表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第三章 誓約を守る者
95/320

第6話 湖の姫-さんにんめ-

 ティラーノは業を煮やしていた。

いくら脅してもマリアは頑として首を縦に振らず、宮廷魔術師も母も乱暴は止せという。彼女らはこの問題の後始末を考えて、現場の情勢を知るマリアが後になってから帝国に余計な讒訴ざんそをしないようにするにはスパーニアに与する利益を悟らせて、子を産ませてから処分しその子のウルゴンヌ公継承権を主張して乗っ取る事を画策していた。


ティラーノは面倒なので強引に適当な男にマリアに子を与えさせようとも考えたが側付きの戦士フアンがそれを止めた。

フアンは腕利きで、ストラマーナ家から金で雇われた傭兵で自分の部下ではない。

直接行為が無理なら脅すしかない。


 脅しについては彼には良い教師がいた。

ストラマーナ家と協力関係にあるイルラータ家、五大公家の一角で七つの頭を持つ鼠を紋章とした変わった一族だ。先祖に蛮族の血が混じっているに違いないと陰口を叩かれるもその悪評すら恐怖政治に使って大きくなった一族。


ウルゴンヌ公の首を献上してきたイルラータ家のズュンデンは半世紀前に分割されてしまった自家の派閥に属する領土を取り返させてくれれば、代わりにスパーニア王国にウルゴンヌ公の地位を献上すると約束してきた。

現在のスパーニア王はティラーノの兄エルドロである。

ティラーノ達の父王リークはもともとはストラマーナ家に養子に出されれていた。


 リークはエイラマンサ家が王家だった時代に庶子だった為、ストラマーナに養子に出されていて王位継承権は無かった。

リークが王位につけたのはにエイラマンサ家のフェルナンド王の跡を継いだアルフォンソが幼児で王位についた為、後に争いが起きストラマーナ家が便乗してそれに勝利したからだ。


アルフォンソは当初、五大公家の当主達による傀儡だった。

彼は成人して侍女と恋仲になったが、五大公はイーネフィールから嫁いできた正妻を無視する彼を咎め、その侍女を殺害してしまった。

傀儡だったアルフォンソの不満が爆発して無理やりおしつけられたイーネフィール公家出身の王妃を幽閉し親政を開始、当てつけのように愛人をたくさん作り、そうして出来た子供に殺されて王位争奪戦となった。


ここ数代ずっとスパーニア王位の正統性は薄く混乱が続いている。



◇◆◇


 こういったスパーニア王家の内紛によりマリアの精神は擦り減っていた。

ティラーノより優しいという噂の弟にもうんざりしている。

自分の城に返してくれたらその時初めて優しい性格だという魔女の言葉も信じてもいい。


夕食を共にしたいといわれ強制的に王宮の食堂へマリアは連れ出された。


「よく来た。そろそろ良い返事を聞かせてもらえるだろうか」


ティラーノが大きな食卓の中央でふんぞり返ってマリアに言い放つ。


「お断りします、と何度も伝えました。何度言われても変わりません」

「いい加減真剣に考えた方がいい。お前の侍女や護衛の兵士達がどうなってもいいのか?」

「・・・・・・」

「仕方ないな、持ってこい」


ティラーノが給仕に声をかけると盆を持ってマリア前に置き器を開けた。

皿の上には姉の侍女フランカの首があり、皿一杯の血の海に浮かんでいた。

彼女の目は開いたままマリアを向いていた。


「ひっ」


さすがのマリアも悲鳴を上げた。


「ずっとこうしてやりたかったのだ。マルガレーテを教育してやろうとするといつも邪魔をして来た。属国の侍女の分際でこの俺に何度も盾突きおって。いい気味だ、そうだろう?」


マリアの吐瀉物が机に飛び散った。

おぇえと吐き出し、席の脇へ顔をずらし涙を流して吐き続けた。


「さすがにあの売女の妹は食事の作法も悪いな。よく聞け、牢に入れたお前の使用人達を毎日一人ずつ殺す。連中を大事に思うならさっさと同意して署名しろ。そして共に婚姻の神の神殿を詣でようではないか」


この王家は狂ってる!

マリアは泣いてその場を逃げ出し後にはティラーノの笑い声が響いた。


それから毎日、王宮の正門には悪趣味な飾りが増えていった。

ある者は死ぬ前にマリアに命乞いしてティラーノの妻となるよう、同意してくれるよう懇願した。ある者は少しずつ体の一部分を失いながらマリアを呪った。


「すぐには殺すなよ、ゲイルスーン」

「心得ております、殿下」


ティラーノは王宮勤めの典医に時間をかけて報いを与えるよう命じた。


 ゲイルスーンによってウルゴンヌから来た使用人達は拷問を受け続けた。

マリアがいる塔からよく見える場所にマルガレーテやマリアの使用人達が逆さづりになって怨嗟の声をあげ続けた。彼らは首の後ろに小さな穴を空けられ血管が傷つけられていた。

