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7月9日 (1)

 記憶が戻ってないって事を含めて、今日もいつもと変わらない朝だと思っていた。


 その言葉を聞くまでは。


「…君は誰だ?どうしてここにいる?」

「………は?」


 あれ、前にもこんな事が…。


「だから、君は誰なのかって聞いてるんだよ」

「まさか…」


 そんな事は……ありえないでしょ。


 その可能性が頭に浮かぶと同時に息苦しくなってきた。うまく呼吸ができない。なんだかくらくらしてきた。


「おい、どうしたんだ?大丈夫か?おい…」


 目の前にいるはずの亮の声がだんだん遠くなり、亮の姿がだんだん霞んでいく。


 …あぁ、そうか。これは夢か。そうだよね。


 そこで意識が途切れた。



 目を覚ますとベッドに一人だった。亮はもう起きているようだ。私も休みとはいえ、もうそろそろ起きないと。


 …それにしても嫌な夢だったなぁ。亮の記憶がまたなくなるなんて、そんな事あるわけないでしょ。あってたまるかっての。どんな物語だよ。


 声には出さずに夢に悪態をついていると、ぐぅ〜っとお腹から音が鳴った。


 ……お腹減った。何食べようかな。


 ベッドから起きて寝室を出て、リビングに居た亮に声をかける。


「おはよう。先に起きてたんだね」


 こちらを見た亮と目が合うと、何か違和感を感じた。


「無事に起きてくれて良かったよ」

「え、あ…」


 ……あれは夢じゃなかった、の?


 言葉に詰まっていると、亮が続ける。


「俺、記憶喪失みたいだね」

「ど、どうしてそう思うの?」

「そうだね。まず、自分の事がわからない。状況からみて、一緒に暮らしているであろう、君の事もわからない」

「そう、なんだ…」


 ……亮、何を言ってるの?


「君が起きるまでの少しの間だけど、部屋の中を見させてもらった。場合によっては救急車を呼ぶ事も考えたけど、君が誰なのか、ここがどこなのかわからなかったしね。…その上で、何も見覚えがないからそう思ったんだよ」

「じゃ、じゃあ、そう…なんじゃないかな…」


 目の前にいるのは亮なのに、昨日までと話し方が全然違う。最初の亮に戻ったわけでもなく、全くの別人のように感じる。


「…あまり驚かないんだね?」


 その一言で、自分の中から何かがこみ上げてくるのがわかった。


「は?そんなわけ、ないじゃないっ!」


 自分の手が震えている。怒り、悲しみ、驚き、もしくは別の何か、どういう感情からなのか自分でもよくわからない。こんなの初めてだ。


「そんな事、信じられないの!信じたくないんだよ!今のあなたに言ってもしょうがないけど、記憶喪失になったのは2回目なんだよ!」


 こんなのおかしいでしょ!?


「…2回目?」

「2年前の今日にも、同じように記憶がなくなってるの」

「そんな事って…あるんだね…」


 驚いたような言い方をしてるけど、随分と落ち着いてるように見える。


「…亮こそ、なんでそんな冷静なの?」

「もしかして、亮って俺の名前かな?…別にそんなつもりはないよ。自分の状況を把握する為にも、ちゃんと話を聞かないとね」

「……そう」


 亮を見ていると、私も少し落ち着いてきた。


 一体何が起きてるの?これは現実に起きている事って事、だよね。ドッキリの可能性も信じたいけど、それはないね。こういう事って何回もあるものなの?・・仮にあったとしても同じ日ってのは…。



 いくら考えてもわかることなんて何もない。かといって、病院に行ったところで納得のいく回答なんて得られないと思っている。…それでも、亮が望むんだったらと連れてきた。


 …本当なら、今日は新しくできたモールで誕生日デートをするつもりだったのに。


 病院に来るまでの間、少し動悸がすると言っていたのが気になった。最近はなかったのに。緊張からとか?…まぁ、それも含めて何もわからないんだろうな。



 検査結果を告げる先生の言葉は、予想どおりだった。


「記憶喪失って事以外には、体に異常はないようですね」

「やっぱり、そうですよね」


 ほらね。


「ただ、単なる記憶喪失ではなく、解離性同一性障害も考えられます」


 はい?かいりせい、なに?


「…なんですか、それ?」

「えぇと、多重人格って言うとわかりやすいですかね?記憶を切り離して何らかのダメージを回避しよう…」


 ダメだ。説明を聞いても何も頭に入ってこない。


 この人何言ってんの?そうだとして、仮にそうだとしても何ができるの?結局何も出来る事はないんでしょ。


「…亮、ちょっと話を聞いててくれる?」


 話を聞いたほうがいいのはわかってる。それでも聞いていたくなくて、その場から離れた。


 元々、病院はそんなに好きじゃない。雰囲気とか匂いとか、それでも治す為とか、お見舞いにって事なら来るけど。……ここ最近は何も出来ないって事を突きつけられるだけだから、ますます病院が嫌いになった。


『様子を見る』


 予想はしてたものの、改めて言われるとやっぱり気が滅入る。


 今までもそうだったんですけど?ずっと見てましたけど治るどころか、またってどういう事なんですか?治せないんですか?それって逃げじゃないんですか?


 先生に掴みかかって、そう言ってやりたかった。でも、言ったところでどうにもならないって事はわかってる。



 病院から家に戻った後は何もする気になれなかった。窓辺に座ってぼーっと外を眺めていた。閉め切った窓から微かにセミの鳴き声が聞こえる。


 ……今日も天気いいなぁ。…なのに。はぁ。


 そんな私を見てなのか、亮は話しかけてこなかった。隣の部屋で何かを探しているような音が聞こえる。もう好きにやったらいい。



 あ、何時間経ったんだろう。


「いろいろ教えてくれないかな?」


 声をかけられて、後ろを振り向くと亮がアルバムを持っていた。


「あのあと先生から聞いた話だと、何か忘れたい事があってこうなってるのかもしれないそうだ」

「だったら…」

「でも、以前の事を何もわからないまま過ごすってのも気持ち悪くてね。それにあくまでも可能性の話だし」


 …確か多重人格だっけ?先生が言ってたの。


 昨日までの亮は、元々の亮と雰囲気とかが近かった。でも、今日の亮は雰囲気や話し方が以前と違う。少し年上の人と話してるみたいに感じる。こうなると多重人格説も受け入れそうになる。


「…じゃあ、何がいいかな。あ、今日は亮の誕生日なんだよ」


 記憶喪失ってわかっても普通だったのに、誕生日で驚いたような表情をしている。


 ……ふふ。どうだ、こんな誕生日プレゼントは!いや、用意してたのとは違うんだけど。なっちゃったもんはもう仕方ない。さてさてどんな事が聞きたいのかな?この美穂さんがいろいろ教えてあげようじゃないか!

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