第36話 学院三年目②
マクシミリアンは翠玉館の周辺で害獣が増えているという話を聞いた。
害獣といっても兎や鹿だ。特に兎は多産の象徴で帝国人は長年保護してきたし、狩猟するものもいなかった。あまりに増えすぎて森が荒れている。
馬術と弓術を磨きたかった事もあって、リカルドやウルトゥも誘ってそれらを狩に行った。アージェンタ市の東部には狩人もおらず、各国の別荘街という事もあって狩り放題だった。
特に海沿いの街道から近いナツィオ湖を囲む森では多くの獲物がいた。
「あれ、誰も住んでいないかと思いましたけど、館がありますね」
「半ば崩壊してるじゃないか。誰も住んでいないよ」
少年達の冒険心がついついその館に入って探検させてしまったが、マクシミリアンのいう通り誰も住んでいなかった。
「でも誰か最近まで住んでいたようですね、家具だけはいくらか新しかったし水道も通ってました」
「誰か宿無しの貧民が済みこんで隠れているのかもしれない。もう離れよう。なんだか暗くて不気味だし」
どうも出ていけ出ていけと耳元で囁かれているような奇妙な感覚に襲われていた。
館のあちこちは伸びた木の枝に浸食され、腐食し蟲も這いずり回っている。
不気味な館を出て、後にジェンキンスに調べさせた所亡者の島の主、ツェレス候の館だった事がわかった。
ツェレス候の領地は帝都近くに領地を保有していたにも関わらず亡者だらけの島になってしまった為、人々は語るのを避けているという。
◇◆◇
この年の万年祭ではシセルギーテと岩竜テイルラレックの戦いが催された。
竜といっても神々の時代に滅んだような空飛ぶ竜のように伝説的な存在でなくしばしば見られる魔獣、怪物の類だ。強力な魔獣にはしばしば竜の名前がつけられる。
マクシミリアン達はどうせシセルギーテの勝ちだろうとタカをくくっていたのだが、彼女は予想外に苦戦を強いられていた。
闘技場に用意された武器では岩竜テイルラレックに歯が立たなかったのだ。
尽く武器を破壊され、鉄球さえ粉砕されてしまいその固い尾に腹を打たれて壁に叩きつけられてしまった。
「し、シセル?」
いつも明るいスーリヤもさすがに心配げに声をかける。
シセルギーテは血を吐いていた。内臓にダメージを受けている。
巨大な蜥蜴のような岩竜はのしのしとトドメをさすべくシセルギーテに接近していく。
「不味い・・・。誰も助けに入らないのか?」
観覧席の警備兵はもちろん帝国騎士達も厳しい顔で見守っている。
岩竜は再度尻尾の先の岩のような塊をシセルギーテに叩きつけた。
シセルギーテは魔力を全開にして両手を交差して受け止めたが、骨が折れる鈍い音が競技場に響き渡った。
シセルギーテは折れた腕を庇ってその場を走り去り距離を取ろうとするが、もう力が出ないようだ。魔石も砕けていて次は受け止められない。
「見てられない、行くぞ!」
「え、ちょっと殿下!?」
マクシミリアンは警備兵の斧槍を奪って闘技場に飛び降りた。司会がその動きを見て場内に放送を行った。
「おおっと、闖入者です。彼は何者でしょうか。あのシセルギーテでも勝てなかったテイルラレックに挑むとは勇気ある少年です」
マクシミリアンはテイルラレックの顔に向かって武器で牽制したが、当てにはいかなかった。当てた所で手が痺れるだけで自分の実力はシセルギーテに及ばず有効打にはならないと考えた。
幸いテイルラレックの動きは素早くない為、カウンターに気を付けて時間を稼ぎリカルドにシセルギーテを連れて退場させて自分も逃げればいい。
だが、リカルドも斧槍を奪って降りてきてテイルラレックの後ろから牽制を始めた。怒った岩竜は尾を振り上げてリカルドを叩き潰そうとした為、注意をこちらに戻すべくマクシミリアンは一歩踏み込んで頭に武器を叩きつけた。
やはり大したダメージにはならなかったがリカルドへの攻撃は間一髪逸れた。
しかし再度マクシミリアンに狙いを定めた岩竜は意外に機敏な動きで飛び上がりマクシミリアンを襲う。
それは転がって避けたとはいえ着地した岩竜の振動はマクシミリアンの体勢を崩した。動きが止まったマクシミリアンに岩竜が前足を振り上げて爪を降り下ろした。
「殿下!」
今度はリカルドがマクシミリアンを救うべく斧槍の先端を岩竜に突き刺した。
尾の危険性を認識したリカルドは思いきって接近し岩竜の尻に槍を突きこんだ。
リカルドの知識ではリージン河に住む巨大なサイの魔獣もここは弱点だった。
大抵の生物の弱点でもあったが。
魔獣同士でも相手を倒しても分厚い皮に歯が立たず柔らかい場所から食い破ろうとする。尻や腹、喉は真っ先によく狙われる部位だ。
肛門を狙うのは戦い方として美しくは無かったが、現実的には有効だった。
