第34話 帰国➃
マクシミリアンは再び学院に戻る前に旧友たちと狩りに出た。
帝都でも時々週末に翠玉館の近くの森へ狩りに出て腕を上げていた。
そこで旧友で一番狩りの名人だったフーオンを呼んで久しぶりに皆で競う事にした。
フーオンやケレスティンはもう王宮から出て実家に戻っていたがマクシミリアンの帰国時期に合わせてまたやって来た。
「帝都はどうですか、殿下。浮気なんかしちゃ駄目ですよ」
「意外と皆好意的でうまくつきあってる」
「そっちこそどうなんだケレスティン。街を一つ任されたって聞いているけど」
「私がいなくてもうまく回っているのでなんだか拍子抜けですけど、裁判の時が一番緊張しますね。決断するっていうのは怖い。紙切れに一つ署名するだけで、会った事もない人間が自分が見たわけでもない、よく知らない人間の証言を元に縛り首にされるなんて」
マクシミリアンが詳細を聞くと王の法務官のような人材がいなかった。
故に記録も適当で判断基準が曖昧で困ったという。前例がなければその場その場の気分で処する事になる。裁かれた民衆の方が覚えていて領主の判断力に疑問を持つ事になる。官僚が育つような学問所もなく縁故採用で統治されていた。
「帝都ならあちこちに本屋があって庶民でも法を学べ記録を参照できるのに」
「僕らは製紙工場にも視察に行ってきたんだ」
リカルドがマクシミリアンに続いて大規模な工場で働く何百もの人々の様子を皆に説明した。
「それだけ?」
子供達のグループでも特に才気煥発、魔術の才もあるヴェルナーが説明に対してもっと他に無いのかと問うた。
「それだけって・・・?」
マクシミリアンもリカルドも問い返す。
「だからさ、そういう見聞きした帝都の進んだ文明をどう国に役立てるかって話ですよ」
ヴェルナーはは次男坊だが、魔術の才があったので将来はそれを生かしたいという。親は彼にもなにがしかの土地を分けてやろうとしたが領地経営に時間を割くより魔術と学問の道に進みたい為、熱心に王宮の書庫にある本を隅から隅まで読んで回っていた。フォールスタッフも彼の才能を認めて特に教えを授けていた。
他にルードヴィヒも魔術が得意だったが、シャールミンの為に魔導騎士用の鍛冶の修行を始めていた。魔力を込めて鍛える事が出来る鍛冶師は平民にはおらず金にはなる。だが、由緒ある家柄で鍛冶の道に進む者は少なかったのでフランデアンでは貴重だった。
「でもヴェルナー。うちの国じゃ職工会があんな大規模な製紙工場なんて建設するのは許さないよ」
「じゃあなんとか出し抜ける方法を皆で考えよう!」
その日の狩りの成果はいまいちでフーオンが跳ねまわって逃げる野兎を一羽狩ったのみだった。少年達は焚火を囲み、一羽の兎を一人一口ずつ齧って櫛を回し続けた。食い意地の張ったウルリクが食べ過ぎて皆の顰蹙を買う。
◇◆◇
少年達だけで狩りとキャンプを楽しんだ後、ディリエージュにある館に戻った。
時折ヴォーデヴァインやマルレーネが使う為、管理人がいて彼らを歓迎した。
ディリエージュの市民は妖精の民の血が混じっている者が多い為、次々マクシミリアンに献上品を持ってきた。
すっかりマクシミリアン付きの侍女となっているエリンもそれらの応対と整理に忙しい。そんな中一人の少年が真っ赤な顔をしてエリンに話しかけた。
「あ、あの・・・エリン姉!」
「なんですかコンラート?」
「てっ、帝都はどうでしたかっ!?」
「?結構楽しいですよ、みんな親切ですし。面白いものもたくさんありますし、食べ物も美味しいですし」
真っ赤な顔をしてエリンに話しかけているコンラートを見かけたケレスティンやブルハルトがちょっと離れた場所でにやにやしてその様子を見守っていた。
「じゃっ、じゃあ!そのまま帝都にずっといついちゃうんですか!?」
「それもいいかもしれませんねえ、お小言いう人も少ないですし。若様も手間がかからなくなりましたし」
コンラートはがーんという擬音が聞こえそうな、この世の終わりという顔をしている。しかし、それから気を取り直し意を決して告白した。
「え、エリン姉!」
「はい、エリンです」
