5/パーティーのあとで
メイズは、お開きとなったパーティー会場を後にし、一人南寮までの道を歩いていた。もらったたくさんのプレゼントが、彼女の背中についてくる。メイズは、杖翼を上に向けたまま、何も考えずに歩いた。プレゼントたちが、勇者の仲間のように後ろをふわふわと飛んで追いかけてくれるのが、なんだか可愛らしかった。メイズは、ふと空を見上げる。瞬く星が、今日の最後に祝福してくれているようだった。
南寮に着くと、メイズは癖で庭を見た。すると、思った通り、そこには砂浜が広がっていた。エルテが寝転んでいるのが見える。
メイズは、急いでプレゼントを寮の共用玄関まで運んだ。杖翼を一振りし、その場所に整列させると、メイズは再び外に出る。
「パーティーは終わったのか?」
近づいてくるメイズに向かって、エルテが言った。体を起こし、メイズの方を見る。
「うん」
「そう」
エルテは、感情のない声でそう言うと、立ち上がって手についた草を払った。同時に、仮想の砂浜は消えた。ここは本来、緑の芝生が広がっている。
「エルテも来ればよかったのに」
寮へと向かう途中、メイズが明るく呼びかける。エルテは、首を横に振っただけだった。
「知らない? 古代派が、近代派に仕返ししたんだよ? 血抜きの術で。薬を使ったのか、そこは分からないんだけど、それで、ティーリンが助けてくれたの。エルテも来れば、これが見れたのに」
「…それでも行かない」
二人は、共用玄関まで入った。共用玄関の先は、男女で共用できるフロアが広がっている。談話室や修練室、調理場もある。南寮は、まるで南国のリゾートに存在する開放感のあるホテルのような空間が広がっていた。二手に分かれた廊下の先は、男子寮と女子寮になっている。各自の部屋は上の階にあるが、自分の部屋のない方へ進もうとすると、床がその足を押し返してくる。寮の建物付近では、抑止圧が張られているため、飛行もできない。当然、壁をのぼることもできなくなっている。この完全なセキュリティは、生徒たちが安心して生活するために必要不可欠なものでもある。
メイズは、玄関に置いたプレゼントを見下ろした。
「今日はたくさんプレゼントをもらったなぁ」
エルテは、鬱陶しそうにそのプレゼントを見る。
「でも、本当は一日の始まりに、今日一番のものをもらったんだけどね」
「…は?」
メイズは、ふふふ、と笑った。
「朝起きたら、窓にこれが挟んであったの」
そう言って、上着のポケットから一枚のメッセージカードを取り出した。エルテは、それを見ても無反応だった。
「これ、なんだろうって開けたら、紙吹雪がパンって舞い上がってきたの。それで、カードの真ん中には一言、メッセージが書いてあって、私、この丁寧な字が好きなんだぁ」
メイズは、そのメッセージカードを愛おしそうに抱きしめる。
「…知るかよ。もう、誕生日もいいけど早く寝ろよ?」
「うん。おやすみ」
メイズは、呆れた顔で立ち去るエルテの背中を見送った。そして、エルテの背中が見えなくなると、手に持っているメッセージカードを開いた。
“君の善き日に、祝福を”
その筆記体の整然とした文字を見ると、メイズは頬を赤らめて微笑んだ。目を細めて、この世で一番愛おしいものを見るかのように、じっと見つめる。
ふと、目の前がぼやけた。
「えへへ…、ありがとう…」
そう小さく呟いて、メイズは溢れてくる前に涙をぬぐった。
翌日、ゾマーは、昨晩のトルードーズの話を聞いて、朝から診療室へ見舞いに行った。食堂で朝食を食べているときに話を聞いたゾマーは、食べ終えると、すぐさま足を向けた。
「なんだよ。古代派ってほんと陰湿だな」
ぶつぶつと呟きながら、診療室に並んだベッドで寝ているトルードーズのところまで来た。ベッドの傍に椅子を置き、ゾマーは、すっかり落ち着いて眠っているトルードーズの顔を見た。トルードーズの父親とは、面識がある。かつては名の知れた研究者だった。しかし、違法研究の罰として、今は牢獄の中だ。きっともう、三年になるだろう。トルードーズの父親は、ゾマーの母親と同じ研究所の元同僚だった。そのため、小さいころの記憶しかないが、ゾマーのことも知っているはずだった。
