沼の絡繰り
ゆっくり書いていった方が思うがままに書けることに気が付いた。
異世界インセイン。
それがこの場所の名前らしい。
……それにしても、文字が日本語で助かった。これで全然違う用語だったりしたら全く役に立たない……いや、紙としては使えるか。
素材は紙だと思うが、手触りが硬い。木の質が硬かったりするのかもしれない。……紙の作り方なんて木から作られてるってこと以外分かんないけど。
そんな地図にメモされている森……髑髏マークつけてある上に、その横に星が五つとか完全に危険地帯じゃないか。そんな危険地帯の名前が、死獣の森……。
「ルル、キュ―リ……死獣ってなんだよ」
「キュウ……キュッキュ、キュ!」
「ニャ……ニャニャニャニャニャ!ニャ!」
ルルもキュ―リも一生懸命に伝えようとしているは十分に伝わってくるのだが、翼を左右に振られても、尻尾をピコピコ揺らされても全く分からない。
しかし死獣ね……こいつらは自然に進化した生き物なのだろうか?その割には、鳴き声と言い、表情と言い、豊かすぎると思う。
……死、か。死んでいる状態の獣、という意味で死獣なのだとすれば、一番最初にルルと出会った時に感じた、あの強烈な臭さは納得だ。死後何十年もたった獣の毛皮の匂いは想像を絶するものなのだろう。嗅いだことないから分からないが、恐らくそうだ。
少なくとも親父の靴下よりも何十倍もキツイ匂いがするはず。
……ん?待てよ、そうなると俺はなんで今、こいつらの匂いを臭いと感じない?確か、あの怪しさしか感じられなかった毒キノコもどきを口に含んでからだったっけ……おい。待て、待って、待ってくれ。まさか、あのキノコもどきを体内に摂取した場合、死獣と同じ体質になるとかいうわけじゃないよ、な?
「な、なあお前ら……?俺って……お前らと同じ体質になってたりする、のか?」
「……キュ」
「……ニャ?」
ルルが顔を背けた時点で察してしまった。更に、キュ―リによる「何をいまさら?」みたいな反応が真実だと言うことを突きつけてきている……。
「つまり、俺も死獣に分類されるってわけか……」
「キュ!」
「ニャ!」
「……まあ、いいや。ここがまず地球じゃないってこと……いや、俺の知らない地球の中のどこかの場合も……アマゾンとかイメージ的に奥地がこんな森でもおかしくない……ふっ、なるほどな。つまりここはアマゾンかどこかで、原住民がここら一帯をインセインって名前で呼んでいるわけだな!」
「……キュ」
「……ニャ」
俺の完璧な推理が気に食わないのか、二人して「お手上げだぜ」みたいなポーズをとっている。地味に器用だよね、お前らって。
だが、俺のこの推理に死角はない。だからどこを指摘したって……あー……。
「キュキュ?」
「ニャ~?ニャニャ?」
「……目が三つある人間なんて聞いたことねぇええええええええ!!」
キュ―リが凍らせたことで忘れていたが、よくよく思えばこんな三つも目が人間にあって、毒の地面や化け物が多く存在しているのって……地球なわけない、か。
……考えないようにしてたけど、もう、一生自分の部屋には戻れないんだろう。あの温かい布団も、買いこんだ漫画本も、貯めた500円玉貯金も、コツコツと無課金でアイテムを貯めていつかランキングに挑戦しようとしていたゲームも、美味しい食事も、何もかも。
俺は、失ったんだ。
家族にも会えない、友人にも会えない、学校も行けない、何もかも手元にない……そんな状態がこの先もずっと続くんだ。
耐えられるのだろうか。俺は。
ああ、失ってようやく思う。
つまんなかった日常は、幸せな日常だったんだと。
化け物に襲われることもない、自分で火を起こす必要もない、自分で寝床を作り必要もない、自分で食料を得る必要もない、命の危険を日々感じることもない……。
「……いつまでもくよくよしてられないな。そういうのはもう済ませたろ」
そうだ。今は過去の思い出に浸るときでも、やり残したことを後悔してる場合じゃない。
「よし、とりあえずこいつの持ち物を全部持っていつものとこに帰還するぞ。もしかしたらこいつと似たようなのがいるかもしれないしな」
「キュ……キュキュ!」
「ニャニャ!?」
俺が帰ろうとしていることに気づいたルルの行動は早かった。
全力で三つ目の人間もどきを沼に沈め、その近くの木に炎を吐き、焦げさせて印をつけていたのだ。
……?証拠隠滅、か?確かにやっておいた方がいいんだろうが……なんで印をわざわざ付けたんだ?
俺の疑問を他所に、上機嫌で元の白い地面目指して歩くルル。
キュ―リと二人で疑問に思いながらルルについて行ったのだが、その沼に物を沈めるという行為をする理由がようやく理解できた。
「お、俺のパーカー!」
「キュキュ~」
「ニャ!?」
この場所に突如として放り出された時に、着ていた俺のお気に入りの部屋着。ここでは足を冷やさないようにと足に巻いていたところをルルに奪われ、紫色に大部分が変色してしまっていたこともあり、諦めてルルにあげたパーカー。
それが……新品同然に近い状態で沼の上に浮かんでいた。
更に、ルルが一緒に押し込んでいた俺のズボン、俺のシャツまでもが綺麗になって帰ってきていた。
「ルル、まさかあの沼って……洗濯機みたいなもんなのか?」
「キュ~?キュ……キュキュッキュ!」
「あー、洗濯機が分からないか、えーっとな……そう!物を綺麗にする設備みたいな!」
「キュ!!」
「ニャ~……」
キュ―リは知らなかったようだ。まあ、骸骨には必要ない機能ではあるし、まさか何もかもを飲み込む沼が浄化装置のような働きをしているなんて誰が思うだろうか。
ルルは「私が発見しました!」みたいな感じで胸を張っていた。
……。
「なぁ、ルル……」
「キュ?」
「あそこに居る奴って、友達?」
「キュウ?……キュキュ!?」
俺たちの目の前に姿を現したのは、馬だった。
難しいねぇ……。