「ぼ、ぼくと結婚してください!」
「え?」
エリンも年の功で、コンラートが自分に好意を持ってくれている事くらいはわかっていたがいきなり結婚を申し込まれるとは思わなかった。
妖精の民に貴族階級はないとはいえコンラートは有力ではないにしろ貴族の子である。妖精の民とも交流のある中部地方の貴族の家柄の為、理解はあると思っていたが、普通は父親が申し込んでくる。
エリンの場合は親がおらず後見人はマルレーネなので、マルレーネを通じてヴォーデヴァインに頼むのが正しい在り方の筈だった。
「あのう、コンラート君。わたしの方がずっとお姉さんなんですよ?」
エリンは自分の年齢を語った事が無いので不肖であるが、マクシミリアンが幼児の頃から世話をしている。それと同年代のコンラート達よりもずっと年上なのは確実である。
「かっ、構いません!」
「あらまあ・・・。気持ちは嬉しいですけどもっと大人になってお父様に逆らっても平気なくらい地位とお金と力を身に着けてくださいね」
「そんなあ・・・」
意を決して告白したのに振られてしまってコンラートはがっくりと肩を落とした。彼女の言う通り父親は猛反対するだろうし、それでも我を通るなら自活しなければならないが、彼はまだまだその能力が無い。エリンはまだマクシミリアンの侍女を続けるつもりなので夫がマクシミリアンの部下である貴族と喧嘩状態だと主人にも迷惑をかけてしまう。
結婚というものは個人と個人が幸せならそれでいいという話では無い。
家族と家族の結びつきである。エリンに家族は無く、家族らしい家族は後見人のマルレーネやマクシミリアンである。
家族と家族が結び付けられないのであれば結婚制度など使わずに愛人関係でも何でもいいというのがエリンの考えだった。
突然告白した初心な少年にはエリンの考えなどわからないので、社会通念通りの夫婦関係を望んだがこうして拒否されてしまった。
「あ、エリン姉。じゃあ僕とならどう?」
木に登って上から話を聞いていたベレグシュタインが自分をアピールしてきた。
「危ないですよ」
「へーきへーき。それより僕なら父がいないし、世話してくれてる叔父さんは自分で決めてきたら口出ししないと思う」
「コンラート君のついでに言い寄ってくるようじゃ駄目ですね」
エリンは他人が告白したのをみて慌てて言い寄ってきたベレグシュタインの勇気の無さに駄目だしを与えて即座に振ってしまった。
がっかりしたベレグシュタインが木からずり落ちたので、エリンが妖精の民の技で少しばかり木を操ってゆっくり降ろさせた。普通の妖精の民が誰でも使えるような技でも無く長年マルレーネに仕えていたので教えて貰ったのだった。
年長のケレスティンとブルハルトは情けない顔をしている年少組二人をからからと笑って冷やかした。
「まー、諸君。年上のお姉さんに憧れる気持ちはわかるがエリン姉の迷惑も考えないとな」
「しかしなかなか勇気はある。手順を踏まない所は駄目だが」
ブルハルトが軽く二人を小突いた。
「わたし、もてもて?」
エリンはケレスティンに問うた。
「そうですね。うちらはともかくあの二人は前に水浴びの後裸のままふらふらして体を拭いて貰ったり幼児の如く世話されてたのによく告白する気になったなあ」
大昔というほど古い出来事ではないのでケレスティンは面白がる。
「そうそう、ちんちん丸出しだったのにな」
ブルハルトも笑って過去の話を持ち出すととコンラート達は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「ブルハルト、純な子をからかうとおしりぺんぺんしますよ」
「うへ」
故郷から離れ王宮にやってくる少年達に取ってマルレーネは母のようなものであり、彼女に仕えていたエリンも同様に接していた。ブルハルトは力自慢で他の子を虐めたり、家具を壊してしまう事があって時々マルレーネに引っ叩かれていた。
やはりエリンにも。
情けない顔をしたブルハルトは早々に退散し、ケレスティンがエリンの仕事を手伝う事になった。
そろそろ少年時代が終わりに近づいて来ています。




