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序章3

 

「な、なあ。あれは、なに?」


 陽翔は震えていた。


 食糧の運搬に村に立ち寄ったという。おおきな荷車を引いているのは牛でも馬でもない。

 人だった。

 そしてそれにまたがるのは豚面の怪物。


「牧場から中央へ食糧を出荷するんだって。言ったでしょ、私たちの仕事は食糧の生産」


 その荷台である。中まで正確に視認できなかったが、ところどころ空かれた空気穴から助けを求めるように飛び出したその生き物の姿は、陽翔にとっても見覚えがあるものだった。いや、とはいえそれを認識することを脳が阻害していた。ぐちゃぐちゃと考えがまとまらない。


「運ばれている肉って、まさか、……いや」


 それは、人の四肢に類似したなにかだったのである。


「人間、じゃないよな?」


「ん? 違うよ!」


 否定の言葉に安堵しかける。


「食糧用は第四階層だよー」

 そう言った。


「ああ……聞きたいことが山ほどあるんだ」


 陽翔は自身の手に視線を落とす。


「この世界はどうしてここまで狂ってる?」


「ん? なに?」


「なぜ、人を! そしてそれをなぜなにも思わない、止めようとしない」


「だってあれは第四階層だよ。それに貴族の中には人間を食糧とする方々もいる。第四階層と貴族、どっちが優先されるかなんてわかるでしょ」


「わかるか!」

 だが、わかったこともある。


 いや、薄々わかっていたことでもあったが。この世界は――


 魔物によって人間が支配された世界だ。



 次の瞬間、陽翔はただ飛び出していた。輸送車の進路の前に躍り出る。


「なんだ? 人間、邪魔だ。通れんだ……」


 次の瞬間ムチを振るっていた豚面は地面へ崩れ落ちていた。


「ぶ、ぶひ、おまえ、な、が」


 その醜悪な頭を踏み潰す。円形に汚い鮮血が撒き散らされた。


 周囲から悲鳴が上がる。


「俺がこの世界にきた意味。なすべきこと、そんなのどうでもいい……」


 陽翔は荷台に手をかけると、壁を引きちぎる。


「逃げろ」


 解き放たれた荷台からは裸の人間たちが這いつくばりながら周囲に広がっていく。


 歩くこともできないのか? 逃げ惑うその存在は、人間として今まで扱われてこなかった彼らは、うつろに示さない視線をどこかに向けながら、よたよたと周囲に四散する。生きたいという生存本能だけは、奪われなかったのか。


 陽翔は思わず地面に膝をついた。とめどなく涙がこぼれていた。何の絶望かわからなかった。何の感情かわからなかった。


「っ、くっそぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 陽翔は思いっきり地面をたたいた。


 地面は円形にひび割れ、揺れる。


 自分に与えられた力。だとして……。こんな世界で。


「なに、考えてるの!」

 声を発したのはリーリアだった。


「なに、考えているって? 殺されようとしている人間がいる! だから助けた!」


「助けた? なに、言ってるの! あなたは貴族を殺した! 貴族を、殺したんだよっ!」


「貴族? この豚のことかよっ!」


 そういって陽翔は、顔のつぶれた豚をけり上げる。


「きゃぁあああああああああああああああっ!」


 悲鳴が一層、大きくなる。いいようのない、陽翔の絶望も、同時にまた。


「どうかしている。もういいんだ、おれは好きにやる!」


 好きに。


 震える、血まみれの拳に視線を落とす。少なくてもあらがえる力は宿っている。


「リーリア、危険よ、離れて! あれは邪神に取りつかれた悪魔だったのよ。警察には報せが行っているわ。早く逃げるの! 殺される!」


 リーリアの手を引いたのは彼女の母親だった。


「……悪魔! あんたなんかに感謝するんじゃなかった! 助けたのは、わたしをだまして、村にくるためだったのね!」


「……悪魔、か」

 言いながら、陽翔は天を仰ぐ。


 帰りたい。心のそこから。帰って熱い風呂に入って、寝たい。そうすればこの悪夢も終わるだろうか。


 が、現実。これが、紛れもなく!