ゾマーは、両親ともに研究者で、近代科学魔法については英才教育を受けたようなものだ。もっとも、両親からの強要はなかったが、ゾマーは自然と古代魔法よりも好んでいた。両親ともに優秀だったためか、ゾマーの顔は近代科学魔法派の生徒たちに広く知れ渡っていた。ゾマーは、そのような視線など気にもせず、ただ自分の信念に従ってきた。そうしたら、いつの間にか代表者のような扱いになっていただけだ。
「ゾマー?」
トルードーズが目を覚ました。
「おはよう、ランプ」
「俺、なんでここに寝てるんだ?」
「覚えてないよな。昨日、血抜きを食らったんだ」
「えぇ? 覚えてないよ」
ランプ・トルードーズは、頭を押さえる。
「古代派のやつがやったらしいけど、ティーリンが初期の処置を行ったらしい。あいつ、人のいるところではいい顔するよな」
「そういうやつだろ…だから信者が多いんだ」
「ほんと、情けない話だよ」
ゾマーはそう言うと、むっとした顔をした。
「でも、誰がやったんだ?」
「分からないんだ。薬を使ったかもしれないけど、血抜きなんて、結構難度が高いだろ。やれるようなやつがいるか?」
「ダニーとか?」
「あのいけ好かない野郎か。なくはないな」
「シャノが関わってたりしないか?」
「俺もそう思ったけど、あいつは絶対に口を割らない」
「言えてる」
ランプは、乾いた声で笑った。
「とにかく、今日安静にしてれば、もう大丈夫だってさ」
ゾマーはそう言うと、立ち上がった。
「じゃあな」
そうして、診療室を後にした。
診療室を出たゾマーは、いったい誰があんなことをしたのか、改めて考え出した。ティーリンの忠実な騎士であるダニーという線もあるが、正直、彼ならもっと正々堂々と向かってくるだろう。他にも、ティーリンに起きたことをまるで自分事とする信者がたくさんいる。結局のところ、あれは失敗に終わったのだから、いつまで引きずるつもりだ。ゾマーは、それが理解できなかった。
診療室のある棟から離れたゾマーは、週末の誰もいない校舎を歩いた。がらんとして、話し声も物音も何も聞こえてこない。ゾマーは、そんな静寂を嫌い、足早に校舎を出た。
ゾマーは、校舎の裏にある丘まで歩いた。丘の向こうには、田園が見える。そこはもはや誰も管理していない世界だった。ゾマーは、景色が良く見える場所に座り込んだ。柔らかな風が髪の毛を撫でた。
ゾマーは、右腕を見る。シルバーの腕輪がちらりと光り、ゾマーは無邪気な少年のように笑った。
「ブティエント」
そう呟くと、腕輪の鉱石がほんのりと光った。そして右手で何かを持つように掌を上に向ける。すると、ちょうどその掌の上に小さな炎が浮かんできた。
「やった」
ゾマーは、嬉しそうにその小さな火を見つめる。なかなか出てこなかった炎にお目にかかれた。自分で出せたんだ。ゾマーは、しばらくその火を見つめていた。ゾマー自身、魔力がそれほど高いわけでもない。それなのに、代表者のように担ぎ上げられ、難しい魔法も使えるものだと勘違いされている。実際には、実力以上の魔術なんてなかなか扱えない。だからこそ、それを自覚しているゾマーは、こうして人知れず鍛錬を続けているのだ。ティーリンの高い能力にはまだ及ばないが、こちらにはそれを凌駕出来る近代科学魔法がある。野望を叶えるためには、まずは校内で一番にならなくては。
ゾマーはその日も、陽が暮れるまで鍛錬に勤しんだ。
その姿を、後ろからそっと見ている人影があった。その影は、虚ろな目をしてゾマーのことをしばらく観察していた。東寮のレティだ。
今日は学校が休みにもかかわらず、制服を着て、いつもとは違う色の着物の羽織を着ている。レティは、三十分ほど観察を続けると、ふっと寮へと戻った。