岩竜はとうとう悲鳴を上げてのけぞり、マクシミリアンも窮地を脱した。
リカルドは暴れる岩竜の腹の下を掻い潜って走りシセルギーテを助け出した。
「そのまま客席へ飛べ!」
リカルドは頷いて飛び上がり貴賓席まで戻った。
入れ替わるようにベルンハルトやガルシアが救援に来る。
マクシミリアンはシセルギーテの安全を確保したらすぐに自分も逃げるつもりだったのだが、これでは逃げるに逃げられなくなってしまった。
少年達に襲い掛かる岩竜の尾はベルンハルトが持ってきた盾を砕き、ガルシアは眼に向かって細剣を突き出すも岩竜は瞼まで固く貫通させる事は出来なかった。スーリヤは炎を纏わりつかせた鞭で岩竜の首に絡みつかせたがこれはさすがに無謀だった。
岩竜が首を振るう度に軽いスーリヤは振り回されてしまう。
「わわわっ!」
「スーリヤ!」
マクシミリアンは岩竜の頭に飛びついて、両手の拳を頭頂部に叩きつけた。
岩竜には刀槍よりも魔力のこもった拳の方が効いたようで、よろけて横倒しに倒れた。その際にスーリヤの足が岩竜の体の一部に挟まれて逃げられなくなってしまう。
そのスーリヤに岩竜が半身を起し、爪を降り下ろした為、マクシミリアンはスーリヤを庇って岩竜の腕を両手で受け止めた。
「ぐっ」
「私の事はいいから逃げて」
「女を捨てて逃げられるか!」
「圧し潰されちゃうよ!」
「騎士の誓いだ!」
マクシミリアンは意地で魔力を振り絞って体重を乗せてくる岩竜を押し返そうとしたが、作り直した魔石にヒビが入り始め、膝が崩れ落ち始める。
「おおっと、あの少年はなんとフランデアンの王子マクシミリアン殿下だそうです!さすがにこれは不味くないですかね・・・?皇帝陛下にさえ膝を屈しないフランデアンが今、魔獣に膝を屈しようとしています!」
司会の言葉に観客にどよめきが走る。
(あの子煩い司会め、余計な事を!帝国人の前で膝を屈してたまるか!)
5000年ともいわれるフランデアンの歴史に泥を塗るわけにはいかない、マクシミリアンは滅多に使う事の無い力に頼る事にした。
<<森の神々よ!エイラシーオよ!連なる法と契約の神々よ。軍神トルヴァシュトラよ!我に力を貸し与え給え。我は騎士の誓いを守る者なり。神威を畏れぬこの地に御力を示し給え>>
重ねてマクシミリアンは騎士の誓約を口にして勇気を奮い起こした。
騎士の美徳とされるものは各文化圏でそれぞれ異なるが、マクシミリアンは特に五つの徳『忠節』『正義』『信仰』『勇気』『献身』を重視した。
これらの騎士の誓いに加えてマクシミリアンには神々への誓約があった。
妖精の民と共に森の女神達が帰還するまで妖精宮を守り通す。
婚約者に誠実であり続ける。
マルレーネ曰く、神が喜び褒め称えるような苦行の誓いと共に日々精進しマナを捧げれば見返りに加護を与えられる。
しかし、そこに私心があってはならない。
古代の妖精の民にもフランデアンの英雄たちにも魔導騎士のような闘法はなく、アンヴェルフら妖精の民は小柄ながら幻力をもって帝国人と対等に渡り合ったという。騎士の誓約とこの力の相性は良くマクシミリアンには魔導騎士としてはまだ未熟でも単純な力では同年の王族よりも上だった。
スーリヤを庇うマクシミリアンだけでなく彼らを助け出そうとするベルンハルトやガルシア達に危険が迫りマクシミリアンはさらに力を振り絞った。わざと体勢を崩して斜めに岩竜の力を逸らした勢いを利用して岩竜の体を投げ飛ばした。
シセルギーテがやられたように岩竜は壁面に叩きつけられた。
「おおお!信じられません!あの巨体が宙を舞いました!」
しかしそれ以上はマクシミリアンの力不足。両腕が痺れていた。
さすがにここまで王侯貴族の少年達が危険にさらされると放置も出来ずに近衛騎士ヴォイチェフが皇帝の意を受けて救助に乗り出した。
近衛騎士は皇帝から神器である神剣を与えられていて、その剣を放り投げて尻尾を切断した。
ベルンハルトがすかさずその剣を拾い上げて岩竜に叩きつけるが持ち手の差か、ただの剣と同じように鱗に弾かれてしまった。
とはいえまだまだ岩竜には致命傷とは程遠いが、動きはさらに鈍くなった。
闘技場まで降りたヴォイチェフだったが状況が好転したのをみて、近づくのを止めて傍観の姿勢に入った。
マクシミリアンはガルシアやベルンハルトが時間を稼いでいる間に切断された尻尾を拾い上げて、そのクラブのような先端を岩竜の頭に叩きつけついにその脳を粉砕せしめた。再び地響きを立てて倒れた岩竜の目からも鼻からも血が噴き出しようやく絶命した。
戦闘後、マクシミリアンに司会が取材しようとしたがそれを断ってマクシミリアンは翠玉館に戻った。どうやってあんな力を出したのかと根掘り葉掘り聞かれても困る。