逆さ吊りになっても頭に血を上らせ過ぎてすぐに死なせない為だ。

少しずつ血が流れ、地面には穴が掘られてそこに血が溜まっていった。

スパーニアの王宮には日中にも夜中にも苦しむ声が響き渡った。


◇◆◇


「いやはや、驚いたぞ。想像以上に冷たい娘だな」


屈服しないマリアに対し、ティラーノはイルラータ公ズュンデンに献策を求めた。

五大公家はいがみ合っているが、ストラマーナとイルラータ公はリークの即位以来協力関係にある。


「もう一押し絶望が必要ですな。最初の一撃で感覚が麻痺してしまったのかもしれません。或いは所詮使用人風情、いくら死んでも気に留めないのでしょう」


殿下は宮殿育ちで紳士的でいらっしゃるから、使用人にも優しいですしとティラーノを持ち上げ、ズュンデンは土産を持ってくるといって王宮を出ていった。


 末弟フェルナンドもまたモーゼリンクスへ相談した。

モーゼリンクスはイーネフィール公家から派遣された魔女であり、イーネフィール公はアルフォンソの時代に嫁がせた娘を幽閉された為、憎むエイラマンサ家を打倒する為にやはりリークの時代に協力関係にあった。


「反逆者のウルゴンヌ公はともかくこれは外聞が悪いのでは?」


フェルナンドにはいくらなんでもティラーノのやり方は異常が過ぎるように思えた。


「逆恨みして殿下の暗殺を企んだそうです。太后殿下も何も言われませんし宮廷魔術師の私が口出す事ではありません」


王家の暗殺を企んだ犯罪者であればこのくらいの処罰は当たり前だという。


「私がマリア様にお会いしてもあまり良い反応が貰えないのです」


話を変えたフェルナンドは愚痴り始めた。

いくら優しい言葉をかけてやってもマリアは愛想笑いもしない、と彼もくじけかけていた。

今恋愛なんかする気分になるわけないでしょうに、とモーゼリンクスは思ったが口にはしないでおいた。国王が病に倒れている状況で大臣達がモーゼリンクスに次々と相談を持ち込み忙しいのだ。


彼女はペンを走らせ書き物をしながらフェルナンドの相手をしてやっていた。


「マリア様の心もいつかは折れます。欲しい物を手に入れたいのなら忍耐が肝心ですよ。大丈夫、最後には殿下を選ばれます」


他に選択肢など無いのですから、と小さく付け加える。

モーゼリンクスが姫の立場でもさすがにティラーノはあり得ない。

正門に足す飾りが無くなってティラーノが退屈しだした頃、ズュンデンが戻ってきて新しい飾りをつけ足した。

その日連れ出されたマリアの顔はすっかり強張り、その精神は冷たい鎧に覆われていた。


「今日は一体何なのですか、私を脅しても無駄だと学習なさいませんか。父も居ないのに同意するなどあり得ないとしきたりを学びなさい」


屈服して人前で同意し、署名し父と神に誓えば全てが終る。

この酷薄な男が約束を守るわけがない。

使用人達どころかウルゴンヌ全土がこの男に弄ばれると思えばマリアも心を鬼にした、公王の娘として、彼女にはそれが取るべき責務だと信じた。

そして彼女には愛しい婚約者がいる、どうせ祖国を捧げるなら彼の方がいい。


「父がいればいいのなら、もうすぐ我が祖父、ストラマーナ家当主のペルセペランがやってくる」


リークは早世しているので祖父であるペルセペランがストラマーナ家を仕切っていた。


「そちらではなく私の父です」

「もう死んだ」

「それなら父代わりが必要です」


誰を連れてきても同意する気はなかったが、マリアは口に否定の言葉を出して強気でいないと心が折れそうだった。ティラーノはふうむと一考するフリをしてマリアに答えた。


「父上殿はもうあの通り腐りきって誰だか分からなくなってしまったが、代わりに新品を用意してやった。男の兄弟でも良かった筈だな?」


それ、と鼠の紋章をつけた盾を背負った大男に槍を掲げさせた。

そこには男の子の姿があった。尻から口まで槍に貫通されている。


「シュテファン!?」

「ほう、さすがによくわかったな。お前の弟だそうだな。さすがイルラータ公だ、こうも短期間にリッセント城を落とすとは」


ウルゴンヌ公王は五人の子供達にそれぞれ城を与え、自分は中心都市オルヴァンの丘に建てた城塞に住んだ。

子供達に与えた城のひとつが陥落した。

ほれ、頷いているぞ、とティラーノはシュテファンの頭をがくがくと縦に揺すらせた。


「そんな・・・あんな・・・惨い。まだ12歳なのに・・・。この人でなし!」


マリアは自分の涙が渇ききっていたと思ったが、まだまだ流れる涙は残っていた。


「こんな事をして・・・帝国が黙っていないわよ。馬鹿な事をしたわね!」


スパーニアのグランマース領で戦死したと言い張る公王はともかくリッセント城は完全にウルゴンヌ公領であり、帝国が独立を保障している以上言い逃れは難しい筈だ。


「なんでもリッセント城は魔獣に襲われていたそうでな。イルラータ公が魔獣を追い払い市民を救助したそうだ。いやあ、今度彼がバルドリッドに戻ってきたら感謝しろよ。小娘」


さっきといってる事が違うではないか、それに鼠の魔獣を自家の紋章に使い実際に魔獣を使役しているという噂のイルラータ公家だ、そんな話は自作自演だろう。

マリアは怒るが彼女にはこの男に報いを与えてやるような力は無い。

多少の魔術は使えても今は杖も無いし、周囲にはティラーノの護衛がいる。

でも今は胸壁の上でマリアが全体重を乗せて体当たりすれば突き落とせるかもしれない。


「リーアンも侵攻を開始した。フランデアン王国は国境を閉ざしたそうだ。愛しの婚約者殿にも見捨てられたな、小娘」


しのび寄るマリアに気づかずティラーノは呵々大笑かかたいしょうしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