第38話 凶報
年が明け、新帝国歴1412年マクシミリアン14歳のこと。
身長は低いがマクシミリアンも十分な筋肉がついてきて大人顔負けに逞しく成長していた。
帝都に戻ってきた今もプリシラをどうやって助けるべきかという悩みは続いている。何故、イーネフィール公は文化圏の違うイフリキーヤとの縁談を受けたのか。縁談といえば聞こえがよくても実質的には後宮に送られて奴隷女達と似たような扱いを受ける寵姫に過ぎない。
マクシミリアンは以前ガルシアからスパーニア王家と大公達の争いについてはある程度聞き知っていた。
元々スパーニアは五つの国に分かれていたが、帝国に従属後もお互いに争いあっていた。蛮族との最前線であるナルガ河一帯への補給路に当たる地域でいつまでも争いあっていると戦線維持に支障を来す為、帝国はこの五国をひとつにまとめてスパーニアとした。
もとの五国が現在でいうスパーニア五大公家となっている。
マクシミリアンのイーネフィール公に対する疑問は意外な人物からもたらされた。その女性は学院の修練場で北方圏の仲間達と鍛錬を行っており、男達に囲まれても体術と槍術、そして魔術を駆使して全員同時に相手にして倒しきった。魔導騎士のような魔石も身に着けていないというのに。
その女性、ストレリーナは足を払おうとした棍を躱し、片手で魔術を放って横から襲ってきた相手を弾き飛ばし。手に持った魔力を纏わりつかせた槍の穂先が剣のようになっている武器、グレイブでまとめて正面の敵を薙ぎ払った。
観戦していたマクシミリアンはストレリーナに称賛の言葉を送った。
「驚きました。決して腕力があるようには見えませんが」
「体重を乗せて遠心力で振り回すのよ。魔術も補助に使えばいうことなしね。魔導騎士になったら魔術の行使が困難になるし、私達は魔術の方が得意だからそんな力邪魔なだけよ」
「なるほど」
「それで、お悩みはリカルドとプリシラの件?」
マクシミリアンがぼっとしながら観戦していた事に気が付いたストレリーナの方から話を振って来た。
「そうです、よくお分かりですね」
「あれだけ二人でしょっちゅう視線を交わし合っていればね。皆分かってるわよ。でも可哀そうだけどリカルドにはイーネフィール公が求める物を提示出来ないでしょうね」
「ストレリーナ殿にはそれが何なのかお分かりなのですか?」
「なんだ、マクシミリアンは分かっていなかったの?隣国でしょうに」
「お恥ずかしながら、教えて頂けませんか」
「知ってもどうにもならないわよ、だから無理だと」
「それでも是非」
ストレリーナの語る所によると五大公家の内、沿岸部を領しているのは現王家であるストラマーナ家とイーネフィール公のみ、それが問題だという。
スパーニアの三代前の国王はエイラマンサ家のアルフォンソといい、妻をイーネフィール公家から受け入れていた。だが、アルフォンソには恋仲だった侍女がいた。
イーネフィールの姫君はないがしろにされ当然アルフォンソは大公から反発を受けたが、宮廷から彼らを追放して妻は精神を病んだとして幽閉した。
最終的にアルフォンソは自分の父がストラマーナに養子に出した弟によって暗殺され王家はストラマーナ家に移った。
イーネフィール公とすればまんまと王権を競争相手であるストラマーナ家に奪われてしまった。公はこういった経緯からエイラマンサとストラマーナの両家と険悪な関係となっている。イーネフィール公の領地には内海でも特に波が激しく打ち付けていて良港が少ない。
一方のストラマーナ家は王都であり、天然の良港でもあるバルドリッドを抑えていた。これによって両家の力の差は徐々に広がっていった。
「それでイーネフィール公は外国に活路を求めたというわけですか」
「そうね。イーネフィール公は自力では外国と交易も満足に出来ず、陸路ではバルドリッドを経由すればストラマーナから税を搾り取られ、ヴェッカーハーフェンを経由しようとすれば帝国に税を搾り取られる」
「よくお分かりですね」
「私達と関係が深いからよ。北の海はよく凍り付いて蛮族が氷上から回り込んで襲ってくるし、どうしても南東のアル・アシオン辺境伯領を通ってスパーニアかヴェッカーハーフェンまで輸出しないといけないの」
なるほど、とマクシミリアンにも納得がいった。
スパーニアの内紛問題であり、大規模な艦隊を所有するストラマーナ家に対抗する事はイーネフィール公には難しいようだ。
内陸国のフランデアンではイーネフィール公が欲するものを到底提供できない。
◇◆◇
この年、マクシミリアンはリカルドをプリシラの側につけて最近はガルノーを護衛として行動していた。やらねばならない事はあったが、悩み事が多く考えが定まらない。
ある日、帝都の街中をガルノーと散歩していた。
そして広場で奇妙な一団に遭遇した。
「終末の時が来る!ついに最後の時代がやってくるのだ!悔い改めよ、ヴェーナの民よ!富を捨て、自尊心を捨てるのだ!」
十数人の一団が唱和していた。
「なんだ、あれは」
「終末教徒です」
ガルノーの説明する所によれば予言された始まりの時代、中つ時代、終わりの時代のうち現在の人間が支配する中つ時代が終わろうとしている。終わりの時代がやって来た時に現在の人類は死に絶える。ただし終末の神を信じる者のみは救われて生き延びる事を許されるという。
「それで、富を捨てるのと何の関係が?」
「次の時代は今の時代で価値あるものは持ち越せないそうで、意味が無いから捨てて喜捨せよという事のようです」
「詐欺か何かではないのか?」
「大半のものはそう思っています、ですがもともと捨てるもののない貧民には関係ありませんし、次の時代に望みを託そうと思って終末教徒に加わるものもいるようです」
「それでどんな神なんだ?」
「それが・・・宗派によってまちまちのようで、時の神ウィッデンプーセが終末神であるとか、地獄の女神アイラカーラが終末の神であるとかいわれています。天上界に帰ったという神々には終末神たる資格はないそうです」
「馬鹿馬鹿しい、次の時代の事を考えている暇があれば今の世の中を良くするよう努力してもらいたいものだ」
「まったくです」
広場の騒ぎはさらに激しくなっていった。
「聞いたか諸君!フリギア家の墓地から亡者が現れた。昔、彼らは神々に対して不遜にも呪いの言葉を吐いて死刑にされたという!このような事態にあってまだ神への畏れを忘れた者達よ、悔い改めよ!終末の時は近い!!地獄の女神アイラカーラに慈悲を願え!」
どうやらアイラカーラ派であったらしい。
「今、まさに神の存在を感じる!神を呪った者が亡者になるこのありさまが神の実在証明に他ならない!思い出せ諸君!信仰を忘れた瀆神の徒よ!終末の時が近いのだ!」
「アーティンボルト師!どうか私達をお導き下さい!」
終末教徒達は滂沱の涙を流し、導師に救いを求めていた。
地獄の窯で永遠の責め苦を受けたくなければ神を信じ、教団の者同士終末の時まで、それ以降も助け合って生きて行こうと連呼している。
気味が悪くなって、マクシミリアン達は足早に立ち去った。
そこらには号外として書き殴った新聞が配布されている。
新聞社が人手と資金を投じて帝都中にフリギア家のスキャンダルをばら撒いていた。
マクシミリアンの気鬱は何をしても晴れる事は無かった。




