の方を見ると、その声が段々と近づき、ぼんやりと灯が見えてきた。


「ゴメン!イオ遅くなった」

「たっだいまー!」

「あっー起きてる!!」


森の奥から出て来たのは先ほどの人物たちだった。両手にはたくさんの果物や肉を持っている。我慢できなかったのか、ロアはハムにかぶりついていた。立ち上がっている沙羅に気付くと驚いた様子を見せた。


「よかった。目が覚めたんだ」


先程と同様に、絵にかいたような顔は性別問わずに魅入ってしまいそうだった。沙羅は咄嗟に足元に目をそらすとジャケットの裾をツンッとひっぱられたのに気づいた。軽く後ろをみると小さな女の子が立っている。


「これ、どうぞ」


女の子がひょっこりと出て来ると、手に持っていたリンゴを沙羅に手渡した。左右三つ編みをした少女は、隣でハムにかぶりついている少年と同じ顔をしている。西洋の身なりをしている3人と比べ、2人は東洋風の服を着ていた。


「イオ、彼女になにか話したかい?」

「まだ、何も。今起きた所だから」

「そうか、じゃあ夕食をとりながら話すとしようか」


手にしたリンゴは赤く艶めいていた。唯一の女の子の存在に親近感を持ったものの、サラはまだ夢の中に取り残されている感覚だった。慣れた手つきで皆が食事の準備に取り掛かっていく。アウトドアなどあまりしたことがない沙羅は手伝うこともできず見ているだけだった。気が付けば目の前には、パンとスープが沙羅の分も取り分けられていた。鼻腔をくすぐる香りに自分が空腹だったことに気が付いた。


「「「いただきまーす!!」」」

「とりあえず、自己紹介からだね。僕の名前はユーイ・サミュエール、さっきまで君と待っていたのがイオーレ・リアム。あの女の子はミアでその隣の顔のそっくりな子が兄のロア、見ての通り二人は双子だよ。その隣にいる口の悪いのがギル・ジャンクス」

「おい、その紹介の仕方やめろ」

「わかりやすいだろ?」

「わかりやすくねぇよっ!」


各々食事を手に持ち焚火を囲むようにして座った。沙羅の隣にはユーイが座り、丁寧に彼らの名前を伝えていく。横文字の名前に沙羅はここがどこなのか余計にわからなくなった。


「ンでお前は?・・・名前!自分も名乗るのが普通だろ」

「ギル、言い方気を付けて」


沙羅の前で肉にかぶりついていたギルがギラリと眼光だけを沙羅に向けた。ユーイにくぎを刺されるとチェッとあからさまな舌打ちをし、焚火で焼いている肉をもう片方の手に取った。


「あー!!それ俺の!!俺が焼いてたやつ!!」

「うっせ!どれも一緒だろーが」

「俺が準備したんだよっ返せよ!!」

「ロア、私の半分あげるから」


ロアは立ち上がりギルから肉を取り返そうとするが、簡単に交わされてしまった。よほど悔しいのか火で赤くなった頬を膨らませ再びギルに挑んでいった。


「ごめんね、うるさくて」

「いえ、そんなことは…私は如月沙羅です」


沙羅が名乗ると場の空気が一瞬止まったのを感じた。遠くでまたフクロウや獣が鳴いている声が聞こえてくる。沙羅が戸惑っているとユーイがその沈黙を破った。


「そうか・・・やっぱり君はあっちの世界から来た子だったんだね」

「あっち・・・?」

「大丈夫、極々稀にあることなんだよ」


大丈夫、という一言に安堵するサラ。稀にあると言うことは自分だけではないと言うこと。そうであれば帰る方法もきっとあるのだと思った。


「わかりやすく言うと、この世界はいくつかの次元でわかれているんだ。例えば君のいた世界を、僕たちはゼーテって呼んでいる。たまに君たちゼーテの人が異次元に迷い込んで、こちらの世界に迷い込んでしまう時があるんだ君たちの世界ではなんて言ったかな?えとー神隠しとかだったかな」

「私も…迷い込んだんですか?」

「う~ん迷い込んだというより、無理やり引っ張られたのかな」


サラの質問にユーイは苦笑を見せると、長い指先で白い頬をかいた。その仕草さえ、絵になりそうなくらいであった。自分の置かれている立場があまり理解できないままだった。


「引っ張られる?」

「まぁとにかく、こちらの世界は君がいた世界とは全く違う。

姿形は似ていても文化や歴史、全てが違うんだ…魔法?呪い?って言うのかな、そういう類のものがこちらの世界では存在している」

「魔法?」

「まぁこの辺りは追々ね。スープ冷めないうちに飲んで」

「はい・・・」


サラはスープを口に含んだ。温かさが冷えた身体に染みていきトマトの酸味が広がった。ジャガイモやニンジン、玉ねぎなどミネストローネ風のスープはとても美味しい。


「私は、いつ帰れるんでしょうか」

「…ごめんね、しばらくは帰れないんだ」

「でもさっき稀にあるって・・・私は帰れるんですよね?」


ユーイの言葉に飲んでいたスープの手が突然止まった。明日はいつものように朝6:00に起きて出勤しなければ無断欠勤となり上司に怒られる上、始末書も書くことになると簡単に想像できる明日の危機にサラは慌てていた。おまけに数日家を空けるとなれば家族にも心配を掛ける誰にも伝えていないと、次から次へ不安が沸きあがってきた。


「次元を行き来するのはとても難しいことなんだよ。同次元なら容易いけれど、異次元となると話が変わって来る。いくつもの次元が混在する中、体が消滅することだってありうるんだ。君が無事にこちらへ来られたのは奇跡に近いんだよ」

「・・・そんな」


真剣に話すユーイの表情は次元を行き来することへの難しさが伺えた。置かれた状況を理解できないサラにとっては今ここで介抱してくれた5人を信じるほかなかった。自分がどうやってここに来たのかもわからずもちろん帰る方法もわからない。ユーイは肩を落とすサラに気付きそっと付け加えるように言葉を紡いだ。


「今は、だから。城に戻ったらゆっくり考えよう」

「はい。しばらくということは、帰れないってわけじゃないんですよね?いつか…時間はかかっても」


ユーイは顔は炎の明かりに照らされていた。先ほどの厳しさを取りサラを安堵させるように微笑みながら伝えた。それは真っ暗な闇に落とされながらしっかりと明かりを照らしてくる優しい表情のように見えた。


「もちろんだよ。必ず君を元の世界へ帰れるようにするからね」


夜風が揺れ炎も左右に揺れる。サラは頷き、もう一度冷めかけたスープを飲みほした。視線を感じ顔を上げると、イオーレがこちらを見ていた気がしたが、すぐに視線をそらされた。


「私たちはティスティナという国の王族の使いなんだ。隣国への調査が終わって城に戻る途中なんだ。

2週間くらいはかかるから、それまで不便をかけると思うけど、なんでも言ってね」


サラはスープを全て飲んだ。それは今まで飲んだどのスープよりもおいしいと感じる一杯だった。まだどこかで、ここは現実ではなく夢のような感覚だった。目が覚めたらいつもの様にアラームで起き、満員電車で怜と同じ職場に向かう…そんないつもの日常が戻って来る気がしたサラだった。


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