「警察だ! 両手をあげろ」


 いつの間にか陽翔は囲まれていた。とかげの怪物。ドラゴンだろうか? 黒い軍服のようなものを身にまとう。身長は2メートルを越えるとかげの怪物が10体。そして。


 パンという破裂音が響く。


「っ!」


 彼らが手に持っているものは拳銃だった。


「冗談だろ、この世界は! 剣と魔法じゃねえのかよ、なんだ、そ…」


 言い終わる前に二度、三度の発砲。


 が、かわす、すんでで。


「拳銃もよけれる、このチート……。だけど」


 瞬時に地面を蹴りとかげの間合いに入る。


「たりねえだろうが!」


 とかげのみぞおちに拳を叩きいれる。


「か、てぇ!」


 とかげは数メートルふっとび地面を転がるが、起き上がる。


「全員撃て!」

 怒号。その瞬間、周囲からの発砲。


 かわしきれない。



「ぐぁああああ」


 横腹に直撃する。体までは入らないが、とはいえ激痛。焼けるような衝撃。生まれて初めての……。


「くそ。くそぉおおお」


 怒鳴り声をあげながらとかげに飛びかかり押し倒す。そのままマウントをとりながらとかげの頭に向かって何度も拳を振り下ろす。

 振り下ろすたびに血が飛び散る。


「ミシェルから離れろ、キサマァァ!」


 陽翔の背中に向かって発砲。


 何発も、何発も、陽翔に突き刺さる。


「ぅああ! あーーーー! ああああああああああああああああああああっ!」


 満身創痍だった。


 ただ、殴る。殴る。殴る。


 絶望のまま、怒りのまま、振るう。


 けがれた野獣のようだと、陽翔は思った。



「はあ、ああ」


 身体中の激痛はもはや痛みを麻痺させるころ、陽翔のまわりには10の屍が転がった。


 震える足を焚き付けて、ふらふらと陽翔は森へと向かう。


 これ以上は無理だった。身体中が痛い。


 なにが異世界だ。なにがチートだ。

 なにも。なにも成せない。



 ――――


「な、んだと! 食糧車の強奪。警察10人も殺されただと!」


 ソファーに座る豚面は戦いていた。


 ここ、第14箱庭(ビオトープ)の領主であり、人間牧場の管理監督者である貴族階級。ゴブリン。名をディスタグレイア・アモス・グレイド。


「規格外のバカだ。野獣に手綱はつけられないか?」


 彼には野心があった。ゆるぎない野心が。彼ら貴族の中では、牧場の運営こそが最も下層としてさげすまれる。人間濃などと揶揄される立場にある彼が、だからこそ、自己の復権だけを夢見ていた。


 そのために、本来、迅速に対処しなければならない、反政府組織すなわち、邪神教の行動すら泳がせていた。


「旦那さまにも情報提供を、と警察からの連絡も」


 そして、新たな火だね。陽翔という武器も秘密裏に手にしようとしていたのである。


「まあいい。リスクヘッジはもちろん大切だ。リスクも跳ね上がったがリターンも言うまでもなく。悪魔の化身はまだ政府には隠す。今回の事件は邪神教がやったことにしよう。昨年の抗争で警官の殉職者が出たときから世論は急速に傾いていた。今回の事件、疑う者もおるまい。そして、ついに及び腰だった政府も国内の邪神教の一層に国も動くだろう。その混乱のなか、悪魔の化身はワシが取る。そして……」


 そういって高らかに笑い声をあげる。


 そんな会話を部屋の外から聞いていた存在があった。


 豚面の化け物たちにあっては他のものと比べいくらかスマートな存在。その手には本を抱え、額には眼鏡が光る。


 ランディック・アモス・グレイド。領主は第四男となる、ゴブリンの雄。


「出世に狂った父さんじゃ、世界は動かせないよ」


 ランディックは、ぱたんと本を閉じた。


「革命に必要なのは力だけじゃない。大義が必要なんだ。大義が。だから僕がやるよ。新しい時代を作る」


 世界の均衡は、まさに今、飽和していた。破裂するには些細なきっかけで十分だった。


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