第6話 幼年時代③
事件から一か月後、王都からほど近い法の神の大神殿にて王を侮辱した下女を裁く裁判が行われた。王室内の問題で諸侯には関係なかったが既に王国中に知れ渡っている。
フリードリヒは下女の家族も捕らえて監禁しており裁判官と法務官が刑を確定させた場合即座に全員処刑する構えを見せていた。下女と喋っていた他の飯炊き女も裁判次第で処刑対象になる為、やはり逮捕されている。
王に対する反乱は族滅が基本である。
つまり本人だけでなくその家族・・・三族ないし九族が事件の重大度に応じて処刑される。庶民たちはどこまで対象範囲が拡大されるのかと噂しあった。
事件をよく知らない民衆は最初のうちは厨房を預かる人間が王の毒殺を企んだのかと思っていたが、実際にはただの悪口を漏らしていただけだったというのが噂として広まってくると少々過酷ではないかと思い始めた。
そうなると段々王への批判が高まる。
年老いて暴君になったかと。王の気分次第で民衆の生活は天国から地獄へと変わる。長く平和な時代が続いていたが、暗い時代が来るのではないかと人々は恐れた。
そんな民衆にひとつの希望があった。
マクシミリアン王子が各地の神殿を回って減刑を嘆願し協力を要請しているという。
フランデアン以外の各国では神への敬意が薄れて久しい。
時を告げる鐘を鳴らす特権も時の神ウィッデンプーセの神官達から取り上げられていた。
かつてはよく聞かれた神の奇跡もここ100年近く見たという人が出ていない。
旧帝国の神聖期では神殿から庶民に重税を課されて反抗すれば聖堂騎士団に神の敵と断じられてその場で裁判も無く気ままに殺された時代があり、フランデアンにもその余波は届いた。
現代の第四帝国期に入ってからも帝国では唯一信教と旧時代の神々を奉ずる人々の間で大きな争いがあり、人々は神殿勢力に幻滅し、ますます神の威光は地に落ちていた。
こういった時代なので世間ではフランデアンのように裁判の時に法の神の神殿が裁判の場として利用される事は極めて少ない。
帝国でも政治と法律と宗教は厳格に分離している。以前の神官は各宗派の宗教法で護られ、世俗の法律では裁けなかったが現代では皇帝を除いて誰もが法の下に平等だった。せいぜい儀礼的に裁判所の何処かに神像が置いてあるくらいで装飾品としか見られていなかった。
伝統の破壊者であるフリードリヒと違って次代の希望であるマクシミリアン王子は心優しく敬虔だと王国中に噂が広まっていった。
そして裁判の日がやってきた。
◇◆◇
新帝国歴1402年マクシミリアンが四歳の時である。
法の神の大神殿がある山には参道に民衆が連なっていた。王宮の警護兵達も今日はこの御山の警備に当たっている。
フランデアンの法では裁判長は定められているが、最高裁判長は領主である。
領主が実際に裁判に出るのは滅多にないが、判決に不服があればより上位の裁判を開くよう申し立てる事が出来る。領主間の争いであれば、調停や裁判官として王の出席を依頼されることもある。
今回の場合、王家の土地の事件であるのでフリードリヒも裁判官らに任せず出席する事が噂されていて庶民たちは固唾をのんで参道で待ち構えていた。
マクシミリアンも裁判に出席したいと法務官達に願って許されていたので参道までやって来たが、狭い道に所せましと民衆がごった返してなかなか通れない。
このままでは裁判が始められないので騎士達が道を開けるよう民衆に指示した。
それでもなかなか道を譲らないのでハンス達警護兵が槍を持って無理やりどかせにいく。
「おーい、どけどけ。こんな細い道なんだ。誰か転んだら皆怪我するぞ。頼むからどいてくれ」
「ここは参道だぞ。天神様に用がない者は道を開けろ!」
兵士達は出来るだけ穏便に道を開けさせていく様子をマクシミリアンは見ていた。
「ねえ、ジェンキンス」
「はい、わかさま」
ジェンキンスは最近マクシミリアンの側に仕えるよう命じられて常に控えていた。
「ちちうえはどういうつもりなんだろう。どうにかするっていってたのに」
「たくさん逮捕してしまいましたな」
「うん・・・」
哀し気にうつむくマクシミリアンに馬車の窓を開けてマルレーネが声をかけた。
「お父様を信じましょ。さ、道が開いた事だし登りましょうか。ミーちゃんは登れる?自分の足で登らないと天の神さま達はお願いを聞いて下さらないのよ?」
「はい、ははうえ。ぼく、ちゃんと登れます」
「まっ立派ね!じゃあお母さんは先に行ってるからね!」
「え?」
マルレーネは馬車を降りて大きな毛むくじゃらの牝鹿に乗り替えて侍女のエリンも一緒に頂上へと駆け上がっていった。
「お母さんは頂上で待ってるから~」
「えっ・・・ええ?」
マクシミリアンはあっというまに姿が小さくなっていくマルレーネを見送り、そして呆然と側のジェンキンスを見上げた。
「マルレーネさまは別に天上の神々に特に何も願っておられないのでしょう」
マルレーネに接して長いジェンキンスにとっては彼女の自由な行動は見慣れたものだった。
「そ・・・そうなの?」
「今回はわかさま自身の願いなのでは?」
「うん、そうだね。じゃあぼくも登ろう!」
マクシミリアンは気を取り直して山道を登り始めた。
小さな彼には途中よじ登る必要がある大きな石もあるが誰の手も借りなかった。
この一か月ずっとこうしてきたので彼もだいぶ逞しくなった。
何度も転んでずり落ちてあちこち傷だらけになって帰って来て毎晩マルレーネに自ら薬を塗って貰う日々だった。
修験場ではないのでそう険しい道では無かったが、幼いマクシミリアンでは登りきるのに鐘一つ分まるまるかかった。成長の早い妖精の民でなければとてもこの年で登れるような山ではない。
正午の鐘が鳴るころにフリードリヒもやって来てついに裁判が開始